オルクセン王国史〜ロザリンドの牙折り〜   作:鶴岡

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銀の弾丸④

「センゲレーゼ少佐。どうだ鉄の弾は」

 

「ええ隊長。こいつは恐ろしいほど伸びる弾ですよ。もはや魔弾と言っても良い」

 

「そんなにか」

 

 国民義勇兵白エルフ族部隊の隊長、つまりロザリンドの後にトストルプ銃隊で五体満足であった者の中で私の次席であったセンゲレーゼに具合を尋ねてみれば、ヴィッセル社はとんでもない弾を作ってしまったらしい。

 

「そんなにですよ。このGew七四を最大照尺一五〇〇mで撃って、実際に地平の的に当たる距離が一八〇〇m。つまり射程が三〇〇mも伸びているんです」

 

「……弾が軽くなった分だけ初速が速くなり、それで遠くまで届くようになったか」

 

「それでいて今日この程度の風ならば弾が散らされるという訳でもなく、良く纏まって当たっています。やはり魔弾としか言いようがありません」

 

 とはいえ、これと似たような事象は以前にもあった。

 

 ロザリンドの頃に使われていた火打石銃の口径がエルフィンドでもオルクセンでも一八mmや一四mmの辺りだったのに対し、今の小銃は一一mmの辺りまで小さく、そして軽い弾頭を撃ち出すようになって、それで飛距離がかなり伸びたそれだ。

 

 それと同じ事が、口径はそのままでも弾の材料を軽いものに変えるだけで成し遂げられるとはな。

 

「まったく、銃というのは本当に恐ろしいな。ロザリンドの少し前なら弓矢の方が良く飛んでいたというのに。……皆が懸念していた銃のライフリングはどうだ?」

 

「まだ三〇〇発程度しか撃っていませんが、今のところ問題ありません。このGew七四の銃身がモリム鋼(ミスリン)だからかもしれませんが、隊長の言う通り本当に鉛の弾と同じだけ撃ててしまうやも」

 

 なるほど。

 

 たしかにオルクセンの兵器の殆どはモリム鋼で製造しているから、純鉄ほど柔らかければそれで問題無いのかもしれんな。

 

 だが、我々がオルクセンに慄いているのはこの純鉄弾に対してだけではなかった。

 

「しかしまあ、試験用だからというのは理解しますが、この時期に新銃のGew七四を手にする事になるとは思いませんでした。私にとってはこちらの方が余程恐ろしい」

 

 そう、センゲレーゼの言う通り弾道試験に供するため新銃のGew七四が我々へ配当されていたのだ。

 

 数として一〇丁入りの木箱がたった一箱とはいえ、しかしエルフィンドとの戦時にだ。

 

 僅かとはいえそんな余裕をどこから捻出したのだろうかとシュレーゲルミルヒ少佐に訊ねてみれば、答えは思いの外単純だった。

 

「それは恐らく、……ああやはり、機関部のこの部分です。本来ならオルクセン軍の紋章が刻印されてあるはずの場所にヴィッセル社の社章が刻印されているでしょう?つまり、このGew七四はオルクセン軍向けではなく、輸出用なんです」

 

「……つまり、いやまさか。ヴィッセル社は戦時にも関わらず輸出用の兵器さえ製造していると?」

 

 眼に白エルフ族への怨恨を深く溜めたあのレギン会長が、その白エルフ族との戦時に他所への商売のために生産量の一片でも割り振るという事に強い違和感があったが、やはりそれは思い違いであった。

 

「それはレギン会長の気質からしてありえませんよ。このGew七四だって製造年は刻印からして八七五年、去年です。おそらくは道洋や南星の諸国へ売り込む際の見本品として先方へ贈るために在庫していたものでしょう」

 

「ああ!そういう事か。そういえば確かにエルフィンドがキャメロットからメイフィールド・マルティニ小銃だとかの兵器を調達する時も見本が送られていた。つまり、これもそれ用だったと」

 

「そしてここ(工業試験場)の管轄は軍ではなく王室ですから。輸出用の刻印をオルクセン軍向けに打ち直すにも、戦時増産の片手間にやるには割に合わないでしょうから丁度良かったのでしょう」

 

 つまるところ、私は兵器を輸出する国に対する理解がまるで足りていなかったのだ。

 

 ともかくとして実に良く飛ぶ純鉄弾であったが、しかしその威力は明暗が分かれる結果となった。

 

 オルクセン軍では弾の威力の評価法として、オオマテバシイの板材へ撃った時にどれだけ深く陥入したか、あるいは生きた牡鹿へ撃ってみてどれだけの傷を与えたかで確かめるのだが。

 

「木板に対しては純鉄弾の方が優れていますね。まあ、釘を鉛か鉄かで作ってどちらが優れているかを比べているようなものですから、順当な結果というべきでしょうか」

 

 一方で、近くの狩場から手配した牡鹿を撃ってみれば、その評価は逆転した。

 

「……これでは槍を刺しているのと変わりありません」

 

「鉛の弾であれば標的に当たった際に膨らむように変形して、あるいは破片を生じさせて傷を増やしているが、純鉄弾は殆ど変形せずに突き抜けてしまっているのか」

 

「あるいは骨に当たったなら砕くほどの威力があるようだが、それを活かせるのはディネルース達闇エルフくらいだろうな」

 

 遠くまで良く飛ぶが、しかしこれではな。

 

「鹿を倒せないような弾では、馬も倒せまい」

 

 将来的に騎兵が廃れた後であるなら、このような威力に欠ける弾でも良かったのだろうが、しかし今日はその威力をアンファウグリアが世に示している最中である。

 

「これが半世紀の後に生まれた弾であったならな」

 

 純鉄弾とはそういう弾だったのだ。

 

「甲乙付け難い」

 

 まあ、ともかく我々の仕事は弾道試験や銃身の損耗試験といった具合を見るまでだ。

 

 他者の仕事にケチを付けてばかりな教義派の真似事までやる事もあるまい。

 

 そうやってトストルプ銃隊はひたすらに遠くの的を撃ったり、あるいは牡鹿を手配せずとも演習場に生息する野兎などを撃ってという日々を過ごす事となった。

 

 仕留めた獲物は狩場の伝手で精肉屋に処理してもらったり、あるいは野兎程度であれば自前で血抜きから燻製などにして、出来た量の半ばでも俘虜収容所建設の労働者と分け合えば大層に喜ばれた。

 

 威力に劣る純鉄弾とはいえ野兎ほどの小動物であれば十分で、それでいて当て易い弾道。

 

 皆には言っていないが我が王が嫌う鉛の毒を気にしなくても良い。

 

 つまり、狩猟向きの弾薬であるかもしれないな。

 

 あるいは鉛や銅を使わないから安上がりであるし。

 

 そこまで何と無しに考えて、ふと思い至った。

 

「待て、本当に安いのか?」

 

 既に何千発を消費した後であったが、それでも慌ててヴィッセル社へと問い合わせしてみればだ。

 

『純鉄弾、一発五ラング也』

 

 センチュリースターの連中がそう嘯くように、銃弾一発などそこらの酒一杯とおよそ等価にしかないはずが、それがそこそこの銘酒をボトル一本でようやく等価になるなど。

 

 いったいどうしてと続く手紙に仔細を求めれば曰く、純鉄はレギン会長手づから精錬したもので未だ量産方法は確立されておらず、延いては加工さえもレギン会長による一品となり。

 

 弾薬の製造工程においてほぼ最後となる薬莢への雷管、装薬、弾頭の取付や、あるいは箱詰めに至ってようやく、ただそれでも腕の信頼できる熟練工員へ任せた程度。そして本当の最後に行う検品はやはりレギン会長によるもので。

 

 星欧随一の重工業企業であるヴィッセル社の会長がそれだけ関与した製品となればもはや工業製品ではなく工芸製品へと足を踏み入れているのは当然と言うべきか。

 

「そんな弾で我々は野兎狩りを……」

 

 昨晩はエルフィンド式香草焼きにした野兎をツマミにして線路工と酒を呑み交わしていたセンゲレーゼ少佐などは顔を真っ青にするばかりだ。

 

「これではとても麦酒とは釣り合わんな。今晩からはキャメリッシュ・ブラックバーンをボトルで請求しておけ」

 

「そんな冗談を言っている場合じゃないでしょう!」

 

「まあ、まあ。それでも撃った弾数は銃それぞれでちゃんと帳簿を付けていましたでしょう?管理を疎かにしていた訳ではないのですから。きっと、まあたぶん大丈夫かと」

 

「シュレーゲルミルヒ少佐、我々には鉄になりたいなんて趣味は無いんだぞ。隊長と同類と思わないでくれ」

 

 それで純鉄弾の用途外使用は慎む事となったのだが、しかし今が旬のオオマテバシイの実で肥えた野兎の味を忘れられなかった連中は諦められなかったらしい。

 

 見かけた野兎を視線で追いかける奴らが余りにも多かったので、間違っても純鉄弾の代わりにオルクセン制式の弾を請求したり、試験用のGew七四を試験以外で撃つなんて事はするなとは言っておいたのだが。

 

 数日後、出入りのコボルト族商人へ依頼する物品手配の要望を決済していると、それを見つけた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()m()m()()()()、六〇〇発。

 

 そういえば亡命する際にエルフィンド軍の備品を持ち出して私物にしていたのは私だけではなかったなと、もはや天井を仰ぐしかなく。

 

 ヴィルトシュヴァインにはイリーリボルバーで世話になったキャメロット製銃器を扱うキャメロット商人も居るから、手配そのものは可能なのだろう。

 

「まあ、純鉄弾(一発五ラング)を用途外使用されるよりはマシか……」

 

 諦めて裁決のサインをして、それでも考えてしまう。

 

「はたして、鉛の毒とはいったいどれほどなのやら……」

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