オルクセン王国史〜ロザリンドの牙折り〜   作:鶴岡

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銀の弾丸⑤

「……あの、あまり食が進んでいないようですが」

 

 ハーマセンにそれを見咎められたのは、昼食に野兎のパテが出て来た日の事だった。

 

 銃隊の皆が私物のメイフィールド・マルティニ小銃で、そして鉛の弾で仕留めた野兎で作られた、とても美味しいパテだった。

 

 それはエルフィンドで偶に秘密警察が仕込んできた毒入り料理と違って殺意が透けて見えるようなものでもなく。

 

 しかし、毒らしいのだ。

 

 きっと実際には大した強さの毒ではないのだろうが、そうであろうと長命種とも称される我々魔種族には致命的となりうる。

 

「……そうだな。ああ、すまない。こんなに美味しいのにな」

 

 私の手指が持つスライスされたバゲットに盛られたパテに視線を落として、その二口目がどうしても食べられなかった。

 

 知らなかった頃の私であれば既に五つばかり平らげていただろうに。

 

 加えてどうやら私は顔を顰めていたらしい。

 

 それをハーマセンに勘付かれてしまった。

 

「もし、フルーベル族長。もしや、我が王は何を求めて純鉄弾を作らせたのですか?」

 

 ああ、こいつはロザリンドでもそうだったな。

 

「……そういえば、私達が懸念したオルクセンの鉛や銅の備蓄について族長は是と答えませんでした」

 

「もしかして、備蓄量が機密だから答えなかったんじゃなくて、何か別の理由があったんすか?」

 

 そしてそれはトストルプ銃隊の皆が認めるところであり。

 

「仮に、族長が食事の手を止めている理由が純鉄弾に関係があるとして。……いえ、これは普通の弾で仕留めた野兎で作ったパテですから」

 

「じゃあ、問題があるのは、普通の弾の方?」

 

「普通の弾、つまり鉛製の弾。そういえば俘虜収容所の建設資材として搬入されていた水道管も、あれも鉛製ではなく鉄製でした。あれを見た時にはヴィッセル社の鉄鋼技術に加えて生産能力にも驚いたものでしたが、もしや、それが求められた理由は」

 

 もはやパテは諦めてバゲットを皿に戻すしかあるまい。

 

 ああ、あんなにも美味しかったのに。

 

「族長、貴女、いつもの事だけど隠し事が下手ね。察するに、鉛には何かしらの毒がある。そして銅にさえも。そんな所かしら」

 

「お手上げだ。お手上げだよ。まったく、外に漏らすなよ。ハーマセン、銃隊の連中にも伝えに行ってくれ」

 

「ええ、わかりました」

 

 それでハーマセンの背中を見送って、見えなくなってからボヤく。

 

「駄目だな。どうしても私はハーマセンには勝てないらしい」

 

「それはそうでしょう。先生なんですから」

 

「先生にして先達ですよ」

 

「そして何よりも」

 

「「「勇者」」」

 

 それはトストルプ銃隊の皆が認める事実である。

 

 あのロザリンドで、シュヴェーリンの隊に壊乱されつつあったトストルプ銃隊の中にあって、あいつは盤面をひっくり返す一手に気付き、辿り着き、そして実行した。

 

 ()()()()()()

 

 前に出て万が一があっては誰が皆の銃を整備するのだとあれだけ後ろに居ろと言っていたのに、どうしてお前が一番前にいるのだ

 

 私のサーベルが間に合っていなければ、ハーマセンは相討ちながら成し遂げていた。

 

 それがカルラ・ハーマセンという勇者だ。

 

「ふふっ、泣き虫フルーベルが勝てる訳無いでしょうに」

 

「ああ、ごもっともだ」

 

 だからこいつらは私のオルクセン行きへのお目付け役にハーマセンを選んだ訳だが。

 

「ともかくとして、その通りだ。鉛と、それと銅には未解明ながら毒がある。おそらくは大した毒ではないのだろうが、しかし我々魔種族にとって毒とはどれほど微弱であろうと永い将来を蝕みかねん」

 

「それも我が王の入れ知恵かしら?まったく、貴女まるで降ってきた者(ヴィラール)に魅せられているようだわ」

 

 ……しまった。

 

 鏡を見なくとも分かる。顔に出てしまった。

 

「……。念の為に聞きますが、それはどの程度の機密になるんですか?」

 

「紛れもなく最上級。知っているのは私と、ハーマセンと、それとアンダリエル少将に上級大将の三名だけ。だった」

 

「貴女ねぇ……。私達の健康よりもオルクセンの機密を優先させようとした理由は理解したけれど、なのに何から何まで顔に出る癖はどうにかならないの?」

 

 本当に、もう、シュヴェーリンのせいだぞ。

 

 あの時にシュヴェーリンが私を亡き者にしなかったからこうなったのだ。

 

 こうして銃隊による野兎狩りは取り止めとなった。

 

 だがトストルプ銃隊は諦めの悪い奴らばかりだったらしい。

 

 数日後、ヴィッセル社へ依頼する物品手配の決済をしていると、それを見つけた。

 

 軟鋼棒材、直径一三mm乃至〇・五インチ、長さ三m乃至一〇フィート、一二ダース。

 

 なるほど、純鉄のようなレギン会長自らによる精錬に頼らず量産されている軟鋼であるなら、純鉄ほど軟らかくはないが穏当な価格であるし、工業試験場には星欧最新のヘルヴェティア型自動旋盤があるから弾を棒材から削り出しで大量に作る事も出来る。

 

 それで作れるのが弾だけとはいえ、薬莢、装薬、雷管はキャメロット商人から手配したメイフィールド・マルティニ小銃用の弾薬から流用すれば済む。

 

 そうすれば試験用Gew七四も純鉄弾も鉛の弾も使わずに野兎狩りが出来る。そういう算段か。

 

 それでメイフィールド・マルティニ小銃の銃身が痛んだとして、誰も思い入れを抱いている銃でもなく。

 

 それで代わりの小銃が必要となればまたキャメロット商人から購入するか、あるいはエルフィンドから鹵獲したものを融通してもらえるだろう。

 

 まったく、食い意地というのは恐ろしいな。

 

 ただ、そうだな。

 

 ここに一人、メイフィールド・マルティニ小銃へ思い入れのある奴が居るのを忘れて貰っては困る。

 

 あれだけ苦労してエルフィンド軍への制式採用に漕ぎ付けたのだ。

 

 これに裁決のサインをしてやる代わりに、ライフリングを痛めない軟鋼弾でも作ってもらおうじゃないか。

 

 この難題へ挑むため試作を重ねるのにこの数量では足りぬだろうと、少しばかりの修正を加えて、ついでにメイフィールド・マルティニ小銃の弾も補充を兼ねて三箱(一八〇〇発)ばかり発注しておくとしよう。

 

 それともちろん、間違ってもヴィッセル社から軟鋼棒材ではなく純鉄棒材が納入される事の無いよう注記をしておかなければ。

 

 

 

 一一月二四日。

 

 新聞ではシュヴェーリン率いる第三軍がマルリアン率いるアルカトレ軍とアルトリアで衝突していると日々報じられている時節。

 

 工業試験場では機関銃や機関砲に加えて純鉄弾に代わる軟鉄弾の開発までもを行い、ヴィッセル社からは更なる依頼としてあの温熱系刻印魔術用アルミニウムで作る軍用水筒とそれに刻む刻印魔術の開発も請け負っていた。

 

 バンドウ川の方では俘虜収容所の第一次区画が殆ど完成し、第二次区画の建設にも取り掛かっていた。

 

 あの海軍砲が搭載された貨車は工業試験場用に追加で敷かれた引込線へつい昨日に移されて。

 

 そんな日の朝の出来事だった。

 

「隊長!大変です隊長!」

 

 駆け込んで来たのはセンゲレーゼで、はて、今日も国民義勇兵白エルフ族部隊を率いて純鉄弾の射撃試験を予定していたはずだが。

 

「どうした。そんなに慌てて」

 

 こいつがこんなに慌てているなんて、それこそマルローリエンとの演習でイヴァメネルの策に嵌められたと気付いた時以来だろうか。

 

 余りにも慌てているものだから、つい昔の事を思い出してしまった。

 

「それが!錆びたんです!純鉄弾が、錆びてしまったんです!」

 

「……そうか、鉄だから錆びるのか」

 

 当然の事ではないか。

 

 つい単純にそう考えてしまったが、しかし気付いた。

 

「待て、純鉄弾は半月前に届いたばかりだろう。いくら鉄が錆びるといっても、それはやがての事だ。余りにも早過ぎる」

 

「しかし、それが。あれは錆としか」

 

 それで弾薬保管庫として駅舎からいくらか離れた場所に設えていた半地下倉庫まで赴けば。

 

「これです。これらが錆びた純鉄弾です」

 

 あの濡れた鼠のように鈍い灰色の純鉄弾が、その所々を鮮やかに赤と橙の錆色で彩っていたのだ。

 

 まだ僅かに数発の純鉄弾で、ほんの少しばかり粉が浮いたような錆。

 

 綿布で拭って磨いてしまえば素人には分からないような、まだ地金に痘痕のような朽ち込みが出るほどでもない。

 

 それこそ、このまま撃っても何の危険も無いだろう。

 

 しかし、それが僅か半月という短期間で生じたのが問題だった。

 

 もしやと弾薬保管庫の床の敷板を一枚引き剝がし、その下にある土を一つ掴んで外に出て見れば。

 

 太陽光で照らされてもなお黒々と肥えた土が大量の水気を含んでいた。

 

「湿った土。これが錆を招いたのか。……いや、しかし」

 

 弾薬保管庫という施設は大量の火薬を収めるため、自然発火などで爆発事故を起こしたとしても周辺への被害を極限する為に様々な工夫を凝らすものだ。

 

 半地下としたのも爆発によって生じる爆風の殆どを何も無い上へと向かわせるための構造で、それで低くなった分だけ周辺の土壌から水が染み出してくるのは既知の問題でしかなく。

 

 故に床に敷板を敷いて、弾薬箱が湿った土に直接触れないようにしていたのだ。

 

 それに、むしろ多少の湿気は摩擦電気を減らすから自然発火を防ぐのに都合が良いとされているほど。

 

「センゲレーゼ、ひとまず銃隊は予定変更だ。弾薬保管庫を半地下ではなく盛土で囲ってやる造りに改めよう。それと、その新しい弾薬保管庫が完成するまでこの弾薬庫の扉は開放したままにしておけ」

 

「了解しました隊長」

 

 これで湿気を抑える事は出来るだろうが、しかし管理に気を遣う錆易い弾薬というのは不味い。

 

「どうしてやったものやら」

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