オルクセン王国史〜ロザリンドの牙折り〜   作:鶴岡

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ロザリンドの牙折り⑤

「そうか、あいつシュヴェーリンの兵を助けたのか」

 

 不思議な巡り合わせもあったものだ。私が助けた闇エルフがシュヴェーリンの兵を助けるなど。

 

 私の証言は意外に早く、ヴァルダーベルクという首都新市街郊外に設けられた亡命闇エルフの居住地まで通じる電信によりエフィルディスと連絡が取れたためすぐ証明された。

 

「ホルステナ。君には一度ならず二度までも同胞を助けられたようだ。ありがとう。私からも礼を言わせてくれ」

 

 同胞の礼をディネルースから伝えられたが、はて?

 

「二度?エフィルディスを二度目としても、一度目は何かあったか?リンディールは少し前の教え子であって、闇エルフ討伐の時には関わりが無いぞ」

 

「何を言ってるんだ。エレンミア女王に登用されたあの、お前が弁護した闇エルフのあいつだ」

 

「ああ、あいつか。だが、あいつは結局暗殺されて死んだだろう。あれでは助けられたとは言えん」

 

 あれは後味悪い事件だった。女王のお気に入りには荒事を働かないだろうと思い込んで、全く以って油断していた。

 

「それでもだ。それに、あいつに白エルフが暗殺という手段を採った事で、危険を感じ民族浄化が始まる前に首都から逃れる事が出来た闇エルフも多い」

 

 ―――民族浄化。なるほど、民族から穢れを取り除くといったところ。エルフィンドによる闇エルフ絶滅政策の事を最近の低地オルク語ではそう言うのか。まったく物騒な言い回しを思い付くやつがいたものだ。

 

「そうは言ってもな。全く、私としては闇エルフを排除したエルフィンドではオルクセンと戦えないと思っての弁護だったのだがな。それでついには私まで排除されかけたのだから、もはやエルフィンドに私の居場所は無し」

 

 まったく、エルフィンド軍の近代化にはずいぶんと貢献したつもりだったのだがな。

 

「なあオーク王、この私がオルクセン王国へ亡命したいと言ったら、受け入れられるかな?あるいは、私はここヴィルトシュヴァインの空の下を堂々と歩く事を許されるかな?」

 

 もっとも、受け入れられぬとしても私の望みには大差無いのであるが。

 

「亡命は、受け入れられる。だが、亡命を受け入れた事を公にできるかは、行動の自由を保証できるかは、断言できない。それこそ、これからずっと身分を偽り隠れて生活してもらう事になるかもしれない。それでも良いか?」

 

 おや、考えていたよりもずっと前向きな、そして明瞭な回答だ。

 

「ありがとう、感謝するオーク王。ちなみに理由を伺っても?」

 

「まず、エルフィンドとの戦争を控えた中で、防諜の観点から国内において白エルフを見慣れた存在にしたくない」

 

「納得だな。種族的な外見の差違は魔種族国家にとって防諜にこそ利点として際立つ。それを捨てるなど以ての外だろう」

 

 最早これだけで、オルクセンがエルフィンドに勝つまで私を拘束する口実に足る。

 

「次に、退役五等少将という高い階級を持ち、そしてロザリンドにおける白エルフの英雄である君がオルクセンへ亡命する。これはどう考えても影響が大き過ぎる。故に極めて慎重に検討を重ねる必要がある」

 

「そうですな我が王。例えば、我が国にとって好ましいのは、エルフィンドでも名の知れた白エルフの英雄でさえ、オルクセンへの亡命を選ぶほどの事態が起きていると諸国へ知らしめること。あるいは逆に好ましくないのは、例えばエルフィンドから犯罪人であるから引き渡せと要求が発され、これを支持する国が現れた場合」

 

 野盗のような顔のオークに指摘されて気付いた。そういえばそうだ。

 

「おお、なるほど。確かに私はエルフィンドにおいて馬を盗んだ窃盗罪は間違いなく犯している。そして他にもでっち上げようと思えばいくらでも可能だな」

 

 とはいえ国際社会に向けて馬泥棒の指名手配を要請する祖国か、それはそれで見てみたいな。

 

「そうであるからして、検討の結果によっては表沙汰には出来ない。場合によっては君の軟禁すら必要になる。それでも、オルクセンへの亡命を選択するかね」

 

「理解した、寛大なオーク王に感謝を。全てを受け入れた上で、私はオルクセンへの亡命を希望する」

 

 もとより、私がオルクセンでどう過ごせるかなどもうじき叶う大願を前にしてさほど重要では無いのだ。

 

 しかしオーク王にはまだ疑問があるようだった。

 

「……これは私の興味でもあるのだが、君は白エルフの氏族長として、エルフィンドに君自身の亡命が発覚しても問題無いのか?例えば君の氏族が不利益を被るような事が起きやしないか?」

 

 全く、それを心配する時点で性根が優し過ぎるぞオーク王。星欧全ての魔種族の面倒を見るつもりか。

 

「その心配は無用だな。私はロザリンドで氏族の若者を死なせ過ぎた。それでいてエルフィンド政府には英雄と祭り上げられたものだから、以前から氏族長など肩書だけの話、氏族の内での私の立場など無に等しかった。そんな私にこれ以上咎が増えた所で氏族の傷になどならんよ」

 

 それこそ国を追われる前から白銀樹には追われていたようなものだ。

 

「今や、私に残された繋がりなど共に国を捨てて付いて来てくれたこのハーマセンや他のキャメロットで過ごす事にした者達。後はエルフィンド陸軍大学校の同僚や教え子くらいなもので、彼女らは出自が有力氏族ばかり、私の咎で塁が及ぶような身分のものはおらんよ」

 

「そうか……」

 

 まったく、これで本当にオーク族の、いや今や闇エルフさえ含む諸々の魔種族を率いる王か。優しすぎるな。

 

 これで私の亡命に関する話題に一区切りついた所で、ディネルースが別の、彼女としてはずっと持ち掛けたかったらしい話題を切り出してきた。

 

「そうだホルステナ、せっかくオルクセンに居るなら、ここでもアンファウグリアの皆にホルステナの格闘技術を教えてくれないか?」

 

 なにかと思えば、ここでもエルフィンド陸軍大学校でやっていた格闘教官の真似事をしてほしいらしい。

 

「それは、まあ、私は構わないぞ。なにせ今ではディネルースが少将閣下、私めはエルフィンドのものとはいえ退役五等少将であるからして、エルフィンド陸軍大学校の頃とは立場が逆だからな。命令とあれば断れん。しかし、オーク王が私にどんな沙汰を下すか次第だぞ」

 

 エルフィンド陸軍大学校では私の方が先任だったのだがなあと思いつつ、エルフ族二人してオーク王へと視線を戻せば。

 

「うーん。そうだな、本当に沙汰次第ではあるが、問題なければ良いんじゃないか?私としてはオルクセンの軍に任官しても良いと思っている」

 

「それは、それは本当に望外だな」

 

「ならグスタフ、その時にはウチで預かって良いか?」

 

「それは、まあ……。双方に問題が無ければ、居住地の自由は保証されるべきだが……」

 

 なんとまあ、職業に居住地までどうにかなるらしい。

 

「おいおい、ずいぶんと気を遣ってくれるじゃないか。それは闇エルフに囲われて生活しろってことか?それじゃ私は殺されてしまうよ」

 

 なんて事だ、四六時中ずっとあの殺気に囲まれて過ごせと。それは良い、素晴らしい。

 

「嬉しそうに言うんじゃない。全く、この国王官邸の前でも私の部下に囲まれて嬉々としていたそうじゃないか」

 

「それはもう、本当に楽しいのだから仕方ないじゃないか」

 

 こればかりはロザリンドで歪んでしまった私の癖だ。きっと死ぬまで治るまい。

 

「えっと、まあ。しかし沙汰が下るまでの、当面の居住地はどうする?ビューロー、ゼーベック、何か良い案は無いか?」

 

「今すぐにヴァルダーベルクとなれば他の亡命白エルフと会ってしまいますからな。少なくとも亡命白エルフの身辺調査が終わるまでは別のどこか。そして首都のいずれかのホテルにしても目立ち過ぎますな。やはり軍の施設が良いかと」

 

 ああ、亡命白エルフの中にエルフィンド秘密警察やその手の者が紛れているのを警戒しているのか。

 

「とりあえずは第一擲弾兵師団の下に仮住まいでどうでしょう?。それこそ首都大演習場にいくつか建ててある家屋も、この前の演習で使ったばかりですから住むにも問題ないはずです。目を避けるにはあの広さこそちょうどいい」

 

「よし、それでいこう」

 

 亡命して明日からの生活の住処も、もしかしたら不要とはいえ早々に決まったのは僥倖だった。

 

 ……だが、もうすぐにでも不要になるかもしれない。

 

 ついさっきかこの官邸に到着したらしい、それを不要としてくれる存在が近付いてくる。この重厚なコンクリート造りの官邸でさえよく響く足音。

 

「……ああ、ようやく。この一二〇年を待ち侘びましたよ、シュヴェーリン」

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