「質の悪い狂言だな」
ディネルースが零したその言葉が、まあ的を射ているな。
「グスタフ、我が王。この馬鹿の処遇はどうなる?不敬罪や大逆罪はオルクセンにもあったよな?」
それにしても、まあなんというか。
ディネルースめ、ずいぶんとオーク王と親しいようだな。
口さがない教義派の連中が見れば、「ほら見ろ、闇エルフはオーク共と通じていたのだ。エルフィンドから追放したのは正しかったのだ」とでも言いそうな事だ。
そんな事を椅子に縛り付けられながら内心思う。もちろん、ディネルースにやたらきつく縛られたからそんな事を思っているわけではないが。
「そんな事を、フルーベルをオルクセンで裁かないと駄目か?正直、国外追放でも何でもして無かった事にしてしまった方が良いと思うのだが」
「いえ、我が王。オルクセンを法治国家とならしめた我が王がそのような事をなさっては、悪しき前例の最たるものとなってしまいます。ここはフリートベルク博士を、司法大臣を呼んではどうでしょう?」
「……そうするか。うん、そうしよう。そもそもフルーベルを呼ぼうと決めたのも私だ。その責任は私がしっかり持つべきだな」
エルフィンドであれば裁判も無しに銃殺して終わりであろう大逆罪に、この国はずいぶんと手間を重ねるのだな。
ああそういえば、確かオルクセンでも大逆罪は銃殺刑だったな。どうかシュヴェーリンが執行官として引き金を引いてくれないものか。
しかしまあシュヴェーリンよ、そんな黙ってじっと私を見てくれるなよ。惚れた相手に凝視されてしまったら照れるだろ。
「我が王、不敬罪と大逆罪の現行犯に対する処遇について急ぎ相談があると聞いて来てみれば、こいつは白エルフではないですか。一体何があったのです?」
それで来たのはコボルトの、やたら顔が毛深い牡だった。
どれだけ毛深いかといえば、それはもう眼も鼻も口も見えないほどに。
「もしやエルフィンドが寄越して来た暗殺者ですかな?」
「それがだな、博士。面倒な事になっていてな」
それで経緯を全て聞いた毛深い顔のコボルトは、それでさえ眉間に深い皺が寄ったのが見て取れる。あれで表情の発露がだいぶ豊かだな?
「我が王、私にもこの白エルフ、ホルステナ・フルーベルに対し聴取をさせて頂いても?」
「ああ、頼むよ」
そしてそのコボルトは椅子を一つ私の隣に持って来て、そのオーク族の巨躯に合わせた椅子へ飛ぶようにぽすんと腰掛けて私への聴取を始めた。
「初めまして、白エルフのお嬢さん。私はフリートベルク。オルクセン王国の司法省で大臣をしているよ。それで、そう。まず初めに聞こう。低地オルク語を扱えるとの事だが、あるいはキャメロット語の方が良いかな?あいにくアールブ語は私が喋れないのが申し訳ないのだが、必要であればアンダリエル少将にでも通訳を頼めるよ」
「いえ、低地オルク語で問題無い」
なんとまあ、被疑者の取り調べですら、この国は優しいのだな。
「それじゃあ、お嬢さんの名前は?所属や役職があればそれも」
そういえば、オルクセン司法省のフリートベルクと言えば特に魔種族に関連した法学書を何冊か出していた法学博士ではなかったか。フルネームは確か―――。
「ホルステナ・フルーベルです。先月まではエルフィンド陸軍大学校で格闘教官をしていました。階級は現役の時には大佐で、退役した際に論旨免職と引き換えで五等少将に昇進しています。……そうだ、お会いできて光栄です、ヨハン・フリートベルク博士」
「おや?私の事を知っている?どこか、キャメロットの学会かどこかでお会いしていましたかな?」
「いいえ。しかし博士の著書は何冊か取り寄せさせてもらいました。魔種族の寿命と懲役刑、魔種族国家オルクセンにおける人間族のための司法との付き合い方、検察と無罪、ええ、どれも素晴らしい内容で、エルフィンドに残してきてしまったのが惜しい本ばかりです」
ああ、本当に素晴らしい内容の本だった。
故に、だからこそ残念だ。その著者であるフリートベルク博士に取り調べをされるなんて。
「これはこれは、ありがとう。まさか私のような者が書いた本がエルフィンドにまで伝わっているとは。もしやエルフィンド軍で法律を扱っていたかな?」
「はい、軍務の傍らですが軍法と、それと商法などを扱っていました」
「なんと!ちなみにご専門は?」
「近年はキャメロットからの兵器輸入やエルフィンドでのライセンス生産のため、キャメロット国内法や国際商慣習、さらにはエルフィンド独自の兵器開発や改修のため特許権などについて扱う事が多かったです。それ以外ではエルフィンド陸軍の軍事裁判所で裁判官、あるいは弁護や検事として立つ事もありました」
「おお、おお!素晴らしい!いや光栄ですな、これは是非握手を、……いえ、拘束中でしたな。しかし、後で拘束を解かれた際にはぜひ握手をさせて頂きたい」
「それは、……ええ、こちらこそ。是非に」
いやはや、不敬と大逆の咎でこれから私の拘束が解かれる事などあるのだろうか?
普通であれば無いだろうが、全く私も運が無い。
「ええ、では聴取を再開させていただきます。オルクセンへ入国した目的は?ああ、これは虚偽申告のものと、もちろん本当の目的も、全てを聞いています」
「入国審査においては観光を、シュヴェーリンがこの部屋に来てからは一二〇年前のロザリンドで誓った決闘を。……そして本当はシュヴェーリンの手によって死ぬ為に」
「なるほど。それでは、シュヴェーリン上級大将の手によって死ぬ為に、ホルステナ・フルーベルは何をしましたか?」
「まずは決闘をと思っていた。それもエルフィンドの軍に居た頃からずっと。それでシュヴェーリンが私を殺してくれれば良かったのだが、オーク王が決闘は駄目だ、オルクセン軍法で禁止されていると言う。だから、シュヴェーリンがオーク王と大変親密なのを見て、オーク王への叛意を示した。そうすればシュヴェーリンが私を殺してくれると思って」
「そして、どうなりましたか?」
「シュヴェーリンの拳が、右の拳が私の顔面に迫った。……だが残念ながらそこまでで、そして私はこのように拘束された」
まったく、あれはシュヴェーリンの忠節を見誤った私の失態だ。
「ふむ……。ホルステナ・フルーベル、貴女が王へ示した叛意というのは、どういう言葉、あるいは行動によるものでしたか?」
「シュヴェーリンに向かって、オーク王の定めた法が決闘の邪魔であるから、今ここでオーク王の首を刎ねてしまおうと提案した」
しかし、フリートベルク博士ともなればこの程度の小細工は簡単に見透かされてしまうだろうな。
「なるほど。シュヴェーリン上級大将にお尋ねしますが、ホルステナ・フルーベルの証言に間違いは無いですかな?」
「ああ、間違いない」
「おや、おかしいですね。私の知る北部軍の親父さんは、我が王への叛意など聞こうものなら、相手が言い終わる前に手が出る牡と思っていましたが?」
「……あっ、ああ!そうじゃ、儂はホルステナが叛意を言い終わる前に殴ろうとして、じゃが我が王の言葉を思い出して拳の当たる寸前で止めたんじゃった!」
ああ、やはり。
「つまり、ホルステナ・フルーベルはどんな言葉を、どこまで言ったのですかね?」
「なあシュヴェーリン。オーク王の定めた法が決闘の邪魔となるなら、今ここでオーク王の首を。……そこまでしか言えなかったよ、フリートベルク博士」
オルクセンにおける司法の大家に対してこんな小細工、通用するはずも無かったのだ。
「シュヴェーリン上級大将、それとこの場に居合わせた皆様、そして我が王も、これに間違いないですかな?―――となれば、これではとてもではないですが叛意を表明したとは断言できませぬな」
これでは到底、大逆罪にはなりえまい。
「そしてホルステナ・フルーベル、貴女、判例研究が足りていませんな。ああいえ、ずっとオルクセンと国交の無いエルフィンドに居て、そしてオルクセンの判例であるから仕方ないのですが、オルクセンにおいては王に対して殺してやるだとか殺意を公に宣言したとしても、これに準備行為が伴っていなければ大逆罪は成立しません。そして我が王、大逆罪をこのように明文化させたのも我が王ですよ」
「ああ、そういえば、そうだったな。忘れていたよ」
なんだと……。オーク王、この王、いったいどこまで手緩いというのだ。
「残るは不敬罪ですが、これもオルクセンにおいて非親告罪となるのは、非親告罪となる何か、例えば殺人や強盗などが王の面前で為された場合のみ」
ああ、もうお終いだ。
「つまるところ本件は、王がこの件を告訴した場合のみ不敬罪として成立します。して、我が王、どういたしますかな。私はあくまで相談があると聞いて参ったまで、告訴のためとは伺っておりませんが」
「……ありがとう、フリートベルク。じゃあ、この件は無かった事にしよう」
無罪、いやそんな判決ですらない。
私は罪に問われさえしなかったのだ。
「それでは、我が王。ホルステナ・フルーベルの拘束をすぐさま解いて頂きたく」
「ああ、直ちに。ディネルース、解いてやってくれ」
こうして拘束を解かれた私は、待ち侘びていたのが尻尾からして一目瞭然なフリートベルク博士にぶんぶんと腕を振られるようにして握手をして。
「そうですな、ホルステナ・フルーベル。法を武器として扱う法学者として、法を用いて自殺しようとした貴女の姿勢には思う所がありますが、そして我が王をだしにしてシュヴェーリン上級大将に自殺幇助をさせようとした事にも思う所がありますが、それでも、貴女と会えた事は光栄でした。次こそは、共に法を正しく扱う者として会いましょう」
こうして私の咎は、告訴さえされずに終わってしまった。
ここまでの元ネタ解説(ネタバレ無し)
○ジラルドーニ(7話)
星歴810年頃にオスタリッチの時計職人が作った連発式空気銃。
この当時のデュートネ戦争から更に60年遡ってロザリンド会戦の頃に、ホルステナ・フルーベルは何か似たようなものをシュヴェーリンとの決闘で使っていたようだ。
元ネタはGirardoni air rifleとして知られる、オーストリアの時計職人Bartolomeo Gilardoniにより1770年代に開発された連発式空気銃。
○シャーデ決闘事件(7話)
グスタフ・ファルケンハインがオルクセン国王に即位して間もない頃に起きた事件。
元ネタは1844年にプロイセンのケーニヒスベルクにあったビアガーデンでシャーデという司法修習生がフリードリヒ・ヴィルヘルム4世に対する失礼なコメントを述べ、これに居合わせたプロイセン陸軍少尉フォン・ライトホルトがシャーデに対し決闘を要求し、致命傷を負わせた事件。
参考「19世紀のドイツにおける将校の名誉と決闘」京都外国語大学菅野瑞治也教授
○ヨハン・フリートベルク(8話)
オルクセン王国の司法大臣にして法学博士。コボルト族シュナウザー種。
本作作者は随想録17にフルネームが登場している事にだいぶ後になって気付いて修正する前はファーストネームを間違えていた。
元ネタはプロイセンの法律家Heinrich von Friedberg(1813~1895)。