オルクセン王国史〜ロザリンドの牙折り〜   作:鶴岡

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ロザリンドの牙折り⑨

 フリートベルク博士を見送って、とりあえず私の処罰という面倒な懸案を無かった事にしたオーク王は、しかし気になる点があったようだった。

 

「答えたくないのであれば答えなくて良いのだが、どうしてフルーベルはシュヴェーリンに殺される事を望むのだ?ロザリンドで同胞を殺された仇でというなら、普通なら逆だろう?」

 

 ああ、そんな事か。皆からもよく聞かれたものだ。

 

 それ故に答えは決まりきっているし、隠すような事でもない。

 

「オーク王、話は極めて単純だ。ロザリンドの当時の私は氏族から預かった皆を率いる指揮官であり、そしてその半分が私の愚かさ故に死んだ。その責任はどう突き詰めようが私のものだ」

 

 それこそ、誤った指揮は誰の責任だったのかを問うた際に、その時に相対していたのが(シュヴェーリン)の軍であったのかというのは全く関係の無い要素なのだ。

 

「あのロザリンドで死ぬべきだったのは、シュヴェーリンに殺されるのは氏族の皆ではなく私でなければならなかった」

 

「それは自罰的に過ぎないか?それに、勧めたいわけでは無いが復讐心というものは無かったのか?」

 

「ありきたりだが、復讐でシュヴェーリンを殺したとて失われた皆の命が戻ってくるわけでもない。そしてエルフィンドはロザリンドの後、私に対して皆を死なせた事に対する咎を与える事無く、それどころか牙折りの栄誉を与えた。……私が奪った皆の生命に対する責任はどこへ消えた?」

 

 私とて自らが愚かしい事は理解している。

 

 だがそれでも、私は私の名誉を陥れる必要があるのだ。

 

「かーっ!それで、それであの決闘か!あの口上か!ロザリンドでおまえが儂とやったのは」

 

 だが、ロザリンドで相対してあの口上を叩き付けたシュヴェーリンには私の欺瞞など通じないのだろう。

 

「そうだ。まったく、顔面に鉛玉を一発貰っただけで気絶しやがって」

 

「牙に当たってなかったら死んでたわ!」

 

「嘘を言うな、おまえのようなオークがそれくらいで死ぬものか」

 

 全く、気付いているだろうに触れずにいてくれる。

 

 豪快さを装いながらも行き届いたその優しさに惚れ込んでしまいそうだ。これでどうして私を殺してくれないのだろうか。

 

「なあまさか、こやつは、自分が殺されるために決闘を持ちかけたにも関わらず真剣勝負をして、それで間違って勝ったとでも?」

 

 そこでオーク王の側近の一人が気付いたらしい。

 

 私が、私が死ぬ為の決闘で勝ってしまったという事に。

 

「ええ、まったく不満ながら」

 

「儂とて今日ようやく理解したが、こやつ自殺願望を持ちながら決闘で手を抜かない騎士道精神を併せ持っていて、それで儂より強いぞ。ここまで面倒な牝はそうそうおらんな」

 

「言ってくれるじゃないか。嬉しいが自殺願望は無いぞ」

 

「……だから面倒なんだこやつめ!」

 

「なんだ知らん所で勝手に自分で死ねみたいに」

 

「そうではないわい!こいつは!ああ、だからだ!」

 

 しかしまあ、ここまで辿り着けばもう一つの疑問も生まれる訳で。

 

「しかし、話を聞くに同胞の助命を求めて決闘をしたのだろう?それでフルーベルが自身の望みの為に死んでは助命とはならないのではないか?」

 

「それは我が王、それこそ、……まあ、儂の驕りですな。決闘をするならまだ生き残っている白エルフを見逃してやるという条件でしたから」

 

「面白い白エルフがいやがる。他を見逃がす代わりに甚振ってやろう。そんな所だろう?」

 

「そう言ってくれるな」

 

「シュヴェーリンお主、ロザリンドのあんな大変な時に決闘などとは思っていたが、そんな理由で死に掛けるなんて……」

 

「いやあ、本当にすまん」

 

 こればかりは事実と違うとしても、シュヴェーリンに謝らせてしまってでもこの場で私が謝る事は出来なかった。

 

「まあまあゼーベック、許してやれ。双方に色々な事情があったようだし、むしろ指揮官同士の一騎打ちや決闘が奨励されていたような頃の話だ。私としてはむしろ、その決闘がどんなものだったのかに興味があったんだ。シュヴェーリンを呼んだのもそれが理由だし、二人で聞かせてくれないか?」

 

「おお、なるほど。そういうことでしたか我が王。となると、あの口上からで良いかな?ホルステナ」

 

「そうだな。そこからが良い」

 

 そこより前に遡っては、私だけの咎に出来なくなってしまうから―――。

 

 

 

『おいホルステナ、見ろよあのオーク共。ボロボロじゃないか』

 

『あんなのが敵じゃ、カルラが作ってくれたこの銃を持ってる私たちなら、この堡塁から出て行ったって勝てるよ』

 

『むしろ、カルラの銃の威力を発揮するならこの狭い堡塁から出た方が良いわ』

 

『おい、馬鹿な事を言うのはよせ。わざわざ堡塁から出て、それで死んだ奴の護符を持ち帰るなんて御免だぞ』

 

 ああ、駄目だ。行かないでくれ。

 

 堡塁から出ては駄目だ。

 

 銃の撃ち方をちょっと教わっただけの、闇エルフのような狩猟もやった事も無い私達には、堡塁が無ければ戦争なんて出来ないのだから。

 

『あんなボロボロになったオーク共を更に撃って居竦んだところを、こっちからちょっと距離を詰めるだけなんだ。死にはしないよ』

 

『そうさ。いつものように撃ちかけて、それでオーク共の腰が抜けたタイミングでなら良いだろう?』

 

『カルラの銃は普通の火打石銃より余程簡単に弾込めが出来るけど、石を投げて当てられるくらいの距離じゃないと滅多に当たらないのは同じなんだもの』

 

『そう、か?……それなら、まあ、状況を見ながらだぞ?他に不穏な点があったら堡塁から出させないからな』

 

 駄目だ!駄目だ!

 

 そのオーク共は、シュヴェーリンの兵なんだ。

 

 どれだけ撃って、どれだけ弾を当てて、どれだけ殺したって、そんな事では止まらないんだ!

 

『距離一〇〇、九〇、八〇、七〇、六〇、五〇―――』

 

『まだ、もう一息だ。そうゆっくりと』

 

 カルラの銃なら、こんな距離だって私たちは冷静だった。

 

『―――三〇』

 

 でも、この距離までが限界だった事を思い知った頃には半分が死んでいた。

 

『ぜんたあぁーーぃ!てェーッ!』

 

 オーク共の地響きのような、ロザリンドそのものが動いているかのような足音の騒々しさに打ち消されないよう、とにかく叫ぶようにして号令を、そしてサーベルを振り下した事をよく覚えている。

 

 火打石が落ち、火花、白煙、閃光、それらが堡塁を占拠し、しかし風がすぐにそれらを追いやっていく。

 

 晴れた視界には傷を増やし、幾つかは倒れていくオーク共。

 

 被弾していないのに脚を止めた奴もいくつかいるが、隊列の全体としてはまだ止まっていない。いや、むしろ脚を速めた。

 

 ボロボロになっている割によく訓練された動きをしている。

 

 私はそれに気付いていながら、何も思わなかった。

 

『次発装填!』

 

 カルラが作ってくれた火打石銃の銃口を空に向けてから、引き金を囲うレバーを右へ、そしてさらに前へ起こし、一息したらレバーを元に戻す。

 

 次に銃口を一旦水平より下に向けて、それからオーク共に向け直して―――。

 

『てェーッ!』

 

 またしても、火花、閃光、白煙。だがそれもすぐに風に流れていく。

 

 それで見えたのは、運良く生き残っても、しかし驚愕に目を見開いたオーク共。

 

 あるいはその足元で増えている、倒れ伏せたオーク共だったもの。

 

『次発装填!―――てェーッ!』

 

 発砲してから次の発砲まで、平均で5()()

 

 視界を遮る白煙が直ぐに流れてくれるような風の強い日だったり、命中率を大きく下げる代わりに魔術探知を応用した白煙越しの射撃をやるなら、それこそ2秒もあれば次が撃てた。

 

 こんな事が、こんな光景が戦場で見れるなんて、それこそまもなく再びに勃発するオルクセンとエルフィンドの戦争の、さらにその次の戦争になるだろう。

 

 ロザリンドから六〇年も過ぎてオスタリッチの時計職人が作ったジラルドーニという連発式空気銃もあるが、これは圧縮空気ボンベが繊細に過ぎて、また空気銃故に鉄鎧や鉄兜を貫通できるかどうか不安があり、戦場にはややそぐわないものだった。

 

 しかしロザリンドの少し前にカルラが、当時のカルラ・ハーマセン准尉が作ったこの()()()()()()()は、これはこれで内部機構にギヤが多く、また弾丸や火薬の送り込みに重力を利用するため装填動作の中で銃口を上下に振る手順が必要だったものの、威力は普通の火打石銃と全く同じもので、ロザリンドの戦場においてはよく機能した。

 

 それこそ作った本人のカルラもロザリンドに従軍していたから、それで皆の銃の手入れに当たらせたのも信頼性の担保に寄与した。

 

 こうして目前に出来上がったのは、そこらの兵隊が時間あたりに撃つ弾数だけで言えば遥か未来の、100年いやもしかしたら200年後の未来の戦争があった。

 

 そんな未来の戦争を私たちが局所的に作り出している最中に、時代遅れ極まった密集隊形で突っ込んできたオーク共は斉射の度に死傷者の山を作り出していく。

 

『さあ、オーク共の脚は止まったぞ。ホルステナ、そろそろ良いんじゃないか?』

 

『あ、ああ。そうだな。……別働隊も居ないようだし』

 

『じゃあ、みんな行くよ!ほらホルステナも早く!』

 

『あの醜いオークの面に鉛玉喰わせてやるんだ!』

 

 そして私たちは未来の戦争を捨てて古代の戦争に飛び込んだのだ。

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