おお君か! 実に久しぶりだね。君がこの書庫を訪れるのは何年振りだろうか、私のコレクションを話していたあの頃を思い出すよ。
いや、私もあれから色々あってね。しばらく忙しい日々を過ごしていたらいつの間にかこの書庫も大分様変わりしてしまった。
君は…………出会った頃より少し老けたようだ。見た目が変わらない私みたいな者としてはその変化が新鮮に感じてしまうものだ。この時の流れが果たして残酷なもなのか、それとも得難い成長なのか。捉え方は人によって様々だが、少なくとも私は、時の経過は人を素晴らしいものにしてくれると思っている。
さて、久しぶりに親しい友が訪ねてくれたんだ。前みたいに私の話を聞いてくれるかね?
ありがとう。君が再び訪れるまでに私のコレクションもそれなりに増えてきてね、何を話そうか実に悩ましいものだ。………………おや、この紫色の瓶が気になるかい? よし、私達の再開を祝して今日この瓶に纏わる『再開』の話をしようか。
躓く石も縁の端、会うは別れの始めなり。
これは私とある少女とその少女の大切な者にまつわる一つの小さな小さな出会いと別れの話だ。
そう━━━━━あれはつい数ヶ月前のことだった。
第一の男と呼ばれる者が引き起こしたホワイトハウス占拠事件の後、様々な遺恨に傷付きながらそれでも人々は今を生き続けていた。人の営みを観察することが趣味の私にとって、苦難を乗り越える者の姿はとても興味深いものがある。
その日の私は災害の傷跡の残る街を当てもなく歩いていた。言うなればただの散歩だ。
そこで私は、ちょっとした因縁との再会を果たすことになったのだ。
「ぶっーぶー」
「ねえ…………待ってよ」
青空に照らされた通りで羽根の生えたウサギ、フォーラーを追いかける苔色の髪の少女。側から見ればとても微笑ましい光景だろう。だが私はその少女に対して強い既視感を感じていた。
ベッドマン。かつてこの世界を混乱に陥れた慈悲無き啓示の協力者、そして私に一度地に付けさせた恐ろしき少年。
一度はリベンジの機会を得たが決着には至らず、最後にその名を聞いたのは私の友人の一人と相打ちしたという報告だった。
今まで生きた中で私を殺せ得る者と出会ったことはほとんど無い。それ故に大義のためであっても彼が死んだことには非常に残念だった。
記憶の片隅にあった少年の姿と似ている少女を見つけ、私は気になって目で追っていた。
その時だった、少女の追いかけていたフォーラーが私の方へ近づいて来て足に頬を擦り付け喉を鳴らしたのだ。
「ぶっー、ごろごろごろ」
「ようやく捕まえた。この子を引き止めてくれて…………ありがとうございます」
「ああいや、私は何もしておらんよ。そのフォーラーが勝手に私の足に頬を寄せただけだ」
「そっ…………そうなの? でも…………お姉ちゃんが何かしてもらったらお礼を言えって言っていたし、この子を捕まえれたのは事実だから」
「ならば、お礼は丁重に受け取っておこう」
「それじゃあ…………私はこの子を連れて行くから」
「ぶっ……ぶー!!」
これが因縁との再会のキッカケだった。
この時の少女に対する既視感。それはかつて果たされ無かった心残りを精算できるやもと、私自身どこか期待していた。だが、彼女はあくまで彼女であり、私が戦ったベッドマンではないと私はそれ以上少女について何かすることはなかった。
それから数週間の時が経った頃、私は再びあの街を歩いていた。道を塞いでいた瓦礫は取り除かれ、平穏と共に人々の顔に笑顔が戻り始めていた。
人々の営みを観察することが趣味の私にとって、沈んでいたものが湧き上がるように変化する瞬間というものは実に感動するものでな。通りを歩きながら街を見渡すのは本当に楽しいひとときだった。
そんなひとときを謳歌していた時、件の少女と再会をすることになったのだ。
「あの………………すみません」
「おや、君は以前フォーラーを追いかけていたレディ。私に何か用かね?」
「この前捕まえたあの子の飼い主が貴方にお礼したいって言っていたんです。私に付いて来てくれませんか」
「おやおや、それはなんとも急な話だ。あの猫を捕まえたのはかなり前だっただろう?」
「ええ…………だから毎日ここで待っていました。あの人には色々助けてもらったので」
少女の言葉に私は内心驚いた。
目的のためにここまでできるその執念深さはまさしくあのベッドマンにそっくりだったからな。
そしてその驚きはいつしか大きな興味へと変わっていた。
「わかった。案内をしてもらえるかね。レディ…………」
「ディ…………ディライラ…………です」
「すまないね、私はスレイヤー。改めて案内を頼むよディライラ」
興味の赴くままにディライラに案内されたのは背の高い樹木の上に形成された森の集落。そこには薬作りを生業とした赤い毛に包まれた小人の種族達が長閑に暮らしていた。
「もっとくるくる回せー、そんなんじゃ日が暮れるぞー」
「むむむ…………うおー!!」
「うわっ、回しすぎだー! 薬品の記録が追いつかないー!」
吸血鬼である私にとって人間以外の種族はさして珍しいものではないが、それでも彼らの営みは少々不思議なものとして目に映る。
「ディライラー、おかえりー」
「ど、どうも」
「その人がこの前ニコモールが言ってた人ー?」
「そうです、今からニコモールさんの所に連れて行きます」
「それじゃあ早く行った方がいいよー、ニコモール今すっごい忙しいからねー」
どうやらディライラはこの種族達の住まう森に身を寄せているらしい。彼らとの会話を聞く限り関係は良好のようだ。
そうして木と木の間に架けられた橋を渡って行くとピンク色の煙が昇る家へと辿り着く。
「ニコモールさん、あの子を捕まえてくれた人を連れて来たよ」
「ディライラかー、少し待っててなー! ………………うんできたー! お待たせー」
威勢の良い歓喜の声と共に家の奥から先程すれ違った者より一際大きな毛に包まれた御仁が現れた。その傍らには以前にも見たフォーラーもいる。
「また新薬の実験をしてたの?」
「そうだよー、ところでその人がミコを捕まえてくれた人だねー」
「お初にお目に掛かる、スレイヤーと呼んでくれたまえ」
「スレイヤーさんねー。オイラはニコモール、お薬を作っているよー。街でやんちゃしてたこの子が世話になったみたいだからねー、一言お礼をしたかったんだー」
「ぶー! ぶー!」
「おやおや、どうやら私の足を随分と気に入ったようだ」
「おー、人間に懐かないミコがこんなにも懐いてるのは珍しいなー。スレイヤーさんって動物から好かれやすかったりするのかー?」
「ふむ、そのようなことは特に意識したことが無いが、もしかしたら私の
「匂いかー、みんなの作る薬にも動物から好かれる匂いを出せるようなやつもあったりするからなー」
「その薬をお姉ちゃんが間違えて飲んだ時は大変なことになってました」
「あははー、あれはすごかったよねー! …………お、ちょうど良い時間だ!」
「おや、何か用事でもあったかね?」
「スレイヤーさんのお礼のために頼んだものを受け取りに行く時間なんだー。よかったら一緒に行くー?」
「それは素敵な提案だ、是非ともご同行させてもらおうか」
「ぶーぶー!」
「あ、ミコは私が抱っこするから」
ニコモールのお礼…………それがこの瓶ということさ。
中身はなんと体内の法力の魔力を底上げする秘薬とのこと。いやはや、私には無用の長物だが彼らの種族の持つ技術には感服したものだ。
さて、ここで終わればよくある日常の一幕だろう。しかしこの物語はここからが佳境…………いや違うな、確定された因縁の巡り合わせの時だろうか。
「まさか法力の力を高める薬が存在するとは、長く生きていたがこれは知らなかった」
「オイラも薬の調合書ができた時はびっくりしたぞー、これもディライラのおかげだー」
「君の?」
「はい…………私こういうのを考えるのが少し得意なので」
「少しなんてものじゃないぞー! 彼女が見つけてくれた草のお陰で作れたようなもんだー。ディライラとディライラのお兄ちゃんはこの集落で一番頭がいいんだー!」
「そ、そんなことは……………」
ニコモールの発したその一言に私は大きな疑問を持った。
ディライラの兄。それはおそらくあのベッドマンと呼ばれた少年だろう。
しかし彼は既に亡くなっている。私の友人の一人がその朽ち果てた遺体を見たのだ、間違いない。
ではこの話に出た『兄』とは一体何者か。湧き上がった疑問、そして好奇心に私は抗うことができなかった。
「君のお兄さん、かね。それはどのような人物…………「――――――――!!」おおっと!!」
しかし私の好奇心は轟音と共に上空から降って来た巨大な物体に遮られてしまった。
突如として現れた物体、それは紫色を基調とし機械の腕を持った巨大な
「お兄ちゃん!? どうして…………?」
「――――――――!!」
「これはこれは。まさかこんなところで再開することになるとはね。その気迫、どうやら話してどうこうできる問題では無いようだ」
間違い無い、命が消えても立っていたその姿こそ私が求めていた
「――――――――!!」
「ふむ、止まって見える」
「デッカい針を掴んだぞー………………」
「お返ししよう」
投げ返した針は彼の頭から発せられた電撃によって落とされてしまった。
そして彼の攻撃の手は緩むことのない。
「――――――――!!」
「転移か、懐かしい技だ」
一瞬で目の前に現れた彼の右腕が天を向くと、力強い一撃が振り下ろされると共に激しい爆発が私を襲う。
爆風が周りの草木を薙ぎ払い、周囲の者達からどよめきが漂い始めた。
「ふむ、この強力なパワーはソルにも勝るだろうな」
「――――――――!!?」
しかしその力は遥かに落ちていた。こと、私を倒したあの時とは比べ物にならないほどに。
先の針にしてもそうだ。以前の彼だったら間違い無く私に気付かれることなく貫いていただろう。
しかし売られた喧嘩は買うのが私の
「……………マスターズ・ハンマー!!」
「――――――――?!!?!???!」
「お兄ちゃん!!」
そしてその一撃で彼は地面に叩きつけられてしまった。
「どうしたのかね。まだ8%も力を出していないぞ」
そうして倒れる彼に駆け寄ろうとした時だ。
「………………レディ、そこに立つのは危ないぞ」
「お兄ちゃんを傷付けないで」
彼を守るようにして両手を広げて立つディライラの姿があった。
決意を込めた彼女の眼には遥か昔から強き者が持つ『守る者の瞳』が宿っていた。
その力強い琥珀色の瞳を見て私は確信する。
「君が鍵か…………」
「?」
「わかった、私は拳をおさめよう。君の兄を傷付けた事は謝ろう。年甲斐もなく熱くなってしまった。しかし思いの外楽しませてもらったよ。次に会う時をまた期待させてもらおうか」
「? 一体何を言って………………「ディライラ!!」」
その時、ジャパニーズの伝統衣装を纏った隻眼隻腕の剣士が戦いの香りに誘われて来た。
彼女は戦場を一瞥すると腰に据えた一刀を手に掛ける。
「これは…………いったい何があった?」
「そこにいるスレイヤーって人が………………え?」
ディライラが指差した先には、誰もいなかった。
聞くところによるとあのベッドは彼、ベッドマンが彼の妹に残した遺品らしい。
あのベッドに命じられた命令はただ一つ、『危険因子から妹を守る』こと。彼はその命令に従ってかつて戦った私を危険因子と判断して襲ってきたそうだ。しかし主人の居ないボロボロの機械は本来の強さを出せず、かつての敵に敗北してしまった。
だがね私は落胆はしていない。彼の妹、ディライラの存在が今は眠っている力を解放する鍵になると私は確信している。
もしその力が解放された時、以前に戦った以上の力を持つ彼と再び戦う。これが今の私の数少ない楽しみの一つになったのだよ。
しかし私も彼もあの時に比べて守るべき大切な物が増えてしまった、それこそ囲まれるようにね。お互いにままならなくなってしまったものだが、この流れ行く営みこそ私の求めていたものだからね。仕方ないことさ。
ふむ、一句浮かんだ。
眠る者 無骨の腕で 頭撫で 真顔の少女は静かに微笑む
リベンジには何年掛かるか。さて、気長に待つとしよう。
………………おや、そろそろ夜明けか。私の話に付き合ってくれてありがとう。こうして久しぶりの再開が嬉しくてついつい長く語ってしまった。
もし機会があればまたこうしてこの書庫に来てくれたまえ。その時は温めておいたとびきりのコレクションを見せたいからね。
では、ご機嫌よう。