腹減り少女はSEED世界で爆発少女にレベルアップする 作:サボテンダーイオウ
ベルリン郊外の雪原戦が明けた直後、ミネルバは市街地外れの復旧作業と避難民の救助活動に追われていた。半壊した建物の瓦礫が撤去される中、救護テントの片隅から小さな泣き声が漏れる。
「ぅぅ……」
「もう大丈夫だぞ」
「さ、おいで。怖かったな」
「ぅぅ……」
怯えて震える子供の肩を、ザフトの兵士たちが優しく毛布で包み込み、抱き上げていく。
スノウ・カンザキの命がけの抵抗によって、デストロイガンダムの進路は市街地から逸らされていた。できる限り街に被害が出ないよう、最小限の行動に留められたはずの戦い。それでもなお、こうして深く傷つき、恐怖に怯える人々を生み出してしまった。
この戦場で生まれた恐怖と悲しみ、そして地球軍に対する激しい怒り。この純粋な負の感情が、プラントにいるデュランダル議長によってどのように利用され、歪んだ「正義」のためのプロパガンダへと変えられていくのか。
◇◇◇
その凄惨な救護活動の映像をメインモニターで見つめながら、ミネルバのブリッジでタリアは重苦しい表情で腕を組んでいた。
「一体何がしたかったのかしら。地球軍は……」
「そうですね。結局、あのデストロイもフリーダムとスノーホワイトが倒しましたしね」
アーサーはコンソールのデータを整理しながら、釈然としない様子で肩をすくめた。
「ディオキアにいらした時、議長も『我々は何をやっているのか』とおっしゃってたけど、ほんとね」
タリアは深く椅子にもたれかかり、天井を睨みつけるようにして吐き捨てた。軍法会議の免罪符まで用意してシンを呼び戻したというのに、結局、戦場を制したのは軍の枠組みに縛られないあの大天使たちだった。自分たちの存在意義そのものを揺るがされるような不条理さに、胸の奥が苦く疼く。
「正直、こんな戦闘ばかりを繰り返して、どうなるのかという思いはありますね。先の大戦の轍は踏むまい、ナチュラルとはあくまで融和をとする議長のお考えは良いですが……。でも、討つべきものはさっさと討ってしまった方がいいのではないでしょうか? でないといつになっても終わらないと思います。この戦争」
アーサーはいつになく真剣なしかしどこか諦観の混じった眼差しでタリアを見つめた。
「はぁ……かもしれないわね」
タリアはアーサーの言葉を否定せず、ただやり場のない重いため息を白く凍るブリッジの空気に溶かすのだった。
◇◇◇
ベルリンの激戦から数日が経ち、ミネルバの艦内は平穏を取り戻しつつあった。部屋のデスクに設置されたポータブル端末のメイン画面を、シンとレイが二人で真剣に覗き込んでいた。そこにアスランが訪ねてくる。今一度シンと話しておきたかったのだ
「シン、いいか?」
「ん?」
デスクの前に立ち、腕を組んで画面を凝視していたレイが、部屋に入ってくるアスランに気づき振り返った。
「何をやってるんだ?」
「シン、アスランだ」
レイは画面の戦闘記録を一時停止させ、椅子に腰掛けていたシンへと淡々と告げる。
「え? ああ……」
シンは気だるげに生返事をするが意識は画面に釘づけだった。メインモニターの映像がアスランの視界に飛び込んでくる。
「ん?フリーダムとスノホワイト!」
そこに展開されていたのは、ベルリンの雪原で自分たちを翻弄した、スノーホワイトとフリーダムの戦闘記録データだった。
「くっそ! 何でこんな!」
ホログラムのフリーダムの猛攻に翻弄されながらも、画面の中のシンのインパルスは死に物狂いでビームライフルを連射し、超高速の鍔迫り合いを繰り広げている。シンは画面の強敵たちを忌々しげに睨みつけた。
「カメラが向いてからの反応が恐ろしく早いな。スラスターの操作も見事だ。思い通りに機体を振り回している」
レイは長い指先で画面をスクロールさせ、シンの操縦データを冷徹に分析しながら、その圧倒的な技量の冴えを静かに称賛した。
「……」
アスランはその記録映像の苛烈さと、シンの限界を超えた操作スピードに息を呑み、圧倒される。
「フリーダムのパワーはインパルスより上なんだ。それをここまで操るなんて……、それにスノーホワイトは俺らのとは違う機体だ。あれの情報は一切出てこない。もともと機密保持されてる機体なのか……」
シンはデスクの背もたれに深く背を預け、額の汗を拭いながら、悔しさを滲ませて吐き捨てた。
「シン! レイも何をやってるんだ!」
アスランは我に返り、二人の赤服に向けて詰問の声を張り上げた。
「何をって……ご覧の通り、フリーダム、スノーホワイトとの戦闘シミュレーションですよ。一体なんです?」
シンは鼻で笑うようにアスランを見上げあからさまに格下を蔑むような冷たい視線を向けた。あの日、自分が全面的に「正しい」と司令部に認められたという傲慢な全能感は、あの雪原の混乱を経て、さらに歪んだ闘志へと変貌していた。
「何故そんなことをしているんだ!」
アスランはシンの瞳の奥にある危うい熱量に、焦燥を隠せず声を荒らげる。
「強いからです」
「!」
シンの迷いのない、そして先輩を完全に突き放した一言に、アスランは言い返す言葉を失い、ただその場に凍りつくしかなかった。
「俺の知る限り、今モビルスーツで一番強いのはこの二体です。あのデストロイさえ倒したんだ。なら、それを相手に訓練するのはいいことだと思いますが」
シンは冷淡に言い放ちデスクのポータブル端末を指差した。
「ぅ……」
アスランは言葉を詰まらせる。ベルリンでの凄まじい戦火を単機で制したあの二機の圧倒的な強さは、誰も否定できない事実だった。
「何かあった時、あれらを討てる奴がザフトにいなきゃ困るでしょ?」
「シン!」
アスランは思わず一歩踏み出し、激しい焦燥を込めて声を張り上げた。これ以上、かつての戦友をただの「討つべき敵」として見做そうとする少年の暴走を許すわけにはいかない。
「何ですか!」
シンもまた、椅子から身を乗り出してアスランを激しく睨みつけた。
「く……」
部屋の中に、張り詰めた重苦しい沈黙が流れ、二人の視線が火花を散らす。その間に割って入るように、レイが淡々と静かな声を響かせた。
「アスラン!シンも控えろ」
レイは二人を等しく制すると、真っ直ぐにアスランへと視線を向けた。
「アスラン、シンの言っていることは間違っていないと思います」
「なんだと?」
アスランは驚愕に目を見開いた。
「フリーダム、スノーホワイトは強い。そしてどんな思惑があるかは知りませんが、我が軍ではないのです。シンの言うようなことは想定されます」
「……」
「いくら貴方がかつて共に戦った者だとしても……」
「だが二人は敵じゃない!」
アスランは胸をかきむしられるような思いで、必死に二人の存在を否定しようと叫んだ。
「ああ!?」
シンは露骨に不快感を示し、あからさまに格下を蔑むような鼻息を漏らした。
「何故ですか」
レイの冷徹な追及が、逃げ道を塞ぐようにアスランへと突き刺さる。
「う……」
「ダーダネルスでは本艦を撃ちました。敵対意識がなければ手は出ないはずです」
「……だが…」
彼らが動くにはれっきとした理由がある。その理由を説明できないことがアスランにはもどかしかった。
「戦闘の判断は上のすることですがあれは敵ではないとは言い切れません。ならば私達はやはりそれに備えておくべきだと思います」
「……」
「ふん!」
シンは己の絶対的な勝利を確信したように、傲慢な笑みを浮かべて椅子の上で腕を組んだ。
「よろしければアスランにもそのご経験からアドバイスをいただければと思いますが」
「……俺に、か?」
まさかの提案に、アスランはパチクリと目を瞬かせる。
「いいよレイ。へなちょこの経験なんか参考にならない」
シンは椅子から立ち上がりざまに吐き捨て、アスランを完全に格下と見做して背を向けた。
「なにぃ!」
「すみません、アスラン」
レイはシンの無礼を詫びるように、冷淡な一礼を返した。
「!」
「シンには私から言っておきますから」
「く……」
完全に部屋の中で孤立し、去りゆく二人の赤服の冷たい絆の前に、アスランは自身の無力さと混迷のなかで部屋を立ち去るしかなかった。
◇◇◇
ベルリンの激戦から少し騒動が落ち着いたアークエンジェルの食堂。ずらりと並ぶテーブルを囲み、艦内の主要メンバーが勢ぞろいする中、入り口のハッチが気だるげな音を立てて開いた。入ってきたキラは、見るからにくたびれた顔をしている。
「……アマキさんはまだ?」
「はい。部屋に籠城してます。うんともすんとも言わないですよ。よっぽど腹立たしいんでしょうね」
「仕方ない。こればかりは私もそう思うぞ」
カガリは腕を組み、同情を禁じ得ないといった様子で深く頷いた。なんせ、あのベルリン戦の後、彼らが突然押しかけてきたのだ。キラ達はしつこい敵だなと思ってたら、なんと今彼らからの爆弾発言に目玉飛び出るかと思ったものだ。アマキは問答無用で叩くつもりでスノーホワイトで応戦しようとするし、キラは暴走するアマキを抑え込むので必死になるし、アークエンジェルの中に無理やり侵入しようとしてくるはで、てんやわんやであった。
この元凶の主がいま前の前に鎮座して用意されたコーヒーを優雅に飲んでいる。ムウはこうも敵艦で堂々とできる太々しさが羨ましいと思った。
「はぁ……しっかし、アンタもハチャメチャだな……スノウさんよぉ」
「はっはっは。そう褒めると舞い上がってしまいそうだ。適度に頼むよ、適度に」
先の戦闘での怪我などすでにすっかり治っているスノウは、悪びれもせず陽気に笑い飛ばす。
「アマキにそっくりなポジティブぶりだな。さすが親戚といったところか」
ラウが冷徹な笑みを浮かべて皮肉を差し込むと、ステラはそのスノウの袖を小さな手がきゅっと引っ張った。
「……スノウ、おなかへった」
「おっさん、ごはんまだ~?」
アウルがテーブルに頬杖をつきながら退屈そうに声を張り上げると、厨房の奥から湯気と共に、懐かしい肉鍋の香りが漂ってきた。
「もう少しまっていなさい」
「また大所帯になりそうですな。仕込みも忙しくなりそうだ」
「腕の見せ所といったところですかな。ハハっ」
大鍋をかき混ぜる二人の巨頭を見つめながら、スティングは額を押さえて、隣の席のアウルを小突いた。
「おい、食堂のおっさん二人ってウズミ・ナラ・アスハとシーゲル・クラインだぞ。……どうなってんだ、この艦は」
一人は引退し、もう一人は死んだはずの世界の指導者たちがエプロン姿で飯を炊いている。その常軌を逸した光景に、さすがのスティングも冷や汗を流すしかない。キラは自分の前に用意されたお茶を少し横に置いてスノウの正面に腰を下ろすと、心底困惑した表情で本質を切り出した。
「そもそも、なんでこっちの世界にいるんですか。雪彦さん」
スノウ・カンザキ改めて、アマキの遠い親戚を名乗る神崎雪彦は悪びれた様子もなくあっけらかんと答えた。
「それはだな、改造人間が欲しかったからだ」
「「「は?」」」
なんだその近所のスーパーで刺身が欲しかったんだみたいな発言は。気軽に欲しいと言える対象ではないと皆は思った。
「以前お前たちが私たちの世界に来た時に話していただろう。人格矯正ジュースの件を」
「……ああ、そういえば……ってもしかして!?それだけのために?」
記憶の片隅にそういえばそんな話してたっけ?と思い出すキラだが、まさか本当に実行しに来るなんて誰が予想できただろうか。
「それだけだが何か?私にとって実験とは生きがいとっていいほどのものだ。それに伴う労力、過程など、屁でもないさ」
「その、改造人間ってのが、彼らなんですか?」
「ああ、ちょうどこちらに来た時に運よく地球軍の方と遭遇できたので洗脳して潜り込ませてもらった。あとは成り行き任せだな。物は試しと人格矯正ジュースを飲ませて見せれは彼らの人格に影響を与えるブロックワードだけごっそりと消えるという不可思議な現象が起きてしまった。ははは。私の才能もつくづく恐ろしいものだよ。……私の腕にくっ付いているのが、ステラ。そこの行儀悪いのがアウルで目つきが鋭いのがスティングだ」
自己紹介され、ステラは恥ずかしそうにスノウの腕にさらに抱き着いて顔を隠した。
「………」
「っちーす」
「どうも、お世話になります」
アウルはフレンドリーな挨拶をし、スティングは丁寧に猫を被った。それぞれ個性が光る三人組にキラ達は脱帽してしまう。先ほどまで戦っていた敵とは到底思えない。
「…………アマキが怒るのも無理ないですよ」
キラは疲労もそのままに、湯呑みを両手で包み込んで深くため息をついた。
「アイツ、意外に苦労人なんだな」
続けてカガリが頬を引きつらせて一言漏らす。後でねぎらってやろうと心うちで思った。色々言われてスノウはふぅやれやれといった風に大袈裟に両肩をすくめて見せた。
「仕方なかろう。いずれは三人をつれてとんずらするつもりだったのだ。それが早まっただけだ。タイミングだよ、タイミング」
スノウは手をひらひらと振りながら、事も無げに言ってのける。
「「「はぁ」」」
呆れたような、諦めたようなため息が食堂のあちこちから漏れる。スノウは自分のペースを崩さずに、テーブルの上のスプーンをお手玉のように弄びながら、
「それにアマキにも冷静になる時間は必要だ。放っておきなさい。いずれ腹が減れば勝手に出てくるだろうさ」
「………」
確かに腹は減るだろう。戦闘からそのまま怒涛の流れで部屋に閉じこもっているのだから。でもアマキには四次元買い物袋もあるし、そのまま籠城するかもしれない。時を待つしかないか、とキラは天井を仰ぎ見た。変人奇人を見る目つきでスノウたちを横目にしつつ、マリューは躊躇いがちにキラの袖を軽く引いて尋ねた。
「えーと、とりあえず……仲間、ということでいいのかしら、ね?」
「あ、はい。危害はありませんから大丈夫です。雪彦さんもこういってますし」
キラは苦笑しながら、並んで座る三人組に視線を向けた。
「アマキの親戚ってこんなのばっかりなのか?」
ムウが座席を少し引き、コップを傾けながらこそっとキラに耳打ちする。
「そこはノーコメントです。ムウさん」
キラはさらに苦笑いしながら視線をパッと逸らした。ラウが面倒くさそうに、長い指先で前髪をフワァサとかきあげながら言った。
「機体が増えるのはいいが、これ以上はメンテナンスも手が回らないな」
ラウは腕を組み、冷徹な視線のままコンソールに表示された機体データを見つめる。
「食客となった以上、我らも馬車馬のように働こう。わかったな、お前たち」
スノウがバンとテーブルを軽く叩いてハッパをかける。
「いや。おなかへった」
ステラはスノウの腕にさらにぎゅっと抱きつき、衣服の袖に顔を埋めたまま不満を漏らす。
「えー、メンドクサ」
アウルは頬杖つきながら一言漏らした。。
「……はぁ」
スティングは深く頭を抱え、これからの胃の痛い共同生活を予感して長く重いため息をつきながら、前髪を指先でいじった。新たな居場所と、それぞれの不満。前大戦の英雄から、別世界の来訪者、そして地球軍の最高機密までを飲み込み、アークエンジェルの食堂は今日も賑やかにわちゃわちゃと人数を増やしていくのだった。
◇◇◇
シンとレイが共にあの二機を倒そうと奮起すればするほど、アスランの表情は重くなる。敵と敵ではないという明確な見分け方など、戦場に生きる者たちにわかるはずがない。アスランにとって、キラ達は敵ではない。それは、前大戦を共に戦い抜いた経験から、彼の中で絶対に揺るがない事実として、はっきりしている。だが、アスランの想いと、ザフトの兵士として世界と戦うシン達の想いは、決定的に違うのだ。その見えない巨大な壁が、今のアスランの中に重く冷たく立ちはだかる。この想いを言葉にして伝えたところで、彼らに鼻で笑われるだけだ。議長から与えられたFAITHなどという特権的な身分は、今の孤立したアスランにとって何の意味も持たなかった。
「アスラン」
「……君か」
自室への通路の途中で立ち尽くしていたアスランは、不意にかけられた声に肩を震わせて振り返った。
「どうしたんですか? こんなところで」
「いや……」
「シン、なんだか変わりましたよね」
ルナマリアは手にした端末を胸元に抱え込み、ため息混じりに通路の壁に背を預けた。
「え?」
「この間の件も不問だったから、ちょっと鼻が高くなってるっていうか。そんなもんと言えばそんなもんなんでしょうけど。なんかねえ……あんまりスーパーエースだから何やってもオッケーみたいになると、不満が出ますよね」
「君は不満そうだな」
アスランはシンに「へなちょこ」と完全に見下された直後の苦い感情を引きずったまま、ルナマリアを冷ややかに見据えた。
「え?」
「だから俺が艦長に掛け合えと、何とかしろと言いたいのか? だが……」
「違いますよ!」
ルナマリアは慌てて上体を起こし、アスランの言葉を遮るように声を張り上げた。
「よ、お二人さん。通路の真ん中で何やってんだ?」
二人の間に割って入るように、ハイネがアスランの肩に手をかけてひょっこりと現れた。
「ハイネ……」
「ハイネ……。あ、いえ、私はただ……」
アスランとルナマリアは少し気まずそうに視線を泳がせる。
先ほどの一部始終は聞かれていたようで、ハイネもなんとなく状況を分かっている様子だった。
「いいよいいよ。わかってるぜ。あれだろ。シンがああも勝手放題でお咎めなしだと、周りの赤服の統率が取れなくなるって焦ってんだろ? だからルナは、アスランにもっと頑張ってもらいたいんだよな」
ハイネがルナマリアの気持ちを代弁するかのように、気さくに説明する。
「え……ええ、そうです! もっと力を見せてくださいよ、アスラン」
ルナマリアはハイネの言葉に背中を押されるように、真っ直ぐにアスランの瞳を見つめ、どこか縋るような熱を込めて言葉を重ねる。
「え?」
「そうすればシンだってもう少し大人しく言うこと聞くとも思うんですよね」
格下の先輩と見下され、暴走を続けるシンを止められる圧倒的な「強さ」を、彼女はアスランに求めていた。
だが、今のアスランにはシンを止められるだけの気力はない。彼らには大義名分がある。だが、自分には……。
「ルナマリア……」
「アスランは優しすぎますよ! そういうところも好きですけど……損ですよ?」
「損?」
「……ええ、せっかく権限も力もお持ちなんだから、もっと自分の思ったとおりにやればいいのにって」
ルナマリアは少し恥ずかしそうに視線を泳がせながらも、FAITHとしての特権を持つ目の前の男の背中を押すように言った。
「なるほどねぇ。……だけどな、ルナ。こいつに『力を見せろ』ってハッパかけたところで、今のシンが大人しく言うことを聞くと思うか? 力でねじ伏せようとすれば、シンは余計に反発してレイの言葉に耳を傾けるようになるぜ」
ハイネは腕を組み、いつになく真剣な眼差しでルナマリアに語りかけた。
「それは……そうですけど……」
ルナマリアは返す言葉に詰まり、端末をさらに強く抱きしめるのだった。
「……権限、力……」
アスランはその言葉に、胸を深く抉られるような衝撃を覚えていた。議長から与えられたFAITHの『権限』、そして自分が持つモビルスーツの『力』。それらを正しく行使できず、ただ綺麗事を並べてシンに蔑まれている自分の無力さが、ルナマリアの純粋な期待とハイネの冷静な指摘によって残酷なまでに浮き彫りになる。
「ぁ……」
ルナマリアはアスランのあまりに暗い表情に、ハッとして言葉を飲み込んだ。
「よし、この話はここまでだ。ルナマリア、あんまりアスランをいじめてやるなよ。お前も機体の整備確認があるんだろ?」
ハイネが優しく促すと、ルナマリアは「あ……はい、失礼します」と小さく一礼して足早に通路を去っていった。
「アスラン、アイツもアイツなりの考えがあるんだろう」
「……あぁ……俺もこれで」
アスランはそれ以上言葉を返すことができず、ただ苦い沈黙のなかで、ハイネの真っ直ぐな視線から逃げるように目を伏せるしかなかった。
◇◇◇
ミネルバの通路に重苦しい決裂の空気が漂う中、世界の歯車はデュランダルという一人の男の手によって、決定的な変革の瞬間を迎えようとしていた。プラントの最高機密放送室。無数の機材と主幹回線が世界中の電波をジャックする準備を終え、張り詰めた緊張感の中でディレクターがカウントダウンの指を立てた。
「では議長、よろしいですか?」
「ああ、頼む。始めよう」
デュランダルは穏やかな笑みを湛えたまま、完璧に整えられたデスクの前で静かに居住まいを正した。その組まれた両手の向こうにある瞳は、冷徹なまでに世界の未来を見据えている。
「3、2……」
カウントと共にデュランダルが画面に映し出される。この放送は全世界へ向けたものだった。
「皆さん、私はプラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルです。我等プラントと地球の方々との戦争状態が解決しておらぬ中、突然このようなメッセージをお送りすることをお許しください。ですがお願いです。どうか聞いていただきたいのです」
議長の低く、そして信じられないほど深く慈愛に満ちた声が、電波に乗って一瞬にして世界中へと拡散されていく。プラントの市民、地球軍の残党、そして復旧作業に追われるベルリンの街頭ビジョン。さらには、世界を止めるために潜伏を続けるアークエンジェルの食堂のメインモニターにまで、その端正な顔が映し出された。
◇◇◇
復旧作業の報告書に目を通していたタリアの前に、メイリンが血相を変えてメインコンソールに割り込んできた。
「艦長! デュランダル議長がプラントから緊急メッセージを!」
「「え?」」
「あらゆるメディアを通し、全世界へ向けられています」
「ええ!?」
アーサーは椅子から弾かれたように立ち上がり、メインモニターを凝視した。
そしてこの放送は、アークエンジェルのクルー達にも動揺を与えていた。
「何? どういうことなの?」
「おうおう、大胆じゃねぇか。あの議長は」
マリューは艦長席から身を乗り出し、ムウは全世界の全周波数がジャックされているという異常な事態に、驚愕と困惑の声を上げる。
「……ギル……」
ラウはついに友人の計画が始まったことを悟り、モニターの光に照らされながら、その名を低く呟いた。
「……これは」
オペレーター席のチャンドラ二世は、カットインしてきた最優先割り込み信号の解析データを睨みつけながら、ただ息を呑むしかなかった。
◇◇◇
一方、その放送は、ブリッジから離れたアマキとキラ、そしてラクスが共用している私室の小型モニターにも、冷徹に映し出されていた。
戦場でのスノウの謎の挙動にマジ切れし、部屋に籠城してキラ達を心配させた張本人はドアを突破されると、買い物袋の中へ逃げ込んだ。かろうじて腰に安全ひもをくくりつけているのでそれを引っ張ればでてくるだろう。だが無理やり戻したところで今度はアークエンジェルから逃走しかねないので、キラは諦めてそのままにさせている。
キラはそのくたびれた顔にさらに深い険しさを滲ませながら、ベッドに腰かけて画面の中のプラントの指導者を見つめていた。
「デュランダル議長……」
すると緊急会見の様子が気になるのか、四次元買い物からにょきっとアマキが怪訝そうに顔だけのぞかせて出てきた。
「……なに、あのおっさん……今度は何する気?」
「あ、出てきた。……演説だよ」
キラはアマキの横顔を気遣うように見つめながら、優しく、しかしどこか固い声音で短く答えた。
「ふーん」
アマキはつまらなさそうに鼻を鳴らしつつも、モニターの向こうで微笑むプラントの最高権力者の動向から目を離さずにいた。これから起こるであろう演説が一体どのように世界に影響を与えるのか。
「アマキ、笹団子食べる?」
キラはお皿にてんこ盛りに乗った笹団子を差し出してみせた。いつの間に用意したのか。実はこれスノウの差し入れである。詫びのつもりなのか、何なのか。どちらにせよ、利用する手はない。こんな時でもキラは虎視眈々と狙っている。アマキ不足を解消するためだ。何でもするさ。案の定、ターゲットは釣れた。物珍しいものなのだろう。笹団子を認知すると速攻答えを出した。
「食べる」
「じゃ出ておいでよ、その体制じゃ喉に詰まるから」
そうだよ、喉に詰まるし捕まえられないからとは言わないキラ。
「うぃ」
キラに促され、素直なアマキはどっこいしょっと出てきたところをキラにガシッ!と確保された。
「釣れたー」
キラはほっとしたように微笑み、アマキの肩を離さず腰の安全ひもを優しく手繰り寄せる。
「くそっ! 釣られた!」
アマキは悔しそうに顔を真っ赤にしながらも、手渡された笹団子の笹を器用に剥き始めながらキラにぎゅうぎゅう抱きしめながら会見を見ていた。
◇◇◇
タリアによって議長の演説は艦内に流され、各員達のほとんどがその演説に集中するように聞き入っていた。
『こうして未だ戦火の収まらぬわけ。そもそも、またもこのような戦争状態に陥ってしまった本当のわけを』
アスランたちも同じように突然の議長からの話に驚きを隠せずにいた。
デュランダル
『各国の政策に基づく情報の有無により、未だご存知ない方も多くいらっしゃるでしょう』
画面の向こうの議長は、まるで世界中の人々の無知を哀れむように、優しく、しかし冷徹に言葉を重ねていく。
『これは過日、ユーラシア中央から西側地域の都市へ向け、連合の新型巨大兵器が侵攻したときの様子です』
ギルバート・デュランダルの演説に合わせて、白銀のベルリン郊外で繰り広げられたデストロイガンダムによる大決戦の記録映像が世界中に流された。これに怒りを露わにしたのはジブリールだった。
「なんだこれは!? 止めろ! 放送を遮断するんだ! 早くしろ!」
特別観戦室でジブリールはデスクを力任せに叩きつけ、通信コンソールに向かって狂ったように絶叫した。しかし、プラントが誇る最新の超広域量子通信ジャックの前に、地球軍の防空回線も情報統制システムも完全に無力化され、画面のデュランダルを消すことはできなかった。喚くジブリールをよそに議長の熱い演説は止まることを知らない。
『この巨大破壊兵器は何の勧告もなしに突如攻撃を始め、逃げる間もない住民ごと焼き払い尚も侵攻しました。我々はすぐさまこれの阻止と防衛戦を行いましたが、残念ながら多くの犠牲を出す結果となりました。侵攻したのは地球軍、されたのは地球の都市です。何故こんなことになったのか。連合側の目的はザフトの支配からの地域の解放ということですが、これが解放なのでしょうか? こうして住民を都市ごと焼き払うことが! 確かに我々の軍は連合のやり方に異を唱え、その同盟国であるユーラシアからの分離、独立を果たそうとする人々を人道的な立場からも支援してきました。こんな得るもののないただ戦うばかりの日々に終わりを告げ自分たちの平和な暮らしを取り戻したいと。戦場になど行かず、ただ愛する者達とありたいと。そう願う人々を我々は支援しました』
議長の深く、そして世界の悲劇をすべて背負うかのような哀切に満ちた声に重なり、メインモニターにはベルリンの生々しい惨劇の記録映像が次々とカットインしていく。
『ママー! ママは!?』
黒煙のなか、顔を泥と涙で汚した子供が泣き叫ぶ。
『あの連合の化け物が何もかも焼き払っていったのよ!』
崩壊した自宅の前で、狂乱した女性が天を仰いで慟哭する。
『敵は連合だ! ザフトは助けてくれた! 嘘だと思うなら見に来てくれ!』
怒りに震える民衆の男が、カメラに向かって血の吐くような叫びを叩きつける。スノウが必死に被害を雪原へと逸らしたにもかかわらず、ロゴスがデストロイという恐怖を放ったというその事実だけが、デュランダルの精緻な編集によって連合の絶対的な悪として世界中の脳裏に強烈に焼き付けられていく。
『なのに和平を望む我々の手をはねのけ、我々と手を取り合い、憎しみで討ち合う世界よりも対話による平和への道を選ぼうとしたユーラシア西側の人々を、連合は裏切りとして有無を言わさず焼き払ったのです!子供まで!』
「止めろ! 何をやってる! 早くやめさせるんだ! あれを!!」
ジブリールは顔を真っ赤に染め、受話器を投げ捨てるようにして怒号を響かせるが、周囲に座るロゴスの幹部たちの冷たい視線が、一斉に彼へと突き刺さった。
『ジブリール!どういうことだね、これは!』
『これは君の責任問題だな!』
『何をしようというのかね、デュランダルは』
「うぅぅ……」
ジブリールは幹部たちの耳の痛い糾弾に奥歯を激しく噛み締め、やり場のない屈辱と焦燥のなかで、ただ血走った瞳で画面のデュランダルを睨みつけることしかできなかった。
そして衝撃的な映像に一般市民を恐怖に陥れる一方で
「フリーダム、スノーホワイトが……いない!?」
アスランはモニターにパッと映し出されたベルリンの戦闘記録映像を凝視したまま、驚愕に声を震わせた。そこに映るデストロイガンダムの周囲には、ザフト軍の機体の姿ばかりが強調され、実際に決定打を与えたあの二機の姿だけが、跡形もなく精緻に編集で消し去られていたのだ。
隠蔽された事実に気づくのは、世界に溢れる大多数の中のほんの一握りだけ。さらにデュランダル議長の計画となる一押しの人物が映像の中に現れる。感情のままに訴えかける議長をなだめるようにその腕に手をかけ、寄り添うのは議長の歌姫、ラクス・クライン。
『このたびの戦争は確かにわたくしどもコーディネイターの一部の者達が起こした、大きな惨劇から始まりました。それを止め得なかったこと、それによって生まれてしまった数多の悲劇を、わたくしどもも忘れはしません。被災された方々の悲しみ、苦しみは今も尚、深く果てないことでしょう。それもまた新たなる戦いへの引き金を引いてしまったの、仕方のないことだったのかもしれません』
切実に訴えかけ、皆の心を掌握しようとする。その作戦は成功だった。世界の誰もが平和を愛するラクス・クラインの声に魅了される。情で訴え、涙ながらに平和を乞うその一挙手一投足に、世界中は熱狂と深い共感で包まれていく。
『ですが!このままではいけません!こんな討ち合うばかりの世界に、安らぎはないのです!果てしなく続く憎しみの連鎖も苦しさを、わたくし達はもう十分に知ったはずではありませんか?どうか目を覆う涙を拭ったら前を見てください!その悲しみを叫んだら今度は相手の言葉を聞いてください!そうしてわたく達は優しさと光の溢れる世界へ帰ろうではありませんか!それがわたくし達全ての人の、真の願いでもあるはずです!』
そうラクス・クラインが締めくくった後で冷静を取り戻した風を装う議長によって、徹底的な証拠となる世界の悪を告白させる。画面は再び、静かに居住まいを正したデュランダル議長の姿を正面から捉えた。
この訴えは、ジブリール達を震撼させたことだろう。なんせ自分たちの居所が割れてしまったのだから。ロゴスメンバーのそれぞれの顔写真と所属、居場所など、ありとあらゆる情報が全世界へ一斉に発信されたのだから。
『ジブリール!』
「やめさせろ! 今すぐあれをやめさせるんだ! 何故出来ない!!」
ジブリールは恐怖と激昂のあまり、口から唾を飛ばしながら通信コンソールへと掴みかかった。しかし、そんなロゴスの内紛劇をあざ笑うかのように、画面の中のデュランダルは冷徹に、かつ絶対的な正義の顔で決定打を叩きつける。
『間違った危険な存在とコーディネイターを忌み嫌うあのブルーコスモスも、彼等の創り上げたものに過ぎないことを皆さんは御存じでしょうか? その背後にいる彼等、そうして常に敵を創り上げ、常に世界に戦争をもたらそうとする軍需産業複合体、死の商人、ロゴス! 彼等こそが平和を望む私達全ての、真の敵です!』
世界中の誰もが息を呑み、そして次の瞬間にはその「真の敵」に対する激しい怒りの焔を、胸の奥で一気に燃え上がらせていった。
『私が心から願うのは、もう二度と戦争など起きない平和な世界です。よって、それを阻害せんとする者、世界の真の敵、ロゴスこそを滅ぼさんと戦うことを、私はここに宣言します!』
プラントの議場、そして街頭モニターを見上げていた群衆から、地を震わせるほどの凄まじい歓声とシュプレヒコールが沸き起こった。人々が抱えていた戦争への不安、恐怖、そして地球軍への憎悪のすべてが、議長の鮮やかなプロパガンダによってロゴス打倒という熱狂のうねりへと一気に変えられていく。
世界がデュランダルの掌の上で完全に一つに染まっていく中、示される世界の運命の幕は、誰も止められない激動の未来へと向かって切って落とされるのだった。
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