赤く染まった空の下、荒廃した道を車で走る。窓から見える風景は崩れた住宅ばっかりで、人の気配を感じさせなかった。
住宅に死体や血痕といったものがないのを見て、ここで人が死んでいないということに安堵を覚える。
……ここで死んでいなくても、違う場所で死んだんだろうとは思うけど、それには目を瞑った。
「フブキ局長。ここの建物はまだ使えそうです」
「……よし、休息にしよう。気を張り詰めてると疲れちゃうからね」
私は冗談めいた口調で笑った。
「……局長もしっかり休んでくださいよ。いっつも周りを警戒しているの、知ってるんですから」
私の身を案じる部下に、分かってるよ、と言葉を返した。
私たちはヴァルキューレ警察学校所属の公安局だ。……だった、と言う方が正しいかもしれない。組織のほとんどは壊滅した。ヴァルキューレという名前にも公安局という肩書きにも意味はない。ヴァルキューレ警察学校といっても、生き残っているのはここにいる4人だけだ。
なぜ壊滅したのか。それは突如として現れた化け物、色彩のせいだ。
色彩によって各地の学校は壊滅した。生徒も民間人も大半が亡くなり、今のキヴォトスは色彩が支配している。私たちみたいな生き残りもいるとは思うのだが、会ったことがなかった。
色彩。正体不明の何か。おぞましく、強大な力を持っている何か。姿は見えないのに、本能が警鐘を鳴らす何か。それは機械や動物、果ては生徒にまで侵食し、色彩の一部にする。
そして、「色彩の嚮導者」と呼ばれる色彩の指導者がいる。かつて、私たちの先生だった人。長期にわたる昏睡の末にとうとう亡くなったあと、色彩に飲まれた人。
最初は何だったかは分からない。
色彩が現れるより前から、何か起こっていたのかもしれない
例えばそう、先生が爆発に巻き込まれた事故とか。エデン条約を結ぶときにミサイルが落ちたときとか。生徒が行方不明になった話とか。考えれば、兆候はあったように思える。
私が知っているのは、まず、トリニティが色彩に飲まれた。
ミレニアムでは「名もなき神々の王女」が目覚め、壊滅した。
ゲヘナはその色彩に攻め込まれて散り散りになった。
後になって調べてみたけど、分かったのはこれくらいだった。
今の他の地区がどうなっているか、私たちに知る術はない。通信機器も電波も残っていない現状では。
私は頭上に浮かぶヘイローを見た。部下のヘイローも私のヘイローも、所々欠けていて、ノイズが走ったように黒ずんでいる。
これも色彩の影響だった。神秘の反転と呼ばれる、自分が自分じゃなくなる現象。恐怖や憎悪といったネガティブな感情に飲まれ、理性なき化け物に変わる。そういった生徒を何人も見てきた。
崩れかかるヘイローを見て、もう限界だと思った。完全に反転するまで、そう長くはないだろう。
「フブキきょくちょー、みてみて! ドーナッツ!」
1番幼い部下が、レーションに穴を開けたものを見せてきた。
長方形に穴が空いた形でドーナッツには似ても似つかない。それでも、それはありし日のことを思い出させた。
「……ふふ。私もドーナッツ好きだよ」
まだ生活安全局にいた頃。キリノがいて、他にもたくさん人がいたとき。あの頃はサボってもよかった。カンナ局長には怒られたけど。
他の部下も会話に混ざってきた。
「いや、全然ドーナッツじゃないでしょ。ドーナッツはもっと丸くて、ふわふわしてるじゃん」
「いや! ドーナッツなの!」
「しょうがないなぁ。本当のドーナッツってやつを見せてあげる」
「……すごい! 形がドーナッツにそっくり!」
「ふふん、でしょ?」
「おーいそこの2人。食べ物で遊ぶな。もう備蓄もないんだから」
「「はーい」」
楽しそうな部下の様子を見て、自然と顔がほころんだ。
2人を注意した部下が私に話しかける。
「フブキ局長。近くに人影がありました。撃ちますか?」
「あ〜、どーしよっかな。……う〜ん、私が挨拶に行ってくるよ」
「局長は休んでた方が……」
「大丈夫だって、私元気だし。……それに私が1番強いでしょ?」
しぶしぶといった様子で、部下が口を開く。
「……一応、私も後ろをつけていきます」
「休んでてもいいのに、勤勉だね〜」
「局長」
「はいはい。じゃあ行こうか」
廃墟を歩くこと数十分。布切れみたいなローブを纏っている人影を見つけた。
頭上に浮かぶヘイローは、白い円環に青い十字。
見覚えのあるヘイローに記憶を遡る。が、思い出せなかった。知り合い、じゃなかった気がする。テレビとか、間接的だった気が……。
まあいいや。
とりあえず、危険な感じはしないので話しかけに行った。
「ちょっと──」
いいかな〜と話す途中で、ローブの人影は瞬時に振り向き、それと同時に私に銃を突きつける。
引き金にかかった指が動くのを見て、私は拳銃を引き抜き撃った。
相手の銃弾と私の銃弾が空中でぶつかる。
振り返った勢いではためいたローブの奥と目が合う。
相手が次の行動に移るより早く、私は両手を挙げた。
「ストップ!」
カランと潰れた銃弾が地面に転がった。
「私に争う気はないよ。後ろから話しかけたのは謝るからさ、その銃を下ろしてくれない? ……連邦生徒会長?」
ローブを纏った相手は、連邦生徒会長だった。
相手の動きが止まったのを確認して、私は挨拶をした。
「いや〜奇遇だね。こんなところで会うなんて。初めまして。私、ヴァルキューレ警察学校公安局局長、2年生の合歓垣フブキって言います」
もうヴァルキューレどころかどこの学校も残ってませんけどねあはは、と笑う私に、生徒会長は目を丸くする。
「……合歓垣フブキさん」
「あ、もしかして私のこと知ってた?」
「まだ、生きてたんだ」
「はは! 私も生きてる人に会ったのは久しぶりだよ」
生徒会長は嬉しそうにしながらも、申し訳なさそうにこの場を離れようとする。
「……ごめんなさい。お話したいのは山々なんだけど、やらないといけないことがあるから」
そう言って視線を遠くの方へ向けた。
私もその視線の先を追ってみると、禍々しい気配の塔が見えた。
「あぁ、うん。……あのさ、私の勘違いだといいんだけどさ、サンクトゥムタワーに行こうとしてる?」
「……」
サンクトゥムタワー。かつてはキヴォトスを管理していた中枢部。今となっては、色彩の支配下にある。
「色彩の本拠地みたいな場所じゃん。悪いことは言わないから、行かない方がいいよ」
生徒会長は、悲しそうに自嘲した。
「……それでも行くしかない。この結末の責任は、果たさなきゃいけないから」
死ぬ覚悟はあるようだ。そして、死よりも重い何かを背負っている。絶対にやり遂げなければいけない何かを。
「……そっか」
このままだと生徒会長は死ぬ。色彩に飲まれるか殺されるだろう。
ここで生徒会長を見送るのは簡単だった。何もしなければいいだけ。ここで別れて、後のことは忘れればいい。
でも、キリノなら困った人を見捨てない。自分から苦労を背負うお人好しだから。
腰に差したキリノの拳銃を撫でて、生徒会長を引き止めた。
「……とりあえずさ、少し話さない? もしかしたら協力できるかも」
来た道を戻る途中、一緒に来ていた部下にはこっぴどく叱られた。やれ警戒心が足りないとか銃を撃たれたあとに自己紹介はするなとか相手が色彩だったら死んでますよとか色々言われた。
いやだって危ない感じはしなかったし……と言い訳をする私にジトッとした視線が突き刺さった。
生徒会長は、突然現れたからびっくりして撃っちゃったと言っていた。他にも、「忍者になれるよ、忍者に! あ、フブキちゃんって呼んでいい? 銃弾に銃弾を当てるのすごいね、私の後に撃ったのに!」とすごいフレンドリーだった。
「この人誰〜?」
「ばっか知らねぇのか! 連邦生徒会長さまだよ!」
「えらいの〜?」
「1番偉い人だ」
「1番偉い! すごい!」
「そう! 私はすごいの! みんなもすごいね! こんなに人がいるなんて久しぶりだよ!」
「偉い人に話しかけられた! 私も偉いってことだ!」
私が戻ると、みんな生徒会長に興味があるようで、一気に騒がしくなった。……1番騒がしいのは生徒会長かも。
「生徒会長。はい、ドーナッツあげる」
すぐに部下たちと打ち解けあった生徒会長に、穴の空いたレーションを差し出した。
「ドーナッツ……?」
「まぁ、ただのレーションだけど。前にいたところで拾ったんだよね〜」
硬くてまずくても、ドーナッツだと思えばドーナッツだ。働いた後のコーヒーとドーナッツ、美味しかったなぁ。
レーションを一口かじって固まる生徒会長に、私は本題に入った。
「それで、生徒会長はなんでサンクトゥムタワーに? わざわざ死にに行く必要がある?」
ニコニコと笑っていた顔に翳りが見えた。
「……私の選択、そしてそれによって招かれたこの全ての状況。この結末は、私の責任。その責任は果たさなきゃいけない」
「別にあなたのせいじゃないと思うけど……」
私の言葉を否定も肯定もせず、生徒会長は困ったように微笑んだ。
「サンクトゥムタワーにはね、時間を巻き戻すことができるの。だからこの結末を無かったことにする。それが、私の責任」
時間を巻き戻す……?
「……へぇ〜。面白いこと言うね。どこまで時間が戻る? 時間が戻ったら、記憶はどうなるの?」
「キヴォトスが崩壊する前まで。私含めて、全員の記憶は当時のまま。時間がただ戻るだけ、だと思う」
試したことないから分かんないけど、という生徒会長に問いかけた。
「……記憶が変わらないなら、結末ってやつも変わらないんじゃない?」
「大丈夫、それを変える手段はある。私はちょっとだけ特別だからね。……そしたらこんなことは起こらないはず」
「ふーん。結末は分からないんだ。……でもさ、今ここにいる私たちは消えるってことだよね。これまで頑張ってきたみんなの想いも綺麗さっぱりなくなる」
悲しそうに笑っていた生徒会長の目に、挑戦的な光が宿る。
「……私を止める? 力ずくでも通らせてもらうよ」
「いやいや、待ってよ。そんなことは言ってないから」
時間が戻れば、これまでのことが無かったことになる。想いも記憶も。
そして、死さえも。
これまでたくさんの死を見てきた。
勝手に庇って勝手に死んでいって。そのくせ、心には深く傷つけていった。何が「生きて」だ。満足そうに死んでいくな馬鹿。あなたが死んだら、私はどうすればいい? 「一年は逃げな」なんてかっこつけて死ぬなよ馬鹿。 たかが2年しか違わないのにさ、ほんと馬鹿ばっかりだった。
「確かにこの記憶がなくなるのは嫌だ。……でも、でもさ。今の私がいなくなっても、繋いできたこの想いが無くなっても。私はさ、みんなには生きててほしいんだ」
私はずっと、分からなかった。キリノに庇われたときからずっと。そのときから、私の命は私だけのものじゃなくなった。それから先も、託される命が増えていった。今となっては、もう抱えきれなくて押しつぶされそう。
私は、どうやって死ぬべきなのか、分からなかった。
「生徒会長、その話、私たちにも手伝わせてよ」
今がそのときだ。
生徒会長と話が終わって、私たちはサンクトゥムタワーに行く準備をしていた。
生徒会長は不安そうに私に話しかける。
「本当にいいの?」
「いやーあんな話を聞いちゃったからね〜」
「……でも、本当に死ぬよ」
「1人で行こうとしてた生徒会長に言われたくないなー」
「フブキちゃんが良くても、他の人は……」
せっせと廃墟の中から使えそうなものを集める3人の部下を眺めながら、私は答えた。
「あの3人なら私についてくるよ。……私たちは託された方だからね、残される辛さは知ってるんだ。死ぬ時は一緒って決めてる」
それにさ、と私は続ける。
「このまま生きててもどうしようもないじゃん? もう食料もないし、色彩がいつ襲ってくるかも分からない。もう逃げ場なんてないんだよ」
私の言葉に反応するように、部下のヘイローにノイズが走る。
「空気中の色彩の濃度も高くなってきた。いつ神秘が恐怖に反転してもおかしくない」
私のヘイローも、形が崩れてきている。
「だからさ、良かったよ。生徒会長が来てくれて。私たちは胸を張って死ねる。死んじゃったみんなに自慢できるよ、私たちは世界を救ったんだって」
生徒会長は、私の言葉に下唇を噛み締めた。
「……ごめんね。私のせいで……こんなことになっちゃって」
「はは、だから生徒会長のせいじゃないって。もっと気楽に行こうよ。私たちが死んでも戻してくれるんでしょ?」
「そう、だね」
そこで会話が途切れ、沈黙が続いた。
そして、それは突然現れた。
息もできないような濃密な死の気配が辺りを充満する。そして、独特な空気が負の感情が増幅させる。
絶望。憎悪。哀切。激怒。あらゆる負の感情が暴れるのを、理性で押さえつける。
何も無かったはずの場所に、突如として現れたのは色彩の大群。
球体に触手が生えた機械やオートマタなど、多数多様な機械がずらりと並ぶ。
その色彩の軍の前に立つのは、黒いドレスを着た白い髪の少女と、長いローブを引きずり仮面をつけた長身の人影。
なぜ、という疑問が頭を埋め尽くす。ずっと周りは警戒していた。それっぽいのは見えなかったはず。
その混乱も一瞬のことだった。これまで死戦を潜り抜けてきた私の脳は、自動的に思考を切り替える。
──切り替えろ。どうやって現れたかなんてどうでもいい。
私たちのやるべきことはなんだ?
サンクトゥムタワーに生徒会長を連れて行くことだ。
まずは状況を把握しろ。色彩が現れたのはサンクトゥムタワーとは逆の方向。
それはなぜか。普通に考えたら罠だ。誘き寄せているようにしか見えない。
だが、そうじゃないと直感が告げていた。
今、色彩を指揮しているのは先生だから。
色彩に飲まれながらも、生徒のことを第一にする、あの先生だから。
色彩の主導者が先生じゃ無かったら、キヴォトスなんて3日で滅んでる。
先生だから、1年かかっても完全に滅んでない。
つまり、サンクトゥムタワーまで道が空いているのはそういうことだ。先生は生徒会長を逃がそうとしている。
でも誰かがここに残らなきゃいけない。いかに先生といえども、目の前の獲物を狩らないほど、色彩は甘くない。
まだ茫然自失としている部下に大きな声で告げた。
「ヴァルキューレ警察学校、公安局に命じる! ここを死守しろ! 一体も通すな!」
私の言葉に部下が我に返った。
「「「了解!!」」」
私は生徒会長の前に立つ。
未だに目を見開いている生徒会長に声をかけた。
「連邦生徒会長。車はあそこにあるから、早く行って」
まだ感情に飲まれている様子の生徒会長は食い下がる。
「……待って。みんなで行こう? みんなで逃げても──」
「誰かは残らなきゃいけないよ。それとも、全員一緒に死ぬ気?」
「……っ!」
「分かってるでしょ。ほら、早く行って!」
私の言葉で、生徒会長はギリっと歯を食いしばった。
「……ありがとう……ごめんなさい…………」
溢れる感情を抑えるように、小さく呟いてから車まで走っていく。
私は、その後ろ姿を見ながら心の中で願った。
生徒会長、どうか、みんなが幸せに笑って暮らせるようなハッピーエンドにしてね。
「じゃあ行くよ、みんな」
あえて感情の抑制を弱め、溢れる負の感情を受け入れる。
──なんで? なんで私が生きてるの? 間違ってるでしょ。こんな怠け者なのに。もっと生きるべき人はたくさんいた。私が代わりに死ぬべきだった。私がいたから、キリノは──
深い闇の中に落ちる。
息ができない。濁流みたいに、負の感情が荒れ狂う。
──神秘が反転する。
黒黒とした青い光に包まれる。
体の中から力が湧いてくる。無限とも思えるような、大きな力が。
その力を、感情のままに振り回したくなるを必死に抑える。
荒れ狂う感情を、なけなしの理性で制御する。
──これはもう、戻れないな。
今はまだ理性があるけど、時間が経てば完全に反転するだろう。そう察するのと同時に、気持ちが昂る。
──誰かに託して死ぬって、こんな気持ちなのか。悪くないね。
こんな状況になってからは手入れを欠かしていない愛銃と、キリノの拳銃を握った。
そして、視界を埋め尽くす色彩に向けて引き金を引いた。
♦︎♢♦︎♢♦︎
これは、あったかもしれない物語。
学園というテクスチャが剥がれ、死が身近になった話。
それでも想いを繋ぎ続けた生徒たちは願った。
──いつかこの先に、幸せな結末がありますように。
あとがき
続きはないです。
こうなったら面白いよねって思って書いたのでほぼ独自設定です。許してください。
でもシロコテラーの話重すぎるよね。こんな感じなんじゃないの?違うの?公式からもっと供給して。