事件後、彼を追った一人の少女のパートナー魂獣は、彼女が天へと逝った後にどうしたのか。
これはもしかしたら、のお話です。
ピクシブの方にも投稿をした、神羅万象のSSです。
ZXF終了後から七天の開始の間に、花媛香具耶ちゃんがどうしていたのか。
その妄想を吐き出した感じ。
H29.2.5、縦読み用に改稿しました。
涼しげな風。
夏が終わり、秋も中ごろにまで迫った季節を感じさせる心地良さだった。
視界の端に自分の緑色の髪が揺らめくのが入って来る。
けれども中央に据えられているのは、幾つかの墓標。
刻まれたその名前は、私にとっては掛け替えの無い存在だった人達のもの。
彼女達が天寿を全うしてどれだけの年月が経ったのか。
目蓋を閉じれば直ぐにでも想い起こす事が出来る程鮮明に、別れの記憶は脳裏に刻まれている。
寂しさや悲しさは星霜の日々を過ごす内に沈静して、喪失を受け止めたのはだいぶ昔の事。
彼女――旧姓、冴樹志津華を最後のパートナーとしてから、私は一度も誰かの魂獣になった事はない。
別に適合者が現れなかった訳でも、亡くなったシヅカに義理立てをしているからでもない。
心惹かれる相手がこの長い年月の中でも現れる事が無かったから。
最初こそ、彼女達の血を引く子供達の助けになろうかとも思ったけれど、それは何か違う気がした。
その予感は当たって、シヅカの血を引いた子達は自分の生涯のパートナーを見付け出したのだ。
私がした事は、せめて子供達が道を外れないように少しだけ道標を作るだけ。
でもそれでも良かった。
きっと既に私は、シヅカを喪ったあの日から、見守る側へと気付かない内に意識を移行していたのだから。
その事を自覚したのは些細な事。
特定のパートナーを持たず、数ある外海獣の脅威からはぐれ魂獣の身を護る為に建設された特区。
特に学園都市『耶馬都』から離れて放浪の旅をしていた時に再会した旧友、光明司イヅナとの遣り取り。
いってきます
「のお、香具耶。お主も共に来ないか?」
それは魂獣界への帰還の誘いだった。
シヅカと出逢うよりもずっと昔、魂獣大戦の時に隠神刑部の少女の手によって多くの魂獣は人間界へと転移させられた。
勿論、私もその内の一人。
自力で戻る為の手段は無く、魔力の薄い人間界では本来の姿を保てず、抑制状態でいるか神具の中で眠っているしかない。
そう、戻る手段はない。
けれどもこうして誘って来たと言う事は、イヅナは帰る手段を有しているのだろう。
「シヅカを亡くし、見守る者も見届けて長らく、お主は一人だと聞いている」
「んー、誰から?」
「ナイアーラやカムイからだ」
その言葉に少しばかり驚いた。
魂獣界では戦友でも、此方では色々あった関係の為に繋がりがあるとは思わなかった。
それが顔に出ていたのか、僅かに彼女は苦笑しながら少し私の予想を否定した。
「違うぞ。別に定期的に連絡を取り合っている訳ではない。あやつらも流浪の身。この前里に偶然来た時にお主の現状を聞いただけの事」
「なるほど」
「それで、どうする?」
再度の問い掛けに暫し思案する。
確かに、今更名残りと呼べるモノは人間界にはない。
シヅカ達の墓標は既に彼女達の血を引く者がしっかりと守ってくれている。
だから安心して故郷へと戻っても問題はない。
魂獣界には家族もいる。
父母や慕ってくれていた妹分のカヌキもいるだろう。
きっと綺麗な女性に成長をしているだろうから、一目見てみたいという思いもある。
「折角だけれど、お断りするね」
けれど、断る。
「ふむ。……何故、と聞いても?」
訝しむでもなく、ただ純粋な疑問と言う声音に思わず微笑が漏れた。
「そう、だね。んー、特に理由はないけど、強いて言うなら、もう少し居てみようかな、って」
「なるほど。そういう所がお主らしいな」
そう口にしてイヅナは自分の足下にしがみついていた少年の頭を優しそうに撫でる。
どこか彼の面影を感じさせる小さな九尾の一族の少年の正体は問わずとも察せられた。
何よりも、少年を撫でるイヅナの表情は今まで一度も見た事がないような母性を感じられたから。
「他には誰か行くの?」
「生憎と我の息子――サイと、はぐれ魂獣の少年。そしてリュウキくらいしか決まっておらん。他の連中とは連絡の取りようも無いしな」
少年――サイ君を抱き抱えたイヅナは見るからに呆れていると溜息をついてぼやいた。
「皆自由過ぎる、全く」
「ふふ。でもらしいと言えばらしいんじゃないかな。でもどうやって魂獣界へ戻る手段なんて判明したの?」
「うむ。それがの、鳳凰学園の地下にエメリウスが護っていた遺跡があったじゃろ?」
思い浮かべるのは、話にしか聞いていない黄金獣との激闘の顛末。
結局、あそこはしばらくの間、戦いの余波で崩落の危険性があるとして閉鎖されていた。
近年、風の噂で補強の工事が漸く終わったという事を聞いていたけれど。
「あの扉?」
「そう。あれが五〇年のスパンで異世界へと繋がる扉に変わるという事がわかったそうじゃ。行く先は今の所魂獣界にしか繋がっておらんようじゃがな」
既に幾人かの魂獣が帰還を希望しているらしく、イヅナもその最初の人員に含まれているらしい。
「五〇年ってスパンは、まあ私達からすれば短いね」
「そうじゃな。寿命の無い我等魂獣からすればあっと言う間じゃ」
それでも、シヅカ達と過ごした一〇〇年と少しはあっと言う間じゃなかったけれど。
その辺りは寧ろ伴侶を持った彼女の方が余程感じ取っているだろうから口にはしない。
「さて……それでは我等はそろそろ行く。時間を取って悪かったの、香具耶」
「ううん、寧ろその情報をくれてありがとう。元気でね、イヅナ」
「お主も元気でな」
それから一年と経たない内に、最初の転移団は魂獣界へと帰還して行った。
なんでも中には少数ではあったけれど、人間もいたらしい。
異文化交流を目的としているともあったけれど、果たしてそれがどんな顛末になるのか。
この時の私は、まさかその中の一人が魂獣界に名を残す事になるとは思わなかった。
◇
などという事があったのは今から二〇〇年前くらい。
あれからも私は一定の場所に留まらず、ただ定期的にこうしてシヅカ達のお墓に立ち寄るくらい。
耶馬都も随分と昔に比べて進展しているけれども、一番の進展は外海獣との一部和解、だろう。
外海獣は多くが縄張りを持って生活しており、その頂点にリーダーがいる。
そして大概、そのリーダーは高い知性を持っており、長い年月を掛けて人間と共存の道を選んだ。
勿論、全ての外海獣が共存を選んだわけではないけれど、昔に比べて外海の危険度は大きく減った。
それに呼応してかどうかはわからないけれど、
こうしてはぐれ魂獣となった私でも、本来の姿を保てる程度の魔力の密度も上がっている。
これはどういう理由なのか知らないけれども、ありがたかった。
パートナーを失って以降、やはり魔力の消費を抑える為に抑制状態で旅をする為、危険な事は結構あった。
魂石さえ破壊されなければ死ぬことはないけれども、怖いものは怖い。
まあ何とか今日までこうして無事にいられたのだから問題はないのかもしれないけれど。
「……今日は、もしかしたらもう来れないかもしれないから、最後の挨拶、かな?」
少しだけ笑おうとしたけれど、きっとぎこちないものになってる。
何とか笑顔を作ろうとしたけれども、無理かもしれない。
「きっと、シヅカ達も知ってるよね? 魂獣界への転移門が今年、丁度開くんだ。今年は四回目」
何せ最期の別れの時だって、私は笑顔で送り出そうとしたのに無理だった。
わかっていた事だったのに、声も出せないくらい私は泣きじゃくった。
逝ってしまうシヅカが逆に笑顔を見せてしまうくらいに。
「私はそれに、参加しようと思ってるの。この世界もだいぶ安定して来たし、カナトやカイ君が遺した事はきっちり受け継がれている。平和と平穏への道を、この世界は歩き出しているから、心配事も無いし」
あの時、私はイヅナに気紛れで帰る気はないと言った。
その時は本心で言ったつもりだったけれど、後から気付いた。
私はまだ、シヅカ達と一緒に過ごしたこの世界から離れたくなかったんだ。
一体シヅカ達が亡くなってから何年経ってると思ってるのか、って自分でも思っちゃった。
けれど、色々と理由を付けて誤魔化して来たけれど、漸くその想いに向き合って、けじめをつける為に会いに来た。
「きっとシヅカは、「いつまで私達に縛られているの?」って言うかもしれないけれど、私にとってシヅカ達と過ごした日々は、掛け替えの無いものだった。それまでずっと、私は戦いの中に居たから、あんな普通の生活なんて考えた事も無かった」
初めてシヅカのパートナーとなった頃は、私は自分の姿を保てない程に不安定だった。
その主だった原因はシヅカの因使としての未熟さ故だったけれど、直ぐに彼女は克服をした。
鳳凰学園へと入る前には、私を本来の姿にまで開放できるほどの優れた因使にまで成長した。
誰かと友達になって、勉強をして、色々な事があって、私の心に輝いて残り続けている。
「いつまでも前に進んだ振りをしていないで、しっかりと前を向いて歩いて行こうかな、って。
そう思えるようになったんだ。それにカヌキにも会いたくなったし、サイ君がどんな風に成長をしたのか見てみたいし」
だから――
「だから……さよならだね、シヅカ」
――いえ、私はずっと、いつまでも貴女の傍で、貴女を見守り続けてるわ。
――香具耶、だからさよならじゃないでしょ?
「……え?」
聞こえてきた、懐かしい、一度も忘れた事の無い声に思わず辺りを見回す。
けれども影も形も無い。
幻聴だった、と思ったけれども、確かに私は彼女の声を、言葉を聞いた。
「あは、ははは。……そう、だよね。うん、やっぱり私、シヅカがいないとダメだね」
堪える事の出来なかった滴が頬を伝って、声が少しだけ震えた。
嬉しさとか、悲しさだとか、申し訳なさとか、いろんな感情がぐちゃぐちゃになった。
でも、彼女の言いたい事は分かった。
だって私は、シヅカのパートナーだから。
「うん! いってきます、シヅカ!」
――行ってらっしゃい、香具耶。
それから程無くして、私は数百年ぶりに故郷の大地を踏み締めた。
だいぶ変わったな、と感慨を懐いたけれど、一番驚いたのはまさかのナイアとカムイがいる事だった。
しかも隠神刑部の所に。
ただこれから、きっとまた騒がしい事態になるのだろうな、という漠然とした予感が芽生えた。
でもきっと、何も問題はない。
私やナイア達、それに今を生きている若い世代の魂獣達は先立った英雄達に見守られているから。
最後には、笑い合える日が来るのだろう。
そう、私は思えた。
これで少しでも神羅万象の知名度、
延いては香具耶ちゃん好きが増えれば嬉しいと思ったり。
まあ……マイナーな作品の更にマイナーなキャラだから、とか思ってないゾ!