あなたなら、どうしますか? 作:お犬さん
「レンフォール伯爵家の嫡男は、どうやら我が王国の事は単なる踏み台……それも既に踏み越えてしまった台としか思っていないようだな……」
集められた資料を読み終えた国王ランボッサⅢ世が苦虫を噛み潰したような表情をして漏らす。
「そうでしょうね。実際、かの新たなる英雄殿が興味を持ちそうな物は最早我が国にはないですから。ローファン殿の技を全て修めて王国最強の剣士となり、剃刀の刃も手に入れて……今後はまだ見ぬ秘境か国外に目を向けるであろう事は誰から見ても明らかです」
王の言葉に答えたのは資料を集めてきた男であるレエブン侯。
特に帝国皇帝ジルクニフに対し、ラナー王女を引き連れて帝国最強と称される闘技場の武王と戦ったり、フールーダと会ったりしたいという書状を送ったという話は、彼らは最早王国でやる事などないと宣言するに等しい話だというのは明らかだった。
「彼が平民ではなく王国貴族であり、ラナー殿下と懇意にしている事が我ら王国にとっては何よりも救い。王女殿下には、どうにかカイム殿を引き留めてもらわねばなりますまい」
「そうだな。……かの少年を初めて私が見たのは7年前か。あの時に娘と彼が出会った事は知っていたが、それがまさか王国の未来を左右し得る出来事だったとはな」
7年前にランボッサが彼に会った際は、確かに際立った才覚を感じはした。王として、幼き彼が未来の英雄となる事を期待はしたが、さりとていくら天才と言われていても半ばで挫折する者は数多い。
まさか、ここまでの……噂通り、王国歴史上最高の武の才覚を開花させるに至るとは。
だが、その才覚故に王国という庭は彼にとって狭過ぎるのだろう。
しかし、ランボッサから……王国からすれば、国外に出て行って貰っては困る。
縛る策の一つが、御前試合で与えた剃刀の刃。
けれども、他国にも剃刀の刃には劣るにしても、聖剣や魔剣は存在している。
つまりそれ1つだけでは……
「……他の3至宝も彼に与えて欲しいという意見が民から出ているな。可能か?」
「難しいでしょう……と言いたいところでしたが、民意だけでなくボウロロープ侯を始めとした貴族派閥の中ですらその声は出ていますから。今となってはむしろ、与えねばならない段階に来ております」
レエブン侯からしても、彼らの名声の高まり具合は異常だ。
かの英雄と幼馴染であるラナー王女があの年齢にして極めて優秀という事は知っていたが、民意だけでなく貴族からの人望をも集める彼らは、最早王国の象徴とも言えるレベルにまでなろうとしている。
近いうちに完全に分離してしまうと考えている王派閥、貴族派閥の両方共と良好な関係を築いており……知と武が手を組む事の恐ろしさをまじまじと体感している心持ちだった。
「帝国から『蒼の薔薇』が帰還した次第に与えるのがベストですが、そこまでの速度は無理にしても可能な限り急ぐべきかと」
「そうだな。まさか、2つ派閥における唯一の意見の合致がこれとは。……喜ぶべきなのか、嘆くべきなのか……」
貴族派閥と王派閥として未だ完全には分離していないものの、さりとてそうなるのは秒読みと言える現状で、唯一の満場一致。
まあランボッサが今現在頭を悩ませるように、王派閥も貴族派閥も双方共に未だ15歳の如何にも与し易しそうな彼に恩を売り、取り込みたいという欲の現れである事など言うまでもない話ではあるのだが。
……そんな彼が、国外に目を向けているのが現状である。
ランボッサとしては、4つの秘宝がどうにか彼を王国に留める事を祈るしかないが、それだけではやはり不安が拭えない。
つまり、残る策として浮かぶのは。
「早急に彼を王家に迎え入れるべきでしょう。黄金と名高く美しく、そして際立った叡智を持つラナー殿下と、王国歴史上最強とも謳われる剣の実力と、殿下に匹敵する美貌を持つ彼。民が……いえ王国という国が一体何を望んでいるのかなど明白過ぎる事です」
レエブン侯が恐れるのは、2つ。
1つは、先程から言うようにカイムが王国に見切りを付けて旅立つ事。
そしてもう一つは、彼がラナーを選ばずに極めて仲の良い間柄に見える信仰系第四位階魔法を修める天才アインドラ嬢と結ばれる事。
両方とも、何としても避けねばならない事態だ。
後者に関しては、レエブン侯もアインドラ家やレンフォール家に手を回し、どうにかラキュースには第二妃という形で落とし込んで貰えるようにするつもりではあるが……グズグズはしていられない。
かの英雄が本気でその意思を通そうとしたら、恐らく完全には止めきれないだろうから。
彼を国外に出さない為には、王家に迎え、そしてその果てには……
「……頼む。それ以上は言ってくれるな、レエブン侯。私とて、どうした方が王国の光となるのかなどわかっているのだ。しかし……」
彼とラナーに王国を託す。
それはつまり、王の2人の息子は王都から出て何処かに降家しなければならないという事を意味している。
それも、正式かつ可能な限り血塗られない形にて成したいというならば、ランボッサ自身がそれを命じ、後継を娘たち2人に託すという形でなければならない。
仮にそれをしたとしても、ザナックはともかくバルプロは許容出来ぬとして争いになる可能性が高い。ただ、そうなった場合……バルプロの命だけは助けるようにはしたいが……恐らくはそこがランボッサの限界だろう。
王位の譲位の代わりに乱を起こした息子の助命嘆願をする。結果としてバルプロは辺境に飛ばされ、失意の日々を送る事になる。
それが落とし所であり、ほぼ確実に起きるであろう未来。
──何をする事が王国の為になるのかわかっていても、親としてはそう簡単には許容し難い話だった。
「私とて父となった身。不敬かもしれませんが、王のお気持ちも察せます。けれど、王国の未来を想うならば、5年……いえ10年後にはあの2人に譲位する準備を進めるべきかと」
レエブン侯はあえて10年と引き延ばした。
ランボッサを気遣っての発言である事など言うまでもない。
本当なら、ラナー王女が15歳になる4年後にそれをすべきと侯は考えていた。さりとて理だけでは成り立たないのが人の世だから。
「……10年か。それまでに、私も覚悟を決めなくてはな……」
帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは質素な部屋にて4つのイスを置いた丸型のテーブルに腰掛けながら、対面に座るロクシーという名の女に問いかける。
彼女がジルクニフから渡された書類……『蒼の薔薇』とそのリーダーである若き英雄についての情報が記された書を読み終えたのを見計らっての事。
「どう見る?」
「若いですね。王国で最も強い者へとなったから、次は非公式とはいえ帝国最強と言われる武王様を倒そうだなんて。わかりやす過ぎるというか何というか。……それにしても、私から見ても随分と民から人気を集めそうな方です」
書類をジルクニフに返しながらロクシーは続ける。
「陛下と同様に彼もまた非常に生き急いでいるように見えて、危うさを感じもしますが……際立った才能に選ばれた方というのは必然的にそうなる物なのでしょうね」
「そうだな。リスクばかりを考えて最大利益の為に動けない奴なんていくらでも居る。まあそういう凡人はそれはそれで使い道はあるし、部下として持つならばむしろ楽だったりするんだが、私やレンフォールのような英傑として突出する事はないだろう」
多大なるリスクと相応のリターンのある数々の行為を経て、若くして鮮血帝と呼ばれるに至った皇帝は楽しげに口の端を釣り上げながら語る。
「陛下はかの新しい英雄様を随分と評価しておられるのですね」
「ああ。彼は武の才覚に胡座をかくだけの奴とは違う。野心を持ち、偉業を為さんとする正しく時代の英雄という存在だ。それに、どうやらレンフォール自身も帝国を魅力的に感じているようだからな」
ジルクニフは才能を余すところ無く活用するかの英雄を気に入っている。
彼はどこかの女王のように八方美人を気取った結果才能と比較してまるで適正な成果を残せない人間とは違う、と。
何より、彼はどの国より先に帝国を選んだ。ジルクニフとて他国より魅了的な国造りをしているつもりではあったが、彼のような英雄に実際に選ばれて嬉しく思わない王は居ない。
「時代の英雄、ですか。私は武には精通しておりませんが、王国の民が彼の英雄譚で持ちきりという話は耳にしております……後は、一般に言われているようにその歳で随分と綺麗な女性ばかり側においている……というよりは、実力で判断した結果偶々そうなった、というように見えますね」
「そうだな。アインドラ家の令嬢は14歳にして御前試合で準決勝にまで進む剣の腕と、信仰系第四位階魔法を使うという大天才だ。もしレンフォールが居なければ、彼女こそ英雄を率いるリーダーとなっていたと言われても過言ではないくらいに」
一般的に、第三位階魔法を使える者は天才と称される。
ならば14歳にして第四位階魔法を操り、剣でも公式で王国四番手とされるに至った彼女もまた、英雄級として扱うに十分だろう。
「後は仮面の魔法使いの少女……ですか。彼女には単騎でギガントバジリスクを討伐可能という噂があるようですが、事実なのでしょうか?」
「わからん。それについては王都の冒険者ギルドに放った者が得た噂話でしかないからな。とはいえ……アインドラ嬢が実力では仮面の少女にまだ勝てないと言っている事は確かと聞いている。少なくとも第四位階魔法……もしかしたら第五位階魔法を使える可能性すらあると見ておくべきだろう」
「一体なぜそのような強者が同じ国の同じ年代に現れたのか……信じがたい話ですが、事実として起きている話ですから受け入れざるを得ない話でしょう。パラダイン様とお会いしたがっているのは、仮面の少女の方なのでしょうね。彼女もまた、前に進む者という事ですか」
ロクシーの言う通り、ジルクニフも王国の同年代に世代を代表するような天才が3人同時に現れるなどどんな偶然だと言いたい所だったが、若き皇帝は事実を受け入れ、ならばどうすべきかを考える度量を持っている。
ただ。
「……そして黄金の姫」
「俺が気になっているのはまさにそれだ。あの不気味な女が付いてくるという話じゃないか」
ジルクニフは、『蒼の薔薇』3名だけが来るならば、素直に喜ぶだけだった。どうにか3人を引き抜くように力を尽くすのみで、そのような策を練る予定だった。
ただ、ジルクニフがそう出る事などわかっているぞと言わんばかりの牽制としか思えない形でのラナー王女の同席。
引き抜きを懸念するのは当然とはいえ、これを不快に思わないわけがなかった。
「陛下は本当に王女がお嫌いで」
「前々から、王国の影の支配者は奴なのではないかと俺は睨んでいるからな」
「いつも仰られていますが、まだ11歳の子供がですか? 俄には信じがたい話ですが……」
「奴はあまりにも優秀過ぎる。馬鹿どもは未だ気付いていないみたいだが、まるで何かに追い立てられているか如く成果を上げ続けているのに、それを大っぴらにせずに上手く民や貴族共を操っているし……」
ジルクニフをしてラナーの成果は異常と言える。
画期的な政策を幾つも出し、それを全て自らの手柄とすると反感を生むと理解して貴族に上手く手渡したり。
かの御前試合もラナーの手によってかなり規模が増大し、結果としてレンフォールの英雄性と彼を擁するラナーの名声も飛躍的に向上するに至ったのだという。
「まあ、良い。偶然生まれた自国の英雄を囲うなど当然すぎる話だ。どんな馬鹿でもそうする」
仮に『蒼の薔薇』が帝国に生まれていたとしたら、ジルクニフは何をしても囲っていた。
というかそれをしない奴は馬鹿を超えて狂っていると断言出来る。
「かの英雄自身には、政治的思惑などないのだろう。探った結果、彼は幼少期はひたすら鍛錬するだけで、貴族との繋がりもまともに持たず、最近になってようやくあの女に連れられて社交場に現れたくらいだそうだ」
「貴族としてはあまり良い事ではありませんが、あの若さで貴族としての社交と周辺国家最高と謳われる武を共存するなんて非現実的でしょうからね」
ジルクニフは頷く。
2つを追った結果半端になるというのは本末転倒も良いところ。典型的な非成功者の行動である。
それに、ジルクニフ自身もまだ16歳ではあるが、かの英雄は未だ15歳だという話だ。
「お前が言ったように、恐らく偉業にしか興味がないのだろうよ。まずは王国。次は帝国。自らの実力だけで全てを切り開けると考えている。見目麗しく、才覚に溢れた若き剣士。十三英雄の再来。王国の未来、か」
ジルクニフは一瞬目を瞑って。
「きっとあらゆる物が踏み台に見えているのだろうな。だが、我が帝国は単なる踏み台では終わらない」
「踏み台……ですか」
「さっきお前は私が彼をどう評価しているかと問うたが……私は最大限に評価しているさ。なにせ俺はかの英雄を……じいと同等の価値を持つと考えている」
「パラダイン様と……? かの伝説の存在と同等の、帝国1軍に匹敵するとの評価を?」
帝国の誰しもが生まれた時から知っているフールーダの逸話。
彼の存在だけで周辺国家を牽制し、齎す魔法の技術によって帝国を強国へと導いた立役者。
いくらなんでもあの伝説の存在たるフールーダと若き英雄が同格は言い過ぎなのではとロクシーは考えるが。
「ああ。魔法という技術を評価するならじい。若さと可能性や人望を考えたらレンフォール。という双璧であると私は見ている」
ジルクニフが本気で言っているのを理解し、ロクシーは否定の言葉を押し込める。
しかし、もし彼がそれほどの存在だとするならば。
「では、王国との戦争についてはどうなさるのですか? 王国にパラダイン様が居ると想定するならば、見直しも考慮すべきでは?」
「開戦時期を少し遅らせよう。『蒼の薔薇』は全力で歓待し、帝国への良印象を与えるが、直後に戦争をしかけては流石に外聞が悪いからな。今回の訪問では武王との戦いやじいとの魔法談義に美術館に魔法学院……望む物を全てくれてやるさ」
その程度で英雄の参戦を防げるならば、英雄を手に入れられるならば、安い物だとジルクニフは判断する。
まあ、こちらが様々な物を提供する以上、見返りに彼らの実力くらいは見せてもらう予定ではあるが。
「後はまあ、元から田舎を攻める気は無かったが、レンフォール領には手を出さないようにしなければな。最も避けるべきは、戦争への彼の参戦なのだから」
冒険者は戦争には参加しないという不文律があるが、流石に自分の家が襲われるとなれば話は別だ。
せっかく冒険者として戦争に参加させないように出来る眠れる獅子を、わざわざ刺激するという愚を犯すジルクニフではない。
「王国との戦争は、10年もあれば終わる。その時、彼を手に入れるよう進めていくつもりだ」
忌々しいラナー王女が付いてくる以上、今回の訪問で直接彼らを手に入れる事は難しいだろう。
しかし、それならば10年後。
彼を王国ごと手にしてしまえばいいのだ。
「彼には8歳下の弟が居るんだろう? 現時点で7歳ならば……私の娘を1人送り込もう。まだ産まれたばかりだが、それくらいの年齢差ならば問題はあるまい。彼自身をいきなり取り込むのは無理でも、周りを取り込めば良い」
「アインドラ家にも便宜を図ろうじゃないか。そうやって恩義を売って……10年後に私の手に入れてみせよう」
ジルクニフは不敵に笑う。
彼がフールーダと並び、ジルクニフの両腕として活躍する未来を思い描き。
──ただ……皇帝ジルクニフには予感があった。
(そう。彼の行動を見る限り、その傾向はない。しかし。……これは、単なる俺の勘でしかないのだが)
皇帝として、多数の危機を乗り越えたが故の勘が言っている。
(……この新たなる英雄は、もしや知略においてもあの女を超えるほどの……際立った才能を有しているのではないだろうか?)
(それどころか、あらゆる面において人類に類を見ないほどの存在という可能性すらあるのではないだろうか……?)
フールーダとイビルアイが会った事があるかどうかわからなかったので、本作では2人は会った事はなく、けれどイビルアイはフールーダの眼を警戒して今までは避けていたという事にします。