みなさんがいつも日頃から行っているであろう挨拶、それは意外にも難しいということはご存知だろうか。
たとえば学校。
そこでは、挨拶が頻繁に行われている。
目上の人、例えば先生などに失礼にならないように自分の方から挨拶を行うことが必要とされている。
それに挨拶を行うことで目上の人からの印象も良くなることであろう。
だがそこで、挨拶をするべき、目上の人の姿らを見逃して横を通り過ぎようものなら、相手は不機嫌な顔で挨拶をしてくるだろう。こうなったら自分のほうが失礼ということになる。
だが、見つけてすぐに挨拶をすればいいという単純なはなしではない。
こちらが通り過ぎるまでの間無言の時間が流れてしまう。
すると相手は挨拶以上のコミュニケーションを取らないといけないと思ってしまう。
だがそうすれば挨拶という必要最低限のコミュニケーション──つまるところ会話──が発生し相手の時間を削ってしまう。もし相手が向こうから歩いてきたとしたら会話によって足を止めさせてしまうことになるのだ。
その上に会話の内容をも間違えてしまった場合はもう最悪だ、確実に目上の人からの印象を損ねることになるだろう。
そこで挨拶をする方法が2つある。
1つ目は相手に気を取られないような形で接近し、挨拶を行いすぐに通り過ぎるということを行う方法だ。この場合すぐに通り過ぎるというのは足早に通り過ぎるということではなく、あくまで自然な速度で通り過ぎるということだ。
気づかれなかった結果普通に歩いているだけでも気まずい空気が流れないような時間で相手を通り過ぎ相手の視界から外れることができるということだ。
しかし、実際にこのように行うのは難しい。そもそも気づかれないように接近できるという時点で周りに人がたくさんがいるという状況なのだ。
それでは目上の人の印象を良くすることなどは難しく、印象を損ねないようにするという消極的なことしかできない。
そこで2つ目だ。その方法は人が一人で歩いていそうな場所え向かい、一対一で挨拶を行うということだ。そこで元気よく挨拶をすれば相手からの印象も良くなろうというものだ。
ん? なんだって? そもそも通り過ぎてはいけないし、かと言って見つけてすぐに挨拶をすればいいというものではないから困っているんだって? そこだよ。
そこ、その意識がだめなんだ。つまりだな、何故空気が悪くなるかって言ったら挨拶が終わってからも会話ができるような時間ができるほど遠い距離で挨拶をしているのが原因だろう?
つまり挨拶をしてから会話が発生するような遠距離から挨拶をするでもなくかと言って相手からの印象を悪くしないためにも相手が挨拶をしようと思えるほどの近距離でもないそんな距離から挨拶をすればいいんだ。
この際遠距離からの挨拶はやめて相手を見つけたら相手が挨拶をしてきそうなギリギリのラインまで近づき挨拶をすればいい。
そうすれば相手からの印象を悪くせず逆に良くすることだって可能だ。
これが俺の見つけた挨拶必勝法だ。基本的に俺は1つ目の方法を用いている、昼休みが始まってしばらくすると、廊下のいたるところに学生がいるためだ。
だが2つ目を使うときは突発的に起こる。だからこそ普段からの訓練が必要になる。
そこで普段から使っている場所が学校の南棟と図書館など特殊教室がある北棟をつなぐ渡り廊下である。
一番上の外に露出している廊下は夏の今、通行する人数が少なく、間合いを見計らって挨拶をするということに適している。ここまで好条件が揃っているところは他にない。
もはや、そこは挨拶の真理に気づいた者同士の決闘場である。
今日も決闘場に向かい訓練を積むことにする。通行する人数が少ないので決闘場を何回も通り過ぎることになるがこれも挨拶を極めるために必要なことなので我慢をする。
決闘場を往復すること2回目、南棟から本を持った男子学生が来た。
ちょうど自分とすれ違う形になる。これは絶好のチャンスだ。
これを逃したら炎天下の中また決闘場を往復しなければいけない。
そんなことを考えているうちに相手の姿が近づいてくる。
まだまだ遠い。
一歩、一歩と踏みしめて相手と近づくたびに威圧感と緊張を感じる。
喉がカラカラと渇き始め、ゴクンと生唾を飲み込む。
炎天下の中歩いたせいだろうか、汗が顔から吹き出し、垂れて落ちる。
一瞬空気が張り詰める。
相手も自分も少し身構え、目を見開いて間合いを読む。
間合いが少しづつ輪郭を帯び目に見えて分かり始める。
ここからは、相手の間合いを予想しその少し外から挨拶をするだけだ。
間合いの外に近づいてそろそろかと思った瞬間相手の動きが一気に早くなる。
今まで歩いていたはずの相手の体は大きくこちら側に寄ってきていた。
ある程度はあったはずの猶予が瞬く間に食いつぶされ間合いの内側に入ってくる。
まずいッ! と思った瞬間には遅かった。
世界がスローモーションになり、汗がブワッと吹き出しているのが感覚でわかる。妙に冴えている頭が視覚から入って来た情報を処理し相手の唇が動くのが鮮明に見える。せめてもの抵抗で自らも言葉を発しようとしたが、その前に相手の言葉が耳に届くほうが早かった。
耳に入って来た五文字の言葉が自らの敗北を知らせる。
俺は先ほど発しようとした言葉が相手よりも遅れて口から出てきたのを自覚し、その場に立ち尽くした。
何故だ。何故相手は急に動けた? それは挨拶する人を視覚の中に入れたくないという意思表示になり、失礼ではないのか? だが、相手は確実に間合いが見えていた。かなりの実力者だろう。
ならば何故あのような失礼なことをしたのか……ハッ!
そうか! そのための本! わかったぞ!
相手は南棟から来ていたそして本を所持していた。
そして北棟には図書室がある。ならば本を返すために急いでいたという理由が生まれる。それならば失礼にはならないということだ。
もし本を返す途中に俺が来ていなければこの入念に練られた計画は全て無駄になっていたであろう。
なんと恐ろしい、挨拶のためにここまでの作戦を考えられるとは。それにこの作戦だけではない、間合いが見えているということからもかなりの実力を持っているということがわかる。その実力に溺れずあそこまで入念に準備し、それを実行したということは称賛すべきことだろう。
むしろそういう作戦は見習うべきだ。だが俺が目指しているのは何時如何なる時でも挨拶に勝つことだ。だが相手が本を持っていたという情報があったにも関わらず、読み間違えてしまったのだ。今後は、今回のことは反省して持ち物や肩書にも気を付けて挨拶をしていこう。
そうして俺は再び廊下を歩き始め、南棟の中に入るとどこかの教室から漏れてきたのか冷気が体を冷やす。そこでようやっと汗がビッショリと自分の体を濡らしていたのに気づいた。熱中症は怖いので水を取りに教室に行く。
教室に行く途中、何度か挨拶があったが無事に勝てた。
だが、何度もそう勝てるものではない。さっき負けたように次はどうなるかわからない。
そうならないように、これからも頑張らなければ。
続かない。