宇宙世紀0096──俺達の一年戦争はまだ終わっていなかった。
そろそろ20年戦争が見えてくる頃だ。
祖国ジオン公国の独立を、宇宙移民の地球連邦に対する覚悟を示す戦争。
地球へと降下して一度は大敗を喫したものの、再起の目を狙いゲリラ的な潜伏作戦に移行したこの戦い。
それを俺達はまだ、続けていた。
「お疲れ様です!コーヒーはいかがですか?」
コクピットに潜り込み愛機の整備をしていると、外から男の声が聞こえてきた。
「貰うよ!今降りる!」
丁度良いところだった。
作業の手を止めるまでもなく今完了したところだ。
最後にネジを戻せばお終い。
電動ドリルを手に幾つかトリガーを引けば、狭いが落ち着くコクピット内に喧しいモーターが鳴り響きピタリと嵌まる。
なんと素晴らしい事だろうか。
我が愛機は20年近く戦い続けてなおも健在。
全天周囲モニターがMSの主流となった今でもこの……ザクⅡは現役で戦い続ける事が出来るのだ!
初めて戦場にMSが登場した時などは未来の兵器、といった印象だったが今となってはこのザクⅡはクラシカルな部類に入る。
だが、俺はそんなコイツが好きだった。
自分自身を重ねているのかもしれない。
俺と一緒に戦場へ送られたMS達がまだまだ戦えると証明したい。
まだ負けていないのだと示したい。
そんなこだわりが俺を勝たせてくれたのだ。
「やっぱり最高だぜオマエはよ」
優しくパネルを叩きてやれば鉄に思いが通うような気がする。
指先に名残惜しさを感じつつコクピットから出てワイヤーを滑り降りれば2杯のコーヒーを持った男が待っていた。
この隊の中でも比較的に若い世代と言えるだろう。
戦争の末期にゲルググ乗りとして学徒動員された彼とも長い付き合いだ。
学徒兵がベテランの風格を漂わせているなど開戦当時には思いもしなかった。
「大尉はブラックで良かったですよね?」
「やめてくれ大尉なんて……」
「そうは言っても貴方は大尉だ。みんな頼りにしているんですよ」
周囲を見回せば、俺と同じようにMSや様々な物の整備を行う兵士達が居る。
扇風機や家電の修理をしている者も居た。
余裕があるとは言えない状態だ、直せるのなら直して使いたい。
そんな事を考えてしまうとは思わず苦笑してしまう。
今となっては俺がこの場で一番階級が高い。
大半は連邦に殺されるか、自ら志願して玉砕作戦に出てしまった。
残った兵士の中では俺ですら上から幾つかといったところで、現場に出れば指示を出す立場だ。
だが偉ぶるつもりはない。
別にこの階級はジオン公国の正式なものではなく、この秘密基地の内部で与えられた階級だ。
俺に大尉の階級を与えた基地司令も代替わりした2人目の為、ジオン公国の正式な辞令とは異なるのだ。
だからこそ、俺は大尉と呼ばれたくない。
故郷を遠く感じてしまうから。
おままごとのような人事でジオンの正当性が失われている気がするのだ。
「俺の事はいいんだよ。そっちはどうなんだ?最近新しい
「ええ、ズゴックが役に立ちました。機雷掃除ですよ、後の処理も請け負ってスクラップの回収まで取り付けました」
「そいつは至れり尽くせりだな。スクラップを売って金にすればMSの改修が進む」
ニヤつく口元を抑えて愛機を見上げる。
俺が初めて乗ったMSであるザクⅡはそのまま一途に俺について来てくれた。
俺もその献身に応えて改修を続け、今ではギラ・ドーガとも良い勝負が出来るだろう。
「次はどんな魔改造をするんです?昔からそうでしたが、もうあんなの操れるのは貴方しか居ないでしょうね」
「そりゃそうだ!コイツは俺以外には乗りこなせない暴れ馬……可愛い恋女房だからな」
呆れ混じりの言葉である事は分かったが、それでも自慢したくなるものだ。
自分の手で改造を重ねたのだから。
「とんだ厚化粧の女房だ。一体どれだけ貢いでるんだか」
「これまでとこれからの全てさ……掛けた分だけ美人になってるからな」
「あんまりのめり込み過ぎないでくださいよ?MSだけに金を使える訳じゃないんだ」
「あ?何かあったか?」
「そろそろ雨季ですから、備えをしないと」
「ああ……すっかり地球の生活に慣れたんだな」
「何年居ると思ってるんですか、宇宙暮らしよりも長いんですよ」
考えてみればそうなる。
10代で地球まで逃げ延びてきたコイツは人生の大半を地球で過ごして来た。
この長く続いている戦いが、人生の半分以上だ。
どんな気分でいるのだろうか。
内心でどんな思いでいるものか、ニュータイプでもないと窺い知る事は出来ないだろうが、それでも戦いの終わりを見せてやりたいとは思う。
だが、戦いの終わりとはなんだ?
ジオンの独立?
連邦に誅を下す事か?
いつか来ると信じている好機に備え、力を蓄え続ける事を選んだのは最後に戦闘を行った後……何年前の事だろうか。
結局俺達は宇宙へ上がる術を持たない為にシャアの蜂起へ参加する事も出来ず、ただ重力に縛られたまま。
いつかはいつ来る?
俺達が再び戦いの火に身を焦がせるのは、再び俺のザクⅡが戦場を駆けるのはいつになるのか……待ち遠しく思う。
「オマエはどうだ?今の状況について」
「安定してきています。地域住民との信頼関係を築けたお陰で安定した収入を確保出来ていますし」
「いや、そうじゃなくジオン軍人としての──」
戦況について聞いたつもりだったのだが、その言葉は甲高い笑い声に掻き消された。
声の主は小さな子供達。
兵器が並ぶ格納庫に不釣り合いな客人達だが、慣れた様子で駆け回って楽しそうにはしゃいでいる。
「危ないですよ!走らないで!」
「……慣れたもんだな」
「妻の出産前に子育ての練習が出来て良かったですよ」
「あ?結婚したとは知ってたが子供も出来たのか。誰が相手かも聞いてねぇや」
「言いましたよ大尉。近くにある村の女性です」
「オマエさんが現地住民とそんなに仲良くやってるなんて知らなかったぜ」
「大尉はMSばかりに気を取られてますからね。気付いてないかもしれませんが、みんな上手い事やってますよ」
尻の青いガキだと思っていた相手が父親になる、しかも現地のアースノイドと。
面食らって思わず辺りを見回す。
ツーカーでやってきた整備士は先程の子供達に囲まれながら、何やらおもちゃを見せて喜ばれている。
その子供達も、見知った兵士同士の間に産まれた子も居れば、結婚したとだけ聞いていた兵士をパパと呼んでいる子も居た。
きっと彼も現地民と子供を作ったのだろう。
今まで気にも留めていなかった光景の裏にあるものに気が付いて眩暈がした。
これではまるで戦争が終わったみたいだ。
こんなのは平和な光景だ。
俯き衝撃に揺れる頭を抱えていると、子供達が一層強い歓声を上げて脳に刺さる。
眉を顰めてそちらを見ると、格納庫のハッチを指差し飛び跳ねており……腹の底に響く揺れも。
「ザクだ!」
仕事帰りのザクⅡが子供達に向けてわざわざ手を振りながら歩いて来た。
ゆっくりと、大地を揺らしながら所定の場所に向かって歩き、少しぎこちない様子で停止する。
コクピットからは2つの人影が頭を出して大声で叫んでいた。
「よお!ただいま!」
「父ちゃん帰ったぞー!」
ひとりは見慣れた顔だ。
だがもうひとりは知らない男。
だがその男をパパと呼ぶ事から素性は理解出来た。
女性兵士の旦那だろう。
「おお!これは大尉殿!お疲れ様でございます!」
「そっちこそな!ザクの操縦をやらせたのか?」
「ええ!筋が良いですよコイツは!モビルワーカーの操縦が出来ればって言ってたもんですから、教えてやったんです!」
モビルワーカーという言葉に少し騒つくモノを感じる。
型落ちしたMSを重機として民間に卸した物をそう呼ぶのだが、やはりザクが型落ちと呼ばれるのは頭では妥当だと分かっていても心が拒否するのだ。
我が愛機であるところのザクⅡもモビルワーカーと呼ばれる機体のパーツを使って補修する事もあるのだ。
老兵と呼べるのかもしれないが未だ現役で活躍出来る相手に役立たずと突き付けるようで酷く感じる。
とはいえその憤りをぶつけるような事はしないが。
「マニピュレーターに泥詰まってないか!?大事に使えよ!」
「すんません!そろそろ雨季なもんですからね、増水しても大丈夫なように堤防を作ってきたんでさ!」
コイツも雨季だと。
気が付かなかったのは俺だけなのか?
それにあの現地民はやけに馴染んでいる。
俺が知らない間に、こんなにも周囲が変化している事が恐ろしくなった。
そして安心を求めて愛機を見上げる。
そこにあるのは共に戦って来た愛機の──
「ザク……Ⅱ?」
ザクⅡだ。
コレの整備をして、コレから降りて、今ここに居る。
だからこれはザクⅡで……あるはずなのに。
「こんなに、変わってたか?」
ずっとザクⅡと呼んでいたが、コレはあのモビルワーカーとはまるで違うモノだ。
いつからこうだった?
統合整備計画に基づいた機体パーツを組み込んだ時か?
ティターンズ残党から購入したハイザック……宇宙から流れてきたザクⅢ……ギラ・ドーガ?
幾つものパーツを組み込んで、そして同じだけ取り外してきた。
そうして今目の前にある『ザクⅡ』は……果たして元のMSと同じと言えるのだろうか?
ふと、昔このような話を聞いた事を思い出した。
船を構成するパーツが全て置き換えられた時、その船は元の船と同じだと言えるのか?
そんな問に聞いた当時の俺はどう思ったのだったか。
少なくとも今の俺は違うと答える。
「ザクⅡじゃ、ない。そして俺達も……」
連邦と戦うために行っていた現地に溶け込む努力という手段はもう、目的と入れ替わっているようだ。
故郷を独立させる為の戦いが、今では新たな故郷を自然の脅威から守る為の戦いに変わっている。
それも全て、新たな世代が産まれた事がきっかけなのだろう。
この地で産まれた子供達はアースノイドとして生きて、そして死んでいく。
この故郷で、だ。
「テセウスの船だ、思い出した。船か……船を作らなきゃなぁ」
ジオン……いや、それに限らず宇宙移民は開拓者だ。
連邦に押し出されて銀河を切り拓き、命を育む人々。
俺もそんな血を引いている。
宇宙棄民となった先祖達は俺を羨むだろうか?
母なる地球に帰って来た俺達スペースノイドの事を。
きっと彼らも今の俺と同じ気持ちだったんだろう。
故郷を離れて、新たな家を……故郷を築かなければならない不安。
だがその人達の意思を俺は継いでいる筈だ。
俺が正しくジオンの民であるのなら、出来る。
「宇宙に向けて船を漕ぎ出した昔の連中みたいにデカい船を……家族を生き延びさせる方舟を」
土を弄ったり、釣りをしたり。
そんな生きる糧を得る為のささやかな戦いを行おう。
17年に渡る俺の戦争は今、ようやく終わった。
そろそろ戦後の平和を楽しむ時期だ。
キャラクリでアレコレ弄り回すと化け物が出来上がるアレ現象