アーマード・コアⅥの二次創作となります。
拙作ですが、お楽しみいただければ幸いです。

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 「ヒト」、という定義が曖昧になりつつある時代の物語。


本編

 「こいつは臨床的には死亡している。いわゆる脳死状態だ」

 黄色いシミがあちこちに付着した白衣を着た男がモノを一瞥して言った。保冷庫から台座ごと引き出され、薄いビニール状のシートを何重にも巻いたモノが現れる。モノからは何十本もの管や電極が電子機器と投薬パックに繋がれている。その中の直径が太い管は赤い色の溶液を注入していた。

 「シリアルナンバーは……621番か」

 手に持ったクリップボードに挟まれた資料を読みつつ白衣の男は興味なさげにモノのバイタル記録を確認する。

 「デバイスのスイッチを入れないと呼吸すら危うい。ここまで脳が焼かれたサンプルはそうそういない。最近は在庫が溜まってきた。引き取ってくれるなら嬉しいね」

 杖をつく初老の男は621番といわれたモノを見ると、白衣の男に「いくらだ?」と訊ねる。白衣の男は不良在庫に興味もない様子でブラックマーケットの底値以下の額を口にした。

 「1万でいい。どうせパーツ費用も別途請求する。お得意様にはサービスだ」

 白衣の男は口角をわずかに上げた。

 「わかった。第4世代型で間違いないな?」

 「ああ。こいつはC4-621。第4世代型コーラル式強化施術だ。この前の617や619と同じ仕様だよ」

 「それでいい。即金で払う」

 「あんたも物好きだな。第7世代や第8世代の方が性能はいいってのに」

 「実戦で使えるとは別問題だ」

 初老の男は眉尻を上げ、少し怒気を含んだ声で答えた。

 「そうかい。好きにしな。621番の検品と再調整はサービスだ。再生手術を希望するなら売値は百倍になるがな」

 「これで十分だ」

 初老の男はクレジットチップを白衣の男に手渡した。白衣の男はリーダー端末を取り出しチップを読み込ませる。

 「――確かに。入れ物はルビコン製でいいか?」

 「企業製は悪目立ちする。惑星突入前に余計なトラブルを抱えたくない」

 「なるほど。確認だが、機能以外は死んでいるものと……」

 「御託はいい。起動しろ」

 初老の男に説明を遮られても白衣の男は表情を変えずには端末のコンソールを操作した。モノに刺さっていた管が自動的に引き抜かれた。台座の横に設置されたモニタでは、脳波グラフが激しい動きを示し初めた。白衣の男は淡々と621番とラベルが貼られたモノを確認していったが反応は弱々しい。瞳孔反射は行わない。視覚機能の代替品として眼球箇所には義眼が埋め込まれているからだ。音には微かながらに反応するようだ。蝿が発するような音――否、声が漏れ聞こえる。

 ――そうだった。義眼のスイッチも入れなければ、と白衣の男はコンソールを操作して義眼のスイッチを入れた。端末のモニターから若干ノイズが走った映像が映し出された。写っているのは焦点が合っていないシート越しの照明光だ。瞬きをしているように、映像が途切れ途切れになる。モノがヒトとなった瞬間であった。

 「覚醒したぞ。ACとの接続も問題なさそうだ」

 倉庫とも治療室とも言えない広い部屋。その奥に鎮座している機械の各所に備え付けられたセンサー群が赤色の光が灯り始めていく。その機械の一際大きなセンサーカメラが発光した。慌ただしくカメラのピントレンズがズームイン・ズームアウトを繰り返す。

 初老の男は機械を見上げ、低く言った。

 「621、お前に意味を与えてやる」

 巨大なセンサーカメラが応えるように暗い赤い光を強く灯した。

 「記憶も記録もない。名前でもつけてやったらどうだ」

 「犬に名前をつける趣味はない」

 「それはあんたの自由だ。デバイスの寿命はあまり長くない。調子が悪くなったら言え」

 「把握している。問題ない」

 「調整はやっておく。引き渡しは一週間後だ」

 分かった。と初老の男は答え、杖をついて闇医者の診療所を後にした。これからの計画を詰めなければならない。時間は有限であり、この猟犬が遠く離れた故郷を燃やせるかは未知数だった。

 

* * *

 

 脳深部コーラル管理デバイス、コーラル式強化人間の心臓部である。情報伝達に異常をきたし、所謂脳が焼かれた状態となったヒトが、ヒトとして稼働するために必要不可欠な器具だ。このデバイスは脳に埋め込まれ、情報伝達媒体として有効なコーラル液を介して、知覚の増強、処理能力の向上、反射速度の高速を目的とする。ただし、想定通りの効果を得られるケースは稀であり――決していないと言うわけではなかったが――脳死状態のヒトを最低限の機能を復活させる手段として使用された。身体機能の殆どを機械で代替できるようになり、ヒトと機械の境界が曖昧となりつつある時代の象徴とも言える技術である。ヒトは最早老衰を克服したかに思えた。

 宇宙という広大な領域を探索するには従来のヒトの寿命はあまりに短すぎる。宇宙進出には脆弱なタンパク質の塊では足枷だ。脆弱な肉体を機械に置き換えるサイバネティクス技術の進歩は必然的に『アーマード・コア』と呼ばれる機動兵器の誕生を促した。

 一見するとヒト型の兵器である。コクピットやジェネレータ、跳躍・飛行装置となるブースターが備え付けられるコア、カメラ・センサ類を集約したヘッド、マニピュレータを持ち武装を保持するアーム、二脚や四脚、更には履帯を取り付けたタンク型などのレッグ、それらのパーツは共通規格を持ち、いかなる組み合わせでも稼働を保証する汎用性を持つ兵器となった。始祖はマッスルトレーサーと呼ばれる作業機械に機関銃を取り付けた簡素な兵器だった。時代が流れるにつれ生まれたコア理論により、アタッチメント規格が共通化されたマッスルトレーサーがコアド・マッスルトレーサーと言われるようになり、戦闘用にも転用されたのがアーマード・コアという兵器なのだ。近距離戦闘を主目的としたコア理論は無人兵器の優位性を覆したとされている。

 しかしながら、機動兵器に属するが兵器としては矛盾の塊である。純粋なヒトでは戦術機動どころか歩行移動すら満足にできない操縦者が大多数であること、装備可能兵装の大部分が大型マッスルトレーサーに遠く及ばないこと、コア理論による汎用性を獲得したが、パーツひとつの変更で完熟訓練に長期の時間を要すること、云々。欠陥兵器である理由を無数に挙げられる兵器はアーマード・コア以外にない。安価で大量にかつ短時間で運用されるべきという兵器の原則を明らかに逸脱している代物でもある。コア構想による汎用性や柔軟性といった利点を有しても、数が揃えられずコストが高く戦力化への計算できないとなれば本末転倒であるのは自明の理だ。

 解決策として登場したのが第1世代から第4世代に渡る強化人間の存在である。長期化する訓練に要するコストよりも、最初から適切な調整を操縦者に施した方がコストが安いからである。利益を追求する企業達はこぞって独自の強化人間を研究および開発していった。当初は過剰とも言える身体強化の反動から精神崩壊や人格欠如が多発したが第4世代型はコーラル式強化人間としては一応の完成となる。ただし、約半世紀前に発生したルビコン星系第三惑星ISB―2262――通称開発惑星ルビコン3の大厄災の後では、物質として不安定なコーラルを使わずに同等の情報処理能力を目指す技術が求められるようになる。誰も彼も自己の頭脳に爆薬を収めたくはない。宇宙に散らばる第4世代強化施術を受けた独立傭兵達は危険と知りながら代替技術に近い第7世代以降の再強化手術を行う者が殆どだった。

 現在のところ、企業らがアーマード・コアを活躍させる場面は少ない。殆どの軍事行動は歩兵と軍用マッスルトレーサーと装甲車で事足りるからだ。ただし、例外的に活躍できる場面はある。陽動作戦――つまりは囮として運用するのに適任の兵器である。平均的な一機のアーマードコアに対して複数機の軍用マッスルトレーサーか大型マッスルトレーサーを当てることが常道とされた。つまり、敵戦力の分散を目的としてアーマード・コアを投入することが望ましい。捨て石とされる人材を企業は所持していない。その役割は専ら独立傭兵と呼ばれる何かしらの理由により強化手術を受ける事となったヒトだった。

 企業らの主戦力はマッスルトレーサーが主体である。純粋なヒトが操縦が可能であり、なによりも強化人間よりも運用コストが少ない。器用貧乏と嘲られる汎用性よりも目的に合致した特徴を備えた兵器の方が望ましい。この考えを更に巨大化した産物が惑星封鎖機構が所有する戦闘メカ群である。彼らは汎用性に固執せずアーマード・コアを大幅に超える戦闘力をもつ人型兵器を保持しているのだ。

 

* * *

 

 ルビコン3へ密航し傭兵ライセンスを奪取した強化人間、621は輸送機の中で振動に揺られていた。輸送機のパイロットAIと同期された映像からは現在位置のピンと半径5キロ範囲での地図が表示されている。地図には企業の勢力範囲図が色付きで描かれている。色は薄い青色、アーキバスコーポレーションの勢力範囲である。

 「レイヴン、予定された降下ポイントまで残り30秒です。――準備を」

 戦場に似つかわしくない若い女の声。621が直接対話をしている訳ではない。無線通信での音声でもない。そもそも戦端を開くまでは依頼主とは無線封鎖の取り決めだった。通信自体は高度にデジタル暗号化されているが無線電波を敵側に探知されないとも限らない為である。コーラルの奇跡ともいうべきルビコニアンとの交信。彼女の声は621にのみ知覚しえる。自身のことをルビコニアンと宣う彼女ではあるが真相は不明だ。ただ、彼女は621の傍に常に佇んでいる。声しか知覚できないが621の意識がある時は常に隣にあるいは内側に確かにいるのだ。

 輸送機の後方の搬出口がゆっくりと開く。搬出口の脇に備え付けられた警告灯が赤色から緑色に変わった。降下許可のサイン。ハードポイントで固定されていた巨大な金属の四肢の拘束が解かれていく。621は固定解除のサインが表示されていることを確認し搬出口から飛び降りた。高度1万メートルから空中投下。灰色に塗装された一機のアーマード・コアがブースター炎を煌めかせる。ブースター異常サインはない。徐々に高度を下げながらではあるが依頼主から指定された地点へと飛行する。メインシステムは通常モード。保持する武器に火が入っていない状態である。依頼主からのブリーフィングでは対空レーダー設備はまだ設置されていないという話だった。そうでなければ迎撃ミサイルの一本でも打ち上げてくるだろう。

 依頼主はルビコン解放戦線。依頼内容は山間部で建築途中であるアーキバスコーポレーションの前哨基地を襲撃しそこに配備されているMTおよびガードメカの排除。報酬額は7万cと少なく、独立傭兵にはありふれたバラマキ依頼であった。現時点で管理者は再度の野暮用で不在という連絡と空いた時間を休養に充てるよう指示は出ているが、全て休養にあてる程621は疲弊していなかった。アーマード・コアに搭乗していない場合、休養するにせよ余暇を過ごすにせよ惰眠を貪る他なく、傭兵支援組織オールマインドが主催するアリーナシミュレーターも開放ランクまでやり尽くしてしまっていた。そんな折、暇をもてあました621を見かねたのか傭兵ネットワークから依頼を色々と引っ張ってくれたのがルビコニアンのエアだった。

 「指定ポイントに到着。無線封鎖解除……依頼主から暗号通信です。繋ぎます」

 『独立傭兵、時間通りだな』

 強固な暗号処理をしているのか通信機器のデコードが追いついていない、ノイズまみれの男の声だ。単純な暗号であればエアが即座に解号処理に走っている筈である。聞きとりづらいがブリーフィングで聞いた男の声に間違いない。切羽詰まっているのか声に緊張の色が乗っている。

 『追加情報だ。襲撃する基地が他の勢力により既に制圧されている、と偵察部隊の同士から報告があった。アーキバスの部隊は既に撤退している様だ、とも。だが、依頼内容に変更はない。駐屯している防衛戦力の排除をお願いする。以上だ』

 言いたいことだけを言って通信は途絶えた。

 「これは……一杯食わされたかもしれません。敵戦力は不明です。情報では軽MT程度の予定でしたが」

 ――やるしかない。

 「ええ。ですが、状況が想定とは異なります。慎重に進みましょう」

 ――了解した。サポートを頼む。

 「勿論です、レイヴン」

 交信によるサポートを行うのは当然であるという雰囲気の声色。エアはシステムへの情報収集および改ざん能力に関しては疑いようもない実績を残している。RaD支配下であろうグリッド設備へのバックドアの作成・システム乗っ取りや傭兵支援機構オールマインドへのネストネットワークの発見など621自身で行えない介入行動はエアの力に依ることが多い。

 621はコックピットのメインコンソールにある一際大きいスイッチを入れた。無機質なCOMの音声が告げるように流れる。

 『メインシステム、戦闘モード起動』

 621の網膜ディスプレイに一瞬ホワイトノイズが走り、機器の情報が羅列に表示され消える。自動診断プログラムが走り、ステータスは全て異常なし。装備された兵装の一覧とその弾数が投影される。続いて甲高い排気音、コアに内蔵されたBOWS製ジェネレータに火が入り、EN供給量が跳ね上がる。純粋な出力とコンデンサ容量は少々心許ないがレーザー兵装を使用しない限りは実戦に耐えうるジェネレータであった。兵装の安全装置が解除され、兵装のセンサー群からも取得情報が表示されていく。

 621は自分の身体が巨大化したかのような感覚を覚えた。勿論それは錯覚であるが、旧世代型強化人間が皆感じる感覚だという。シミュレータでは再現できない実機ならではの感覚である。頭があり、腕があり、足がある。621にとってそれらが自分の思いの儘に動く感覚はアーマード・コアとの神経接続を行うことでのみ感じることができる。

 エアは慎重に進むべきだと言っていた。この惑星では何が出てもおかしくはない。ましてや戦場では尚更だ。山の麓からブースターを吹かさず、歩行機動によってゆっくりと登っていく。

 「まずは山の頂上を目指しましょう。前哨基地を一望できれば、ある程度、数は確認できるはずです」とエア。なんの反論要素もない。元々はアサルトブーストで強襲し、敵機が起動する前に叩くプランだったが、敵戦力が不明な為それも難しくなった。アーキバス駐屯部隊が撤退を決断したのだ。重四脚マッスルトレーサーがいてもおかしくはない。そうなった場合、蜂の巣にされるのは621の方となるだろう。621は今回の依頼で継戦能力を主題としており、対大型用のアセンブリをしていなかった。右腕部にベイラム製ライフル、左腕部にタキガワハーモニクス製パルスブレード、右背部にファーロン・ダイナミクス製4連装ミサイルポッド、左背部にVCPL製3連装プラズマミサイルといったものであった。所謂「壁」で相対したような超大型マッスルトレーサーや惑星封鎖機構の大型自立兵器とやり合うのは分が悪い。最悪、撤退も視野に入れるべきだろう。管理者が認知していない営業活動で死亡することだけは避けなければならない。最悪の契約違反だろう。飼い主たる管理者が死ねというのなら死ぬべきなのだろう。なにしろ一度ほぼ死んだ身だ。ただ彼は、ハンドラー・ウォルターという飼い主はそこまで割り切りのよい人物ではない。

 「レイヴン、停止してください。ここから観察できないでしょうか」

 気がつけば山頂付近まで進出していた自機であった。山間部を見下ろせるように自機の膝をつきヘッドセンサーを前哨基地方面へ向ける。付近に警らするような機動兵器の類はいない。ヘッドパーツから発するスキャン信号にも反応はなかった。半径300メートル内の兵器反応を擬似的に表示する機能である。

 雑念を追い払い、網膜ディスプレイをズームモードに設定し、前哨基地を見下ろすと軽MTや小型ヘリコプターの残骸と黒煙が上がっている。戦闘が起こったのはここ数時間以内であるようだった。残骸だらけの前哨基地ではあったがヒトの姿は確認できない。正確には焼死体と大口径の砲で撃たれ、身体が散らばった死体があるのみだった。

 「一方的な戦闘のようですね」

 声のトーンを抑えてエアは言った。企業やルビコン解放戦線は虐殺行為をしない傾向にある。報復処置が取られるのは常であるから必要最低限のルールは破ろうとしない。ベイラムは投降したルビコニアンの捕虜規定を策定している。これはアーキバスグループも同様である。ただし、グリッドに巣食うドーザーは例外である。彼らはそもそもコーラルに酩酊状態であり、平然と一線を超えることが多い。ただし、ドーザーが関わった戦闘で兵器の残骸が残っていることは稀である。戦利品として軒並み回収していくからである。621にしてこの光景は見知った光景の様であった。実際に見た記憶は失われているが忌避感を覚えることもなく胃液が逆流するようなこともない。ただ当然のようにこの光景を受け入れている。

 「レイヴン、あちらを」

 推定全高20メートル程の人型機動兵器が整備場を兼ねる倉庫から歩行機動で外に出ていた。随伴機は確認できない。一機のみである。警戒しているようには見えなかった。残兵がいないかの確認しているかのようだ。武装はレーザー砲一門を所持。背部に実弾の3点バースト式ライフルを懸架している。

 「惑星封鎖機構のLC機体……単独の様です」

 随伴機がいないのは妙だった。惑星封鎖機構ならば最低2機編成でチームを組んで行動しているパターンが多い。

 「現時点では随伴機を確認できません」

 2機編成でのLC機体を相手取るには現在の兵装では分が悪い。何しろLC機体にACS障害を瞬間的に引き起こす兵装ではない。LC機体に時間をかけるのは悪手である。何故なら機体スペックでは圧倒的にアーマード・コアは不利だからだ。一機ならば、一対一での戦闘であれば奇襲により増援が呼ばれる前に撃破できる可能性がある。グレネード一門あれば状況的に楽になったかもしれない、621に自責の念が浮かんでいた。時間をかけると随伴機が戻ってくる恐れもある。現時点での兵装で撃破するしかない。621は機体を動かし山頂から完全に機体を露出させるとゆっくりと稜線を下っていく。距離にして1400メートル。アサルトブーストであれば一気に彼我の距離を詰められる。1000メートル、1000メートルさえ跳躍できればミサイルのロックオン距離となる。

――やるぞ。

「レイヴン?」

 エアの戸惑ったような声色が621の脳内に響いた。アーマード・コアの背部から大型のブースターが迫り出すと、ブースター出力をアイドル状態からマックスまで叩き込む。ほぼ静止状態から時速450キロへ爆発的な加速が生じた。展開されたブースターがコンデンサに貯蔵しているENを食い尽くしていく。800,700、600と数瞬で自機と敵機との距離が近づいた。LC機体はまだこちらに気がついていない。450メートルを切ったタイミングでコンピュータが敵機を認識し自動的にロックオンシンボルが灯る。続いてロックオンの完了を知らせる電子音が鳴った。621は4連装ミサイルを装填されている全弾を発射。ミサイルシーカーが作動し、真っ直ぐにLC機体へ飛翔する。続いて3連装プラズマミサイルを発射。惑星封鎖機構のパイロットは優秀だった。ロックオン警報を感知したのだろう。すぐさま回避機動に入っている。アーマード・コアが装備できるミサイルはさほど誘導能力を持たない。ミサイルの固体燃料のサイズも大きいものではなく、1キロ程度の飛翔で自爆する代物であった。

『――⁉️コード、15!生き残りが……なっ⁉️』

 エアのサポートによる通信の盗聴は惑星封鎖機構パイロットの発言を正確に傍受していた。LC機体パイロットの声色に焦りが乗っている。LC機体は接近するミサイルを避けるようにブーストを吹かし水平方向へ跳躍した。4発のミサイルは誘導範囲を外れて倉庫内部に飛び込んで起爆する。倉庫内部に詰め込まれた燃料に引火し、倉庫の一棟は火に包まれた。遅れて発射された3発のプラズマミサイルはLC機体の眼前で起爆。プラズマ爆発を引き起こす。LC機体にとって大した損傷にはならないが敵パイロットの視覚を奪うことができた。LC機体はミサイル煙が連なる方向へ青いレーザーを複数回発砲する。直撃すればアーマード・コアといえど致命傷となる出力であった。レーザーは明後日の方向へ放出されアーマード・コアには掠りともしない。621はプラズマ爆発に飛び込むようにアサルトブーストで更に接近する。爆発範囲の直前、急激に方向転換。LC機体の背後に回り込むと、最大出力に設定したパルスブレード光刃をLC機体に叩き込んだ。LC機体装甲を溶断するほどの出力はない。LC機体の装甲表面を歪ませる程度に留まった。LC機体はその衝撃によろめきつつも即座にレーザー砲をアーマード・コアに向ける。621、途端にクイックブーストで回避機動を取る。LC機体が構造上照準し辛いであろう自機の右水平方向へ機体を動かした。発射されたレーザーが空を切った。621は反撃のタイミングを見計らう。回避成功に喜んではいられない。初撃の強襲まではよかったものの、LC機体をスタッガー状態まで持っていくことには失敗した。このままでは削られて終わりだ。

 『コード5。未確認AC。独立傭兵か?排除執行する!』

 遠距離に持ち込まれると621に勝ち目はない。500メートルも距離を取られれば、自機に攻撃できる手段がないからであった。ならば答えは決まっている。前に進むのだ。敵機に喰らいつくことしか選択肢は残されていない。何時ぞや撃墜した独立傭兵が零したように、餌を眼の前にぶら下げられた猟犬の様に、敵に噛みつく術しか持っていないのだ。

 

* * *

 

 ――ただのAC乗りではない。なんだこいつは。死を恐れていないのか。

 惑星封鎖機構執行部隊所属のパイロットは独語した。執行准尉の階級章をパイロットスーツの袖にぶら下げた彼は相対する灰色のアーマード・コア一機相手に攻めあぐねている。近距離戦闘用バーストライフルの弾薬は企業部隊排除で枯渇。主兵装のレーザーライフルのみで迎撃せざるを得なかった。本来であれば即座に距離を取る機動をすべきだ。敵戦力はAC単機、スペック上ではブースター出力・装甲・投射火力全てにおいてLC機体が上回っている。『システム』による敵機体の構造解析は土着企業製の廉価品。惑星探査にも転用され純戦闘用のフレームとは言えるものではない。惑星封鎖機構が採用するMTと同等能力しかない機体が猛然とこちらへ突撃を繰り返し、手持ち兵装のライフルとパルスブレードで襲いかかってくる。巡航ブースターではなく突撃用ブースターで常に向かってくるのはライフルの衝撃力をわずかにでも増す為である事に准尉は気がついていた。ACS障害による直撃狙い。今となってはもう古臭いコア理論を頑なに実践してくる敵だった。

 この襲撃タイミングは偶然なのか、という疑念が執行准尉に重く伸し掛かる。単独待機中に襲撃されるとは思っても見なかったのだ。レーザーライフル砲身の過熱警報が止まらない。撃ち続けなければやられるのはこちらだ。許容範囲を超過する寸前までレーザーを放つが敵機ACは建物を壁にしつつ回避機動を取る。敵機ACは建物の影からアサルトブーストで飛び出すと標準ミサイルが発射された。ミサイル警報を聞きながら准尉は回避機動を取る。ブースターが切れる一瞬の隙をつかれ、数発のライフル弾を被弾した。幸いにも敵機ライフルは小口径の大量生産品であり貫徹力は高が知れている。乗機の装甲を貫徹するほどの威力はない。しかし、被弾衝撃は地味にLC機体のACS負荷を蓄積させた。准尉、たまらず背後へブースト跳躍。着地の衝撃を感じながら、レーザーライフルを照準し発砲する。青い光軸が敵機ACのミサイル・ポッドを掠めた。発射口に装填されていただろうミサイルが誘爆する。敵機ACはミサイルポッドを切り離しにかかるも爆発の衝撃を耐えられずアサルトブースト機動が止まった。敵機ACの肩部から右腕が吹き飛びライフルが地面に放り出される。途端に敵ACは膝をついた。ACS障害によるスタッガー状態であった。こうなるとACSはリセットされるまで機体挙動の一切が停止される。復旧は1秒ほどで完了するが、この1秒の隙は戦場では命取りであった。レーザーライフルの過熱警告を無視して准尉はレーザーを発射。が、レーザーは照準した筈の敵ACコアパーツではなくヘッドパーツを直撃した。敵機ACのヘッドパーツは高出力のレーザーに耐えきれず融解する。敵機ACはACS障害から復旧すると即座にアサルトブーストを敢行。再度こちらへ突撃を仕掛ける。

 ――過熱で砲身が垂れたのか⁉️

 准尉は驚きを禁じ得なかった。レーザーライフル本体のオーバーヒート警告が鳴り響く。ライフル本体の外装が外れ、基部が露出した。そちらに気を取られ敵機ACの接近感知が遅れる。眼前に迫る敵機ACのコアパーツからパンタグラフフレームが露出し放電した。准尉の視界が淡い緑色の閃光で埋め尽くされる。准尉の鼓膜に自機ACS負荷限界の警報音が鳴リ響いた。閃光が収まると同時に自機に衝撃が走る。

 

* * *

 

 621はアサルトアーマーによるパルスの奔流が収まるとアサルトブースト機動からブーストキックをLC機体に繰り出し、パルスブレードをLC機体のコックピット部分に突き立てた。スタッガー状態で身動きの取れないLC機体は防御反応も出来ず光刃が直撃する。LC機体はコックピットを切り裂かれ、胴体パーツが爆発した。敵パイロットは死亡したようだ。LC機体の残骸が重厚な音を立てて瓦解する。

「LC機体、撃破を確認。レイヴン、目標を排除しました。直ちに離脱しましょう」

 エアが呆れた口調で報告した。

アーマード・コアのセンサーカメラと同期されている網膜ディスプレイは映像右半分が乱れている。機体のサブセンサーで解像度が異なる複数の映像を強引に合成され表示していた。ヘッドパーツが機能不全を起こした影響だった。右アームパーツが肩部から下部が欠損しており、4連装ミサイルポッドとライフルを喪失。プラズマミサイルの残弾も少なく、実質的にパルスブレードしか兵装が残っていない。表面装甲修復ならリペアキットでも修復できるが欠損を回復させるのは不可能であった。継戦能力はない。

 621はエアに防衛戦力排除完了連絡をするように指示すると戦闘モードを切った。システムが通常モードとなりオートパイロットをオン。輸送機の回収ポイントまで移動を開始する。

「レイヴン、依頼主には完了連絡をいれました。ルビコン解放戦線はこの基地を掌握するでしょう」

 ただ、先程の戦闘で基地設備は無惨に破壊されている。復旧には時間がかかるだろう。アーキバスが奪還に来ないとも限らない。そもそも、惑星封鎖機構がこの基地を襲撃した背景も今では分からない。あのLC機体のペア機は一時的に離れているだけで再度戻ってくるのではないのか。色々と考慮する事項はあるが、これからの前哨基地についてはルビコン解放戦線が考慮すべき事項だ。雇われは気にすることではない。ただし、この破損は想定外である。アセンブリを一から組み直す必要があるだろう。ヘッドパーツ全損、右アームパーツも交換が必要だ。

 621は着陸している輸送機のハードポイントに機体を接続すると、輸送機AIに離脱を指示。セーフハウスまで最短コースを取って飛行させた。離陸する振動に揺られながら、エアの謝罪とも愚痴ともわからない指摘を聞き流す。

 しかし、よく生き延びれたものだ、と621は回想する。ミサイルポッドにレーザーを撃たれ、スタッガー状態になった瞬間は流石に死を意識した。621が判断するよりも早く、エアが介入しミサイルポッドをパージしなければ、コアパーツを巻き込んで誘爆していただろう。LC機体のレーザーが外れたのは恐らく偶然なのだろうか。敵パイロットのミスなのかは判断がつかない。ただ、無駄死にしなかった事に感謝すべきだろう。

 621がセーフハウスまで帰投すると、格納庫で杖をついた初老の男が待っていた。ハンドラー・ウォルター、621の管理者である。

「小遣い稼ぎは失敗のようだな、621」

 意外にも無断での出撃を咎める口調ではなかった。ウォルターは僅かに笑みを浮かべてすらいた。621は小言程度は飛んでくることは覚悟していたが、それもない。

「戦闘ログは確認していた。惑星封鎖機構とやりあうなら、もうこいつの性能不足は否めないか」

 ウォルターはアーマード・コアを見上げる。ヘッドパーツのセンサー部位はレーザーの直撃で融解しており原型を留めていない、コアパーツはミサイル・ポッドの誘爆で全体的に煤まみれである。破損したパーツの修理費、喪失した兵装を買い直す費用を計算すると、今回の依頼金額では到底足りない。完全に足が出る結果となった。元々Rad製の惑星探査用フレームである。621の戦闘スタイルには適合しないとは当然であった。出撃するたびに駆動部分のオーバーホールが必要な程機体は摩耗していた。

「もともと機体は限界、修理よりも乗り替えるべきだろう。先ほどベイラムからフレーム一式が届いたところだ。整備班はもう作業にとりかかっている。組み立てに3日、調整に1日はかかるだろう。今はとにかく休め、621」

 ルビコン解放戦線には修理費を含めて俺から話しておく、とウォルターは621に告げて格納庫から出ていった。

 621は機体のシャットダウン手順に取り掛かり、最後に身体の腰部ソケットからACとの接続ケーブルを取り外す。621は途端に身体の自由が効かなくなる感覚を覚えた。体が鉛のように重い。気づかずに疲弊しきっている。

「レイヴン、ウォルターの言う通りです。今は体を休めましょう。一歩間違えればやられていたのは貴方です。そのストレスは計り知れないでしょう。時間があるなら色々と話しましょうか」

 621はエアの忠告に耳を傾ける。反論は許されない口調であった。621はコアパーツを開放し、コックピットを露出させた。気密が保たれていた空気が辺りに吹き出す。621は整備員に手を貸してもらいながらコアパーツを降りると重い体を引きずり簡素な個室に向かった。

 猟犬がねぐらに戻る。中破した機体の分解と新しい機体の組み立てで騒々しくなる格納庫の音をララバイにして眠りについた。休暇が終われば、また自由に狩りができるのだ。新しい機体と共に。 (了)


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