そんな街にも、指名手配犯というものが存在する。
これは、その内の一人。トランプを得物として、街のあちこちに神出鬼没に現れる、とある小悪党のお話
「――――いやはやいやはや、全くもって壮観というもの。こんな私のような小悪党にここまで本気とは。ヴァルキューレ警察学校は、随分と暇らしい」
勿体ぶった芝居がかった口調で、
茶色のジャケットに、同じく茶色のソフトハット。コートの下にはグレーのジャケットに白のストライプシャツ。コバルトブルーのネクタイを締め、茶色のスラックスに仕立てありませんか。
そして、頭上に輝く斜めに並んだ二つの×印を円で囲んだヘイロー。
相対するのは、数十名にも及ぶヴァルキューレ警察学校の強襲部隊六十六名。
その一人にして、この現場の指揮を執るのは、ギザ歯の印象的な獣耳の少女。
「神妙にしろ、“伊達男”。この包囲を抜けられると思わない方が良いぞ」
「これはこれは。公安局局長殿、尾刃カンナ君ではありませんか。君がこうして現場に出向くとは……余程、先日の伝説のスケバンとの一件が恐ろしかったらしい」
「ふんっ……問答をする気はない」
余裕な態度を崩さないカインに、尾刃カンナは得物である拳銃の銃口を向けた。
彼女に倣うようにして、隊員たちもまたその手にあるアサルトライフル、サブマシンガンなどの銃口を向ける。
六十を超える銃口が一斉に向けられながら、カインは笑みを浮かべる。
「おー、怖い怖い。私のような小悪党は、震えて真面に手を挙げる事も難しい」
言いながら不自然に持ち上げられていく両腕。
その軌跡をなぞる様にして、出現するのは大量のトランプだった。
現場に緊張が走る。
銃弾飛び交うこの街に置いて、戸原カインは火器の類を携行していない。代わりに、その武器となるのがトランプだった。
53枚どころではない枚数。バラバラと散ったトランプたちは、しかし不自然な機動を描いてカインの周囲をゆっくりと滞空し始めた。
「さあ、遊ぼうかヴァルキューレのお嬢さんたち。何、後を引くような怪我をさせたりはしないさ。何故なら私は、“
「ッ、撃てェ!!」
多数の発砲音と、空を切る音が青い空の下で響き渡る。
@
“伊達男”。
その二つ名は、キヴォトスにおいても有名だった。
ヴァルキューレ警察学校の強襲部隊を
「退屈だ……うーん、実に退屈」
パスパスと手際よくトランプを切りながら、カインは天井を見上げた。
無機質な天井は、にらめっこをしたところで面白みなど欠片も感じられない。
かといって、カイン自身は矯正局を出た所で何かやりたい事がある訳でもなかった。
トランプをポケットにしまい、硬い寝台の上に横になってトレードマークのソフトハットを顔に乗せると両手を組んで頭の下に敷く。
そのまま大きく息を吐き出して、
「――――では、ここで脱獄などは如何でしょう?」
声が響く。同時に、金属の軋む音も。
流石に何が起きているのか確認するために、手を解いてからカインは右手人差し指でソフトハットの庇を上げた。
「おや、これはこれは。久しいですね、栗浜君。相も変わらず、惚れ惚れとする肉体美を維持しておられるようで」
「ふふっ。相も変わらずの上手いお口ですこと」
そう言って微笑むのは、ウェーブのかかった長い金髪を右肩から前に流した少女?だった。
特筆すべきは、その体格。筋骨隆々と言って差し支えない肉体美に加えて、上半身には胸を支える晒しを巻くだけで惜しげもなく露出しており真っ赤なスカートが良く似合っている。
“伝説のスケバン”と恐れられる彼女、栗浜アケミ。
彼女を視認し、カインは寝台から起き上がるとソフトハットを被り直した。
「私以外にも声をかけているのでは?」
「ええ、既に数名はこの矯正局を抜けている事でしょう。狐の彼女も暴れている所では?」
「成程……ふむ、成程。栗浜君、
「こちらを与えられていましてよ」
二人の間だけで通じる会話。アケミの手より端末がカインへと渡される。
慣れた手つきで操作したソレを、耳へと押し当てた。
『ほむ、そろそろ掛けてくる頃だろうと思っていましたよ』
「いやはや、流石は教授。私の行動も筒抜けですか」
『勿論。ですが、自由人の貴方を縛り付ける事はしませんよ。これは
「……成程。やはり、貴女はよくこちらの事を分かっている」
『必要な時には連絡をします。では、“伊達男”。端末は差し上げますよ』
それだけのやり取りで、一方的に切れる通話。
相変わらずだ、と肩を竦めたカイン。
「とりあえず、私もお暇するとしよう。栗浜君、君はどうするんだね?」
「私が頼まれたのは、貴方を外へと出すための補助だけでしてよ。では、何れ」
去っていく背中を見送り、カインは一つ息を吐き出す。
「やれやれ、私のような小悪党なぞ放っておけばいいものを」
言いながら左手を持ち上げ、スナップを一つ。
瞬間、彼の足元から吹き荒れるトランプの嵐。
時間にして、三秒ほどか。荒ぶっていたトランプの群れは唐突にその姿を紙片の一つも残さず消えて、代わりに居るのは囚人服から、いつもの“伊達男”の格好へと変わっているカインだ。
「まあ、良い。私にとっては、善も悪も関係ない。自由に我儘に、やりたい事をやりたいようにやるとしよう」
鼻歌でも歌いそうな軽い足取りで、カインは牢屋を後にした。
@
混迷する学園都市。
その混沌を打破するために投じられた一石。
「如何でしょう?」
「ウーム、直接話してみない事には分かりかねる。ありふれた陳腐な答えで申し訳ないがね」
ビル風にあおられて吹き飛びそうなソフトハットを左手で押さえつつ、カインは眼下を見下ろした。
彼の隣では和服の要素を取り入れた改造セーラー服を身にまとった、狐面の少女が同じく仮面ののぞき穴越しに同じ方向を見下ろしている。
ここは、数あるビルの中の一棟。その傍の通りにて、今まさに戦闘が行われていた。
「少々、遊んでくるとしようか。矯正局では、体が鈍って仕方がなかったのでね」
「ふふふ、構いませんが私の分は残しておいてくださいね?」
「残念ながら、ソレは確約できかねる。私は、遊びが過ぎる質なものでね」
緩いやり取りを行う二人。この間にも、不良たちが強奪していた巡航戦車が退けられている。
頃合いか。何の気負いもなく、カインはビルの縁よりその身を空中へと投げ出した。
時を同じくして、一息ついた戦場では行軍の道すがらにおける雑談が行われていた。
「“七囚人?”」
「はい。矯正局を脱獄した七人の凶悪な囚人たちです。今回の襲撃もその内の一人狐坂ワカモが原因という話でしたね」
長身に黒い大きな羽を持つ羽川ハスミの言葉を受けて、“先生”は思考する。
訳も分からぬままに放り込まれた世界だが、それはそれとして先達として、教師として、“先生”としての責任があると考える今日この頃。
「もっとも、危険なのは七囚人だけではありませんが」
「“というと?”」
「もう一人、脱獄囚が居るんです。彼は……小悪党を自称する厄介な人で……」
「“彼?という事は、男の子なんだね”」
「……実に厄介な相手ですよ」
「――――いやはや、その評価は聊か過分というものでは?」
ハスミの言葉に応えたのは、先生ではなかった。
壊れた戦車の上。そこに羽のように降り立った茶色のソフトハットを被った何者か。
ハットの庇を指で押し上げて、その金色の瞳がハスミを捉える。
「お久しぶりですねぇ、羽川君。また少し、背が伸びたのでは?」
「貴方は……!相変わらず、人の神経を逆なでする……!」
ライフルの銃口が向けられる。が、向けられた彼はというと嘲るような笑みが顔に張り付いていた。
「おやおや、気に障りましたか?それは、申し訳ない。何分、私の口は正直者でしてねぇ。思ったことがついつい、ポンと出てしまうのさ」
「“君も、囚人の一人?”」
肩を竦めた彼は、問われて先生へとその視線を向ける。
視線を向けられた先生は、何故だか内面迄見透かされるような気分となった。
「ふっふっふ……ええ、そうですね。私は、戸原カイン。“伊達男”なんて呼ばれておりますよ。アナタは、先生でよろしいですね?」
「“うん。よろしくね、カイン”」
「……成程、成程。これは何とも」
邪気が無い。微笑んでくる大人に対して、カインは興味深そうに顎を撫でた。
そして徐に、右手を体の横に伸ばすと手を握って、開いた。その人差し指と中指の間には一枚のトランプが挟まれている。
「少々、試させてもらいましょうか、先生。アナタがこれから歩もうとしているのは、硝煙のニオイ立ち込める鉄火場だ。神秘を持たず、弾丸の一発で致命傷となるその薄氷のような体でいったい何を成せるのか」
戦車の上から飛び降りて、改めて相対するカイン。
その姿に緊張を浮かべるハスミ。
この場において、“伊達男”の戦闘力を直に知るのは彼女のみだからだ。
「全員、聞いてください。彼のトランプはただの紙切れではありません。鉄筋コンクリートだろうと、鉄骨だろうと、生クリームのように容易く断ち切ってしまう異常な物です」
「はぁ!?いったい何で出来てるのよ、そのトランプ!?」
「ですから、警戒を12ミリの対物ライフルの弾丸すら、真正面から斬り伏せた怪物ですから」
ハスミの言葉に、緊張が走る。同時に、カインは笑みを浮かべる。
「くっくっく……そう怖がらなくてもいい。私も、君達に大怪我を負わせるつもりは無いのだから。もっとも?気を抜いているようなら、全裸に引ん剝くかもしれないがね?」
両手を左右斜めに広げながら、その両手の間ではトランプが走る。
キヴォトス屈指の、戦闘巧者が牙を剥いた。
彼が矯正局に自ら収監されたのは、とある人の“髪”を事故とはいえ切ってしまったから