ティグルは二千の騎兵を率い大半が海賊で構成されたエリオット軍に夜襲を仕掛ける事で少しでも気勢を削ぎ、進軍速度を遅くさせる事にした。
そうして、一刻と少し離れた地点にエリオット軍が進軍を止めて野営をしたとの事なので夜襲の準備をしながら、闇夜に潜みながらエリオット軍に接近していく。
するとエリオット軍は先を急ぐためもあるからか、幕舎を設置せずに野営をしていた。
夜襲をしやすい状況である。故にそのまま、かがり火を目安に三百アルシンほどの距離までエリオット軍へと近づいていく。そして、各隊の隊長達に指示を出した。
この夜襲においてはしっかりと段取りは決めている。ティグルが火矢を空に向けて放つのを合図に矢と投石で攻撃して混乱させ、突撃。敵の先頭を叩いて戦場から離脱して撤収するのである。
闇夜は味方にもなるが、敵にもなる。あまり下手に踏み込めば、身動きが取れなくなり、体勢を立て直した敵軍に包囲されればどうしようもないのだ。
もっともティグルは闇夜の中でも常人よりは相当に活動する事が出来るが……ともかく、今回は敵の気勢を削ぐのが目的なのだ。
合図は直ぐに伝わり、ティグルが率いる二千の騎兵は静かに左右へと広がっていく。
敵にゆっくりと近づいていき、矢や投石を確実に届かせるのに十分な百アルシンまで近づく。そこでマトヴェイの方を振り向けば、強面の船乗りは二本の棒を取り出した。
棒の片方は先端が焼け焦げて黒くなっている。そばにいた兵達がマトヴェイの周りに立って、壁を作って彼の姿を隠すとマトヴェイは棒を激しく擦り合わせる事で先端に火を灯らせた。
ティグルは鏃に油を塗った矢を取り出し、マトヴェイの持つ火に矢を近づける事で鏃を燃やす。
「ふっ!!」
ティグルは黒弓に素早く番えると空高く火矢を放った。それはまっすぐ夜空へ飛び立っていく。当然、エリオット軍はざわめきの声を発するが……。
しかし、その声は別の音に掻き消される。一千近い数の弓弦が虚空に音を響かせながら、投石と矢が風を切り裂きながら飛び、やがてエリオット軍に悲鳴と絶叫を奏でさせ、敵襲を知らせる叫びを上げさせる。
二つ目の石を投げ終えた兵たちは突撃に備えて馬に噛ませていた板を剥ぎ取り、蹄から布を取り去った。投石をしまい、あるいは投げ捨てて槍を握り締めた。
再度、弓を使う兵たちが数百本の矢を放ち、エリオット軍を更に混乱させた。
そうして、ティグルは黒弓を鞍に差して己の馬に乗りながら、槍を持つ。
今回の夜襲において自分の弓の腕を隠す事にした。いざという時に相手を警戒させずに狙撃できる状況を用意しておきたいからだ。
準備は整い……。
「突撃っ!!」
そうしてティグルは二千の騎兵と共にエリオット軍に突撃しながら、鋭く流麗な槍捌きを持って、次々に敵を討ち取っていく。
エリオット軍の主となっている海賊は暗がりの中へ逃げていき、あるいは物言わぬ死体となっていく事で周囲での戦闘は散発的な物となった。
「(さて……まだいけるっ!!)」
闇の中にかがり火が点々と灯って、細長い歪な列を形作り、遠くまで続いているのを見た。
無論、それは悉くが敵だ。その数は万を超えている。
ティグルは一瞬の観察と今までの状況を考え、まだ夜襲はいけると判断した。
近くにいる兵を集めて突撃する事を指示する。かがり火の近くにエリオット軍がいる事を告げ、突撃して散らしたら、散開して森まで引き返す事も指示する。
かがり火を背にしながらだ。
「深入りだけは絶対にするなよ。いくぞぉぉぉっ!!」
『オオオオッ!!』
暗闇の中では方角を知るすべはないが、この状況においてはかがり火は北にしかないのでそれを背にして進めば間違いはない。
こうして、再びティグルは鋭く流麗な槍捌きによって、エリオット軍を屠っていく。
「槍捌きも見事なものですな、驚きました」
「ありがとう、そっちも大したものだぞ」
マトヴェイの声に答えながら、森の前まで皆と一緒に撤退するティグル。
「隊列を整えろ。負傷者に手当てを……まだ気を緩めるなよ」
言いながら確認すると、森の前に集まっているのは一千に満たない。その中で戦いを続けられないほどの傷を負った兵は五十人ほど。なので二十人ばかりの仲間をつけて城砦に戻らせた。
少し待っていると結構な負傷をした兵たちが近づいて来た。その兵の中には長弓による矢が刺さった者達がいた。
クリフ隊とジェレミー隊が海賊では無く、正規軍による長弓隊の反撃を受けてしまったとの事だ。しかもまだ、隊長達が危機にあるという。
「仲間を助けにいく。オルガ、俺と一緒に暴れてくれ!!」
「分かった」
クリフ隊の中で傷の浅い者三人を選んで案内させる。そうしてティグルは一千弱の騎兵を率いて突撃し、飛来する矢をティグルにオルガはそれぞれ振り弾きながら、ティグルは槍を振るい、オルガは斧を振るう事で長弓兵に海賊たちを屠っていきながら逃げ惑う者は追わずに仲間の救出に尽力する。
そうして戦場を離脱しながら、森の中で状況を確認するとクリフは生きていたがジェレミーは戦死していた。
クリフもその体は傷だらけである。
「申し訳ありません」
「いや、良い。良くやってくれた」
森の中で休息をとるように兵達に命じつつ、大勢いると思わせるために今の兵の数以上の火を起こすようにティグルは命じた。
こうして、夜明けが迫る頃にティグル達は城砦へと帰還する。
今回の夜襲によって、ティグル達はエリオット軍に対して死者と負傷者を合わせて六千人という大損害を与える事に成功したのであった……。