市立朱都高校、縮めて朱高、某県朱都市にあるごく普通の高校だ、共学である。生徒数は300人程度で男女比はちょうど半分。そんな朱高には『完璧先輩』と呼ばれる先輩がいる、完璧だなんて大袈裟だと思われたかもしれない、しかし呼ばれる理由はちゃんとある。完璧先輩の完璧たる所以、まず入学時の試験からテストというテストで全て満点、運動能力も抜群で水泳で日本代表に選ばれて日本1位という結果を出している、そしてなにより人柄が良いと評判だ、花より優しく、雲よりふわりとした人物ともっぱらの噂。僕はそんな完璧先輩の噂を入学する前から聞いていた、でも不思議と容姿や性別が出回ることが少なくまだ見たことがない。
僕は親が朱高出身で地理的に近いのでここへ行くことにした、祖母の居る寺からも近いので何かと便利だ。
入学式当日、在校生代表として完璧先輩が登壇すると聞いたので心のなかで飛び跳ねた僕は、楽しみにして会場である体育館へ足を踏み入れた。
開会の挨拶を経て、校長先生の祝辞、来賓の祝辞その他諸々が終わってから最後に完璧先輩のお話が始まろうとしていた。
『それでは最後に在校生代表、十握 桃吾さんから挨拶をしてもらいます』
司会進行役の教師の声がマイクを通して体育館へ広がる、3年生グループから一人が立ち上がり、壇上へ。
僕は今、初めて完璧先輩、改め十握桃吾先輩の姿を見た。全体的におっとりとして、糸目のほんわかした顔つき、なるほど評判通りに人が良さそうだ。男性だったんだ。
「あー、あー、とんとん」
え? マイクテストで声を出すのは分かるけどトントンって口で言うんだ……
完璧先輩はマイクテストを終えると壇に置いてあった折りたたんだ書類を広げ挨拶を始めた。
「はじめまして。ようこそ。朱高はみんなを歓迎します。
えー…………
んーと…………
んー…………
……おわり」
頭を下げて降壇した。
え? 一分ぐらい時間無駄にしなかった!? なんで誰も気にしてないんだ……?!
『十握桃吾さん、ありがとうございました。では…………』
待ってそのまま何事もなかったように進行するの!?
「生の完璧先輩すごいなー」
「だなー」
隣の入学生さんそれでいいんですか!? 他にもっと気にする所あったと思うんですが!? めちゃくちゃ呑気な感想より思うことあるだろ!?
まさかと思って上半身を動かさない程度に周りを見てみると誰も動揺している人はいなかった、むしろ首を動かしている僕が目立つくらいには静かだった。
「おいあんまり動くなよ、狭いんだから。緊張してんの?」
「ご、ごめん、大丈夫……アハハ」
あっれーおかしいなおかしいぞおかしいのは僕なのか?
しかし、僕の気持ちを置き去りにして入学式は終わりを迎えて校歌を歌って終わった。
……おかしいのは僕だけか?
そして、登校日。
「入学式は油断したが、次こそは驚かないぞ」
入学式で僕は学んだ、完璧先輩がどういう人物かを。あの時皆が動揺しなかったのは単に僕より情報を持っていたからだ、そうに違いない。しかし一度見てしまえば二度の動揺はありえない。入学式の後近くの席に座っていた同級生に挙動不審と言われたのは一生の不覚、次はない。
「みーなーさーん、おはよ~」
校門前には完璧先輩と数人の先輩たちが朝の挨拶をしていた、そうか生徒会なんだろう、完璧先輩ともなれば生徒会長であってもおかしくない。僕も挨拶しよう。
「おはようございます!」
「おー
……
君、おっぱいだね」
?????????
「んじゃ生徒会室で会おうね」
一体……僕は……一体何を相手にしたんだ……?
呆然としている僕の肩を叩いて別の先輩はこう言った。
「大丈夫? 熱でもあるのか?」
熱あるのはそっちじゃないですかね……さっきの聞こえてなかったのかよ……
結局、完璧先輩が卒業するまで僕だけが激しく動揺する事ばかりが起こった。僕は完璧先輩の後を継いで生徒会に入り生徒会長になったが、あの人のことを理解するには至らなかった。本当にあの人は何だったんだろう、ひょっとして妖怪とか幽霊だったのかと、今になって思う
「会長、これ見てください。資料整理してたら出てきたんです」
「これは……完璧先輩の「十握、ですよ」と、十握先輩のだな」
生徒会の資料から十握の名がついたアルバムが出てきた、あの人は多趣味で特に写真に凝っていたから生徒会室の至る所から出てくる、十握先輩の卒業前にほとんど片付けたんだが……やっぱりあったな
興味本位で中を見る、どうせ生徒の日常を写真にしているのだろうと思い開いてみたけど、写真が収められているはずのポケットには何も言っていなかった、ペラペラと次々にページをめくるが出てこない
「おかしいな、十握先輩がアルバムだけ置いていくはずない」
どんどん捲って最後のページ、背表紙の裏に一枚貼り付けられていた。うーんいかにも先輩らしい。
「ほー、これは」
「なんですそれ」
「十握先輩の自撮りだな……は? 十年前?」
写真の日付は確かに十年前だ、十年も姿は変わらないとは流石先輩、なんのイタズラかな? わからんどういう事だ?
「それ十握先輩ですか? 私には別の女性に見えますけど……いや、似てはいますけど別の人ですよ」
「いやいや先輩だろ?」
嘘だろ……いやいや、そんなはずない……そう思って見返してみる、やっぱり十握先輩だ。しかし他の生徒に見てもらっても同じ答えが返ってくる、十握先輩ではないと。
……そんなふざけた話があるか、幻視にしたってあまりにもハッキリして見えている、そんな……そんなこと……
その日は眠れなかった。十握先輩のことが頭から離れなかったからだ。そしていつの間にか持って帰ってきてしまったあの写真。この写真は間違いなく僕の知っている十握桃吾先輩その人だ、なのに皆が違うという、ドッキリにしておかしい反応が多々あった。それに教師の何名かは微妙な反応で答えてもくれなかった。
十握先輩……一体……
僕はこんなもやもやを抱えて過ごしていた、そして三年の夏、その想いが爆発した。夏休み前に生徒会室を整理していたら十年前の生徒名簿が出てきた、あの写真と同時期の名簿だ、あの写真の女性の答え合わせが出来るかと期待と好奇心に押し流され、整理の手を止め名簿を開いた。
「十握桜花……? でもこの姿は十握先輩……???」
余計に混乱した。
「でもこの十握桜花さんは十握先輩の血縁であることは間違いない、十握姓はこの辺りだと先輩しかいないし」
十年前に十握先輩のお姉さんがいて、十握先輩はお姉さんのコスプレをしていた? いやでもそうなると写真を見せた皆の反応ととの齟齬がある、僕だけが先輩を先輩以外として見てしまっていたとして、そんなことあり得るのか? 誰かに相談したいが誰に相談したらいいんだ……困ったぞ、謎が謎を呼んで僕の対処範囲をオーバーしてる。
本当は十握先輩に直接聞けけば良いんだけど先輩は海外に行っちゃったし連絡先も知らない、うーん……あ、ばあちゃんならこの辺りに詳しいはず、十握先輩もばあちゃんの寺の檀家の筈だし何か知っているかもしれない、さっそく行こう、その前に生徒会室の片付けだな……
放課後、僕は母の実家の寺に向かった。ばあちゃんはこの辺りに詳しくて顔が広い、十握先輩のことも知っているだろうと、一縷の望みをかけて向かった。
「ばあちゃん、久しぶり」
「よぉく来たねぇ、お茶いれるから待ってんな」
寺の敷地内にある平屋建ての家はどこか懐かしく、畳張りの和室は特にお気に入りだ。ばあちゃんもよくそこにいる、今もそうだ。ばあちゃんの入れてくれたお茶を啜り一服、湯呑みでお茶を飲むのもばあちゃんの家だからこそだね。
「で、用事はなんかね?」
「十握って家の人知ってる?」
「十握さん家ならよく知っとー」
「でねばあちゃん、十握桜花って名前に心当たりある? 実はね……」
今までの経緯を含めて僕の疑問をばあちゃんにぶつけた、急にばあちゃんのお茶を飲む手が止まり険しい顔に変わった。こういう顔する時は大体地雷を踏み抜いた時、えっどこだ……? 地雷から足を離さず解体するように慎重にばあちゃんの様子を伺う、まだ爆発してない、巻き返せる
「どこで聞いたぁ?」
「聞いたわけじゃないんだけど…………え、えと……おかしな話なんだけど、十握桃吾って人が僕には十握桜花って人に見えてたらしいんだよ、十握桜花さんの写真が出てきてそのことが発覚した……感じです……」
「
み、見た? 何を……? と言うかばあちゃん意味深な言葉が怖いんだけど……
ばあちゃんは姿勢を正して僕を見た、さっきの険しい顔が真顔に変わり、恐ろしさよりも驚きが表に出ているようだった。
「いいかい、今から言う事は誰にも内緒だよ」
気迫がすごい、黙って頷いた。
「ばあちゃんの血筋はね、代々霊を降ろして話を聞いたり、霊を見たり出来る特別な血筋なんだよ」
オカルト!? でも……どことなく納得できる
「私の3代前の先祖からその力は無くなったと言い伝えられていたのだけど、どうやら祖先帰りを起こしたみたいだね。それも術を使わないで見ることができる程に濃く」
……そうだったのか、それがつまりどう言う事なんだろうか。まさか
「いいかい、十握桜花、その子は十年前に死んだんだよ。朱高でね。屋上から飛び降りての自殺だったのよ」
あぁ……やっぱり
「あんたが見たのは……恐らく、霊だ。その十握桜花の妹に憑依していたんだろうね、行動がおかしく見えたのもあんただけが霊の行動とダブって見えたから、といえば説明つくや?」
……今になって思えば、十握先輩の行動はかなり矛盾があった。それもこれもあれも全部、十握先輩に憑依していた十握桜花の霊がそう見せていたから。いくら霊だからと言ってもおかしな行動ばかりだったのはなぜ?
「おかしな行動を取るのは霊が自分を知ってもらいたいから、見えてるあんたは霊にとってはおもちゃみたいなもんなんよ、よく霊障に合わなかったと褒めてあげたいくらいやよ」
なるほど。
僕が例外的に霊が見える体質で、十握桜花の霊が見えていたのか……となると本物の十握先輩の顔を知らないぞ? ずっと桜花さんの方を先輩と認識していたから桃吾さんの方を知らない……。
てかよぉ2年も一緒にいたのに全然知らねぇ──っ!
メタクソ気になる、気になってきた、とても気になる。写真を……いや、写真はやめておこう、どうせなら実物で確かめたい。でもそれだと桜花さんの霊が見えるのか……やっぱ写真だな。
それよりも、十握桜花さんが霊となって桃吾さんに取り憑いていた理由も気になる、確かに霊は自分の存在を知らせたいのだろう、それ以外に理由がないなら飽きて成仏してもいいはず、となると未練とかあるよな……?
「ばあちゃん、十握さんの住所わかる?」
「行かないほうがええぞ、下手すりゃ取り憑かれる、霊はいつ悪霊になってもおかしくない、見えてるとわかっていたら攻撃されるんぞ」
「それでも気になる、たぶんずっと寝れない」
「ふぅん……親に似て好奇心の塊だね、住所教えるからくれぐれも霊に話しかけたり触ろうとするんじゃないよ? いいね?」
「約束する」
ばあちゃんから十握さんの家を教えもらい、翌朝訪ねることにした。
十握さんの家は建売住宅の集まる住宅街にあった、住所を聞いていなかったら迷っていただろうな。白い外壁に黒色の屋根、ソーラーパネルもある。
「十握の名札がある、ここだ」
ピンポンを一回押す、すぐに女性の声で返事が返ってきた。
「すいません、僕は十握桃吾さんの後輩です」
「ほんと!? 桃吾ちゃーん! 後輩君来たよー! ちょっとまってね! 今開けるから!」
家の外にいるのに玄関ドアの奥からドンドコドンドコ音が響いてきた、お母さん慌て過ぎでは? その後ガチャンと空いたドアからひょっこり顔を出した妙齢の女性、十握さんのお母さんで間違いない。
「どうぞ!」
「おじゃまします」
いきなり訪ねて来たのにかなり歓迎されているようで小っ恥ずかしい、優しいんだろうけど、この歓迎の仕方はなんだろう。
リビングルームに通され、客用のスリッパを履いてから椅子に座った。ばあちゃんの和室と違って家具や壁紙が洋風でモダンだ、床がフローリングなのも僕にはオシャレに見える。
2階から足音が降りてくる、十握先輩は日本に帰ってきていたのか……これは幸運だ。写真を取らせてもらおう。
現れたのは……知らない人だ。しかし僕の知ってる十握先輩と似通ったタレ目の優しげな女性だ、今まで接していた十握先輩の本当の姿なんだ
「やぁ現生徒会長、元気そうだね」
「先輩も元気そうで何よりです」
十握さんのお母さんは空気を読んで別の部屋へ移動していった。
「よく家がわかったね」
「ばあちゃんから聞きました」
「あー、そっか知ってるよね」
……十握先輩におかしな部分はない、卒業前なら鬼ほど下ネタとかぶち込んで来たのに、そんな気配が一切ない。
「ねぇ……あの……そんなに見られると恥ずかしいんだけど」
「あ、すいません。卒業前と違って見えたので……」
「え〜私ってそんなに変わったかな〜、むしろ君の方が変わったよ? 前は私を見るなり変顔したり奇行に走ったりしてたから……」
その節は大変申し訳ありませんでした! それもこれもあなたのお姉さんが僕にちょっかい掛けた結果なんです!
そうだ、ここに来たのは何も先輩に謝りに来たんじゃない、十握桜花さんについて調べに来たんだ
「その、突然ですけど……十握先輩って、お姉さんいました?」
「居たけど……それが?」
「お話聞かせてもらえませんか? お姉さんの」
「桜花姉さんの? ……どうして?」
ん〜言うべきか霊が見えていたことを、それとも何か別の理由をでっち上げるべきか、デリケートな話題だから慎重に……
「あ、まさか君も見えていたり……?」
「そうなんですよー
………………
は? 君も?」
素っ頓狂な声、こんな感じなんだ……
気を取り直し、十握先輩からお話を聞いた。
「昔から見えていたわけじゃないよ、高校に入ってから姉の霊が見え始めたの、自分にダブって見えてずっと怖かった……でも今はもう見えない」
そうだったのか……先輩自身見えていたんだ、でも今は見えない。成仏したのか……未練は十握先輩そのものだったのか? 十握桜花さんは妹が心配で死にきれなかったと……いい人だったんだな
「十握先輩、これどうぞ」
「これは……姉の写真……!」
以前見つけた十握桜花さんの写真、色褪せ古ぼけた写真だけど思い出が詰まった写真、これは十握先輩が持っている方がいい、それを十握桜花さんは望んでいるはずだ
「……姉の写真は少なくて、高校時代の写真なんて一つもないんですよ? おかしいですよね。でも、それは自分よりも妹の私を優先して取ってほしいって両親に言ったからだそうなんです。だから……姉の写真が、嬉しくて……うれし、……く……ぅっ、……うっ……」
思わず涙がこぼれたようだ、僕の隣へ座り涙が止まるまで静かに写真を見つめていた。
「話をしていい?」
「聞かせてください、僕にとっては十握桜花さんも十握桃吾さんもどちらも十握先輩です、先輩の話は聞きたいです」
「ありがとう……」
少し震えた声で語ってくれたのは、姉の桜花さんの人生だった。
「姉は、昔から秀才だと評判でした。なんでも努力する人で自分より他人を優先する優しい人だったんです。私は姉の背を見てそうなりたいと憧れていました、そうなるんだと当然のように思っていました。皆から信頼されている姉が自慢だったんです。
でもそんな姉がある日傷だらけで帰ってきたんです、本人は転んだと言ってたんですが……当時の幼い私から見ても転んだ傷ではなかったんです。でも姉が間違うことは無いとその時はその言い分を信じました。
その次の日は髪の毛が短く切られ額には血で滲んだ包帯が、これは文化祭の準備で怪我をしたと言って逃げるように部屋へ、母も父も心配はしていたんですが、姉の言葉を信頼していたので深く追求することはなかったです。それから何週間も同じようなことが続き、そのたびに言い訳を変えて姉は笑顔で帰ってきました
それが、十年前のあの日。冷たく、濡れた体で帰ってきたんですよ……赤く染まって、首が変な方向に曲がって……目が……目が……皆は、自殺だと言ってます、姉のポケットに遺書が入っていたからそうだと……母も父も警察も学校も、何をしても信用されるくらい姉を信頼していましたから……でも、妹の私だけは分かるんですよ、姉は
……誰にでも、か。明らかに何かのトラブルに巻き込まれて、そのたびに怪我をしているのに、本人の優しさと信頼のせいで誰にも気が付かれずに終わったんだ。こんな、こんな話があっていいのかっ……!
「君までそんな顔しないで」
意識せず固く握っていた拳に先輩の手が置かれた。
「すいません……でも、でも……そんな話……先輩」
「十年あれば、悲しみも怒りもどこかへ行くわ、何もかも時間が流してくれるの……思い出もね」
「はい……!」
今、僕が何かに怒る理由はない、だって家族である十握先輩がそうしないから、僕がそれ以上思うことはない。これ以上は失礼だ。
「ねぇ、姉はまだいると思う?」
「え……? でも、卒業してから見ていないんですよね?」
「これは、勘というか、夢で見たんだけど……姉はまだあの場所にいると思う、だから……もし姉があの場所に囚われているのだとしたら、どうにかしてあげたい」
「囚われる……」
昔、ばあちゃんから聞いた話。強い思いをその場で抱いて死んだ人間はその場に縛り付けられるという話。もしそうだとしたら朱高から開放してあげたい、お世話になった先輩に対する最大限の贈り物として
「ばあちゃんなら、もしかしたら方法を知っているかもしれません」
「本当!? じゃあ」
「ええ、やりましょう。ちょっと待っててください電話で聞いてみます」
と、ばあちゃんに電話で地縛霊になった霊の対処法を聞いてみる。
その答えは未練を払い、後悔を清算し、霊が縛り付けられた原因を代行すること。つまり、霊のしてほしいことをしてやればいい、ということだった。
「それでいいの?」
「ばあちゃん曰くそれでいいみたいです」
「お塩とか?」
「痛がって昇天しないらしいです、ドMの霊はそれでいいみたいですけど」
「霊にもあるんだそういうの」
「元は人間ですからね」
十握先輩の仕事の都合で、十握桜花さんの成仏作戦は明後日執り行うことになった。
当日。
深夜、校門を乗り越えて忍び込んだ僕と十握先輩。昼間だと目立つので苦渋の決断だった。
「夜だと肝試しっぽくてワクワクするね」
「十握先輩……」
訂正、先輩は楽しそうだった。
二人共霊が見えるのですぐに見つかるだろうと思ったがそんなことはなく、一階二階三階のトレイまで隅々探したが見つからず、残すは屋上だけとなった。十年前のあの日以来ずっと開放厳禁と書かれた張り紙と南京錠のセットで封じられていた場所だ。
鍵は職員室からパクってきた、施錠の甘い教師がいて助かったよ。
南京錠に鍵を差し込み、一息に外した。
「開けるけど、いいですか?」
「うん、たぶん姉はここにいる」
ドアノブに手をかけ、回す。
ドアをくぐればその先は見慣れた学校の中で唯一見慣れない景色が広がっていた、月明かりが屋上を照らし出し金属の背の高いフェンスが張り巡らされているのが確認できた。貯水槽が入り口の上にあるのもハッキリ見えた。
「すごいね、初めてきたよ」
「僕もです」
「あそこ……人がいるよ」
「いましたね」
やはりと言うか、屋上にいた。セーラーを着た女性の霊。十握先輩のお姉さんである十握桜花さん。
《待ってたよ》
霊が喋った。聞き慣れた声だったが十握先輩は涙を流してた。
「姉さん……! やっと声を聞かせてくれた……!」
感極まって涙を流し、その場に力なくへたり込む。十握先輩はもう動けなさそうだ。
《ふふ、久しぶり、さみしくなかった? 後輩君》
「寂しかったですよ、十握先輩。ひどい先輩ですね、ご自分の妹さんに声を聞かせてなかったんですか?」
《いや、話しかけたかったんだけど聞こえてなくてね。今聞こえているのは君がいるからだと思う》
「なるほどね」
あぁ、やっぱりこの人が僕の先輩だ。この感じ、十握先輩が卒業してから感じなかったこの……この……
《……君まで泣くのかい?》
「だってさ……だって……気付いてますよね、先輩。僕たちがなんでここに来たのか」
《うん、だからここにいるの》
「ズルいですよ……そりゃ」
今までの思い出がフラッシュバックしては目に涙が溢れる、居なくなるんじゃない、これから居なくなってもらう。その違いは僕たちの心には重すぎる。
《私はね、誰のことも恨んでないよ。恨んでた人も改心したみたいだし、いよいよ恨みがなくなっちゃった。だからさ、ちよっとした未練だけ、お願いしようかな〜》
「分かりました。僕が全力で、全ッッッッッ力で! その未練にお答えしますッ!」
《やったー頼りになるぅ! じゃあさじゃあさ、卒業式しようよ! 私卒業式出来てないんだよね、だから……2人で、歌ってくれない?》
「ずぐっ……うぐ……姉さん、いいのよ……? もっとわがままっても……いや、言ってよもっと、もっともっと一緒に何かしようよ……! 姉さぁん!」
《ダメだよ、この3年でほとんど未練なくなってるんだもん、二人のおかげで》
……僕に対するあの行動全部が未練故のことだったんだ、ならもう少し手加減して欲しかったよ。今使う分に取っておけば良かったのに。
《あ、今月が真上にいるよ、満月の卒業式ってなんか良くない? 早く早く歌ってよ〜》
急かされてしまった。確かに、満月はいま真上にいる。シチュエーションとしては最高だろうな。最高すぎて歌えねぇよ……
「歌のリクエストはある? 姉さん」
《そうだな〜、卒業式って言うならやっぱり校歌?》
定番だけど、それでいいのか?
《最後は好きだった学校の歌で、終わったらスッキリするよ》
「分かった、姉さんのリクエストに応えるわ、そっちもいいわね?」
「大丈夫です、こう見えても生徒会長なんで」
「私も元生徒会長だから問題ないわ」
《それじゃ私が指揮するね》
「いや十握先輩が指揮するのっ!?」
「……ぷふっ!」
《さー、いくよー、せーのっ!》
「「________〜♪」」
この時ばかりは、人生で最高の歌声がでたとおもう。こんなに真剣に校歌を歌ったことはないが、男声女声の混声合唱はきっと天国まで届くだろう。
月光のスポットライトで照らされ、一瞬視界が眩しく輝いた。その時にはもう指揮者は居なくなっていた。まだ歌が終わってないのにせっかちな人だ、もしくは入学式の時みたいに楽譜を忘れているだけかもしれないけど。どっちでもいいや。
さようなら。先輩。ありがとう。最後まで完璧だったよ。