「私に勝ったら、付き合ってあげる」
これは人間がウマ娘に告白した際、多くのウマ娘が口にする言葉だ。つまり断りの定型句であり、ウマ娘に人間が勝てるわけない事から来ている。
もちろん知識や精神面では、人間にも勝ち目があり政治的な権謀術数等であれば、裏表のある人間の方が優秀な事も多い。またこの発言を逆手に取って、しりとりや名前当てなどトンチを使って勝つというお話は古今東西に存在している。しかしこれはウマ娘相手に身体面では勝ち目がないことを暗に示している。実際には断りの定型句に「〇〇で勝ったら」という言葉が前に付くこととなり、その〇〇には「レース」が入る事になる。
そうなると答えは明確だ。レースでウマ娘に人間が勝てるわけがない。
距離区分のSMILEどれであろうとも人間ではまるで歯が立たない。例えそのウマ娘が苦手とする距離の長さでも、人間相手なら余裕で勝ててしまう。それでも馬鹿な人間は、勝てもしないレースに挑んでは敗北を重ねてしまう。それが人間とウマ娘の歴史だ。
しかし何事にも例外があるように、人間とウマ娘との長い長い歴史において、人間がウマ娘にレースで真正面から勝ったというお話が残っている。今日はその話をしよう。
それは2000年以上も昔のこと、舞台はギリシャ・アッティカ半島。そこにはたいへん愛らしく可愛らしいウマ娘がいた。彼女はよく働く酒場の娘さんで、町一番と言って良い看板ウマ娘だった。気立てが良く、なんでもないことで笑顔を見せて微笑み、お客と非常に距離感が近かった。
ただ単に金払いの良いお客たちに優しかっただけだったのだが、多くの男どもが勘違いをした。男どもは昔も今と変わらず、ウマ娘が大好きで、毎日のように酒場に入り浸り、生活が危うくなるほどだった。彼女のどこか純心な応対に男どもは「俺だけが彼女の良さを分かっている」と思い込んでいたらしい。
彼女は非常に愛らしく、誰に対しても気軽に接していたことから、酒場では毎日のように告白されていた。大抵は酔っ払いの戯言として彼女は片付けていたが、あまりに真剣に頼み込まれることが頻発し、そうした時は前述の断り文句を言ったのだった。
「レースで私に勝てば、付き合ってあげる」非常に分かりやすい“お断り”だった。
可愛らしい外見をしていても、相手はウマ娘。レースで勝てるはずがなかった。殆どの男はその言葉で引っ込んだが、何人かの男どもは彼女にレースを挑み、ボロボロに負けた。短距離で負け、マイルで負け、中距離で負け、長距離でコテンパンになった。別に彼女がウマ娘の中でもとりわけ優秀な走者であったという話ではない。ただ反対に鈍臭いわけでもなかった。走るのが好きなだけの普通のウマ娘。それだけで彼女はレースに負けることはなかった。
そんな彼女のことが好きな男どもの一人がこの話の主人公。名前をマラトンと言い、彼は周りの馬鹿な男どもよりも、より一層彼女に惚れていた。ただそうは言っても普通の男。町一番の看板ウマ娘と付き合うのは非常に難しい。勇気を振り絞った渾身の告白もお決まりの定型句でかわされてしまい、どうにかならないかと思い悩んだ。
何とか彼女に、レースで勝つ方法はないだろうか?
どうにか知恵を絞り出し、ああでもないこうでもないと三日三晩悩み抜いた末、結局自分の思いつく方法では勝てないと男は悟った。
故に、知恵を借りることにした。その相手というのが、町外れに住む婆さまだった。この婆さまはウマ娘で、たいそうな長生きだった。皺くちゃの顔は愛嬌たっぷりで、可愛いらしい婆さまだった。昔は随分とモテていたことだろう。
そんな婆さまは面倒がりもせず男の話を聞いてくれたが、ウマ娘にレースで勝てるわけないと男を諭した。しかし男は「そこをどうにかならないか」と幾度も尋ね粘るように聞いた。あまりにも熱心な男の語り口に負け、しぶしぶレースに勝つ秘策を授けた。これは明らかに“奇策”としか言えないものだった。
男は彼女と付き合うにはこれしかないと奇策に打って出た。ただ婆さま曰く、奇策を実行するにしても最低限レースで戦えるだけの足が必要だという。
またそれを身に付けるだけの気合が必要になるらしい。婆さまの条件を何とか物にするため、男はひたすら特訓をすることになった。
奇策でレースに勝利するため、大好きな酒場にも行かず、仕事もろくすっぽにせず走り込んだ。毎日毎日ひたすらに走り、雨の日も風の日も休まず鍛え続けた。
来る日も来る日も走り続けた男は、周囲の人々からアホだと思われていた。どんなに鍛えてもウマ娘に勝てるはずがないと笑われ、酒場では話のネタにされていた。笑わなかったのは奇策を授けた婆さま、それと看板ウマ娘だけだった。彼女も半分呆れているが、彼の熱意だけは買っていた。
そうして季節が一巡した夏頃の事、ついに男は看板ウマ娘にレースを挑んだ。
そのレース内容はなんと長距離と呼ばれるレースの10倍以上の距離、隣の隣の隣町までの距離を走るレースだった。明らかに耐久戦であり、普通ならこんな面倒な条件を受けないが、それでも正々堂々としたレース。今まで笑われていた彼への同情心とウマ娘としての意地、そこに婆さまのちょっとした煽り文句が合わさり看板ウマ娘は勝負を受けることになった。レースでウマ娘が人間に負けるわけにはいかなかった。
レースは夏の熱い日差しの下で行われた。物理的に山あり谷ありの長距離耐久レースは、婆さまの昔馴染み達が運営を執り行うことが決まり、ちょっとした見世物・祭りごとの様相に呈していた。レースのいくつかのポイントに婆さまの昔馴染み達が立っており、給水所として利用できるそうだ。とうぜん男が何か不正が出来るような状況ではなく、婆さまがレースにケチがつかないようにしたのだろう。
そうして始まったレース。看板ウマ娘は開幕直後にスタートダッシュを決め、全力で男を突き放した。ほんの少しの時間で何十バ身も差が付き、男が町はずれに着いた時には彼女の後ろ姿すら見えなくなっていた。周囲の人々は「なんだ、すぐに決着が付いちまった」と野次を飛ばすが、男はそこで婆さまの言葉を思い出した。
「このレース、決して諦めてはいけないよ。たとえ彼女の後ろ姿が遠く遠く見えなくなっても、とにかく進むんだ。ひたすらに根性、ど根性。そうすれば道は開けるってもんだよ、頑張りな。ああ、それと水分補給だけはしっかりね」
そうあらかじめ口酸っぱく言われていた男は諦めず黙々と走り続けた。ただひたすらにペースを崩さずに、山あり谷ありの道のりを着実に突き進んでいった。男は勝つにしろ負けるにしろ全力で挑むと決めていた。とにかく目一杯走り続けた。夏の暑さは応えたが、給水所での水がとにかくうまかった。
そうして長距離といわれる距離の十倍近く走ったころだろうか。米粒ほど遠くではあるが、彼女の後ろ姿が見えた。男はまさか直視できる距離に彼女がいることに驚いた。そして彼女もまた、視界に男が入ってきて驚いた。
少々休んでいたというのもあるが、まさか追いつかれるとも思っていなかったのだ。すでにレースが始まって数時間も経過している。だが、男は足を止めていない。早駆け程度のスピードだが、休息なしで走り続けるのは異様としか言いようがない。
肉体の面で考えれば、たしかに頑強で効率的なウマ娘の身体。しかし優れた運動性を誇るがゆえに、熱がこもりやすく、炎天下で数時間を超えるような長時間の運動ではオーバーヒートを起こしてしまう。というよりもそんな過酷な条件下で走り続けられるのは、人間という種のみだった。
人間は「汗」という発熱機関においては、ウマ娘相手に身体的優位に立つことができる。
これが婆さま考案「人間がウマ娘にレースで勝つ方法」だ……つまり、ど根性!
限界まで肉体を追い込むような泥試合なら勝機があるという話だ!
そうして明らかな泥沼状態を狙った死闘が繰り広げられ、デッドヒートの末に完全な粘り勝ちではあったが、男が勝った。
不正や八百屋一切なしのレースで、だ。こうして男は、彼女と付き合う権利を手に入れた。
流石にここまでされてはウマ娘側も納得するしかなかったようで、まんざらではなかったらしい。泥臭くてもレースに勝った者は魅力的に見えるらしい。
人間の特徴として肉体面ではウマ娘には勝てないとされてきたが、長時間の移動、それも半日以上走り続けるという分野でなら良い勝負が出来のだ。
ちなみにこのレースで勝った男の名前をマラトンという名前は、今でも使われる「マラソン」という言葉の語源になったとのことだ。