半日ばかり馬車に揺られ、私はチャールズ男爵と他愛のない話をたくさんしたのを覚えています。
例えば彼のペットの話であったり、御友人のお話、貴族とか言う物の話、たくさんの話をしました。それも全ては、それが彼との殆ど最後の関わり合いだと思ったからでした。
その離別を悲しいことだとも思います。
しかし、本来存在するはずのない関係が、またその存在しない状態に戻るだけだ、とも思っていました。流石にもっと曖昧な考えではありましたが。
さて、そういった離別の悲しみがあろうとも、残酷に時は進むものです。その惜しさと言いましょうか、時の残酷さに何か一言を言いたい気持ちが当時はありました。
ですが、楽しいときはやはり終わってしまい、私は久しい故郷の地に降り立つことになります。その時は既に夜でした。
その日の夜は、大変に明るかったのを覚えています。
空気が澄んでいて、月も星も遠くまで見ることが出来ました。静かな煌めきが大変に眩しかったのを覚えています。
「さあ、行こかシア君」と、星を眺めていればチャールズ男爵に声を掛けられます。
「あっ、うん、分かった」と、未だに空を見上げながらも彼の背を追います。
言訳をするならば、その景色は本当に美しかったのです。帝都では見ることが出来ない、まさに素晴らしい星空です。
そうして私達は、ただ無言で歩きます。
その静寂は、不思議な事に虫の声の一つもせず、耳が痛くなるほどのものでした。
けれど、それも直ぐに終わり、私は家の前に着きました。
多少緊張を覚えながらも、私は家の扉を叩きます。すると、多々物音が響き、扉が直ぐに開きました。
そこの先に居るのは、出発と変わらない様子の両親でした。
彼らは、「シア!」と私の名前を呼び、抱きついてきました。
両親の久しい温もりに、安心感を抱いたのを覚えています。
嗚呼やはり、私は帝都よりもこちらの方が良い、と考えていれば背後より声が発されます。
「水を差すようで悪いのだが、話をしても構わないだろうか」
その声は、チャールズ男爵のものです。
お母様が家の中に私を引っ張り、お父様が警戒したような視線をチャールズ男爵に送ります。
私自身、既に選択を終えています。
しかし、それの有無の分からぬ両親にとっては、彼は未だに強大な侵略者に変わりないのです。
「まず、夜遅くに訪ねる非礼を詫びよう」と、彼は頭を下げます。
仕方ないことだと思いますが、彼には思うところがあったのでしょう。
そんな彼の思いを知ってか知らずかお父様は言います。
「前口上はいらない。直ぐに本題に入ってくれ」
「すまないね」だのとチャールズ男爵は、口ばかりの謝罪をしていました。
さて、そんな彼ではありますが、言葉を選んでいたのでしょう、幾許かの間を置いて言葉を続けます。
「シア君とは、既に話し合った。それで良いね、シア君?」
突然の問いに少々驚きながらも、「うん」と短く返します。
その返答をしている内に、チラと見た両親の顔は驚愕のそれであったのを覚えています。
親がおらず、加えて全てが相手の手中にある状況で、選択させるなど可笑しな話だ、と思ったのでしょう。確かにそれも事実です。
よくよく考えずとも、それでは公正な判断が出来ない筈でありますから。
「それで、シア君の選択であるが、使命を断るということに落着いた」と、彼は言い切った後に頭を下げて言います。
「これまでの非礼を詫びよう。そして、彼女の選択のために最大限の努力をさせて貰う。だが、その先に彼女の願いに反することになるかも知れない。約束を反故にするやも知れない。この先の起こり得ることについても先に謝らせて欲しい」
彼の言うことは要すれば、彼が先に言っていた”私の選択に委ねる”というのが叶わないかもしれない、ということに違いありません。
しかし、それを責めることは少々酷なことでしょう。
彼は確かに貴族です。されども、国民であり、末端の役人でしかないのです。それが法に定められたことを一存によって、破棄することは難しいのでしょう。結局の所、彼にその意志があろうとも、方便にしかならないのです。
であるのならば、最初からその約束をするべきではなかった、という話であります。
今思えば、彼にも幾つかの計略があったのだろうと思います。
例えば、意志を明確に聴取することで、それを根拠に公然とその法を否定することも出来るのです。
けれども、大部分のそれは単なる善意、憐憫によるものでしょう。
ですが、私は思うのです。実現できないことを約束する、というのは例えそれが善意であろうとも、酷く厭らしい行為だと。
でも、私はそれを責めるのはお門違いだと考えます。
私が出来るのは、単に彼を信頼することだけでしょう。
これであっさりと、裏切っただのと言うならば、まずそもそも彼を信頼した私が間違っていたのです。
「そうか」と、チャールズ男爵の言葉を聞いたお父様は、言葉を零します。
その声というのは、何とも複雑な物です。ですが、覚悟を決めたようにお父様は続けました。
「アンタを信用する。全力でやってくれ。これ以上にシアを裏切らないでくれ」