【完結】跡に残るは雪ばかり。   作:朝日橋立

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第十話 不幸は嘘を孕むものです。

 半日ばかり馬車に揺られ、私はチャールズ男爵と他愛のない話をたくさんしたのを覚えています。

 例えば彼のペットの話であったり、御友人のお話、貴族とか言う物の話、たくさんの話をしました。それも全ては、それが彼との殆ど最後の関わり合いだと思ったからでした。

 

 その離別を悲しいことだとも思います。

 しかし、本来存在するはずのない関係が、またその存在しない状態に戻るだけだ、とも思っていました。流石にもっと曖昧な考えではありましたが。

 

 さて、そういった離別の悲しみがあろうとも、残酷に時は進むものです。その惜しさと言いましょうか、時の残酷さに何か一言を言いたい気持ちが当時はありました。

 ですが、楽しいときはやはり終わってしまい、私は久しい故郷の地に降り立つことになります。その時は既に夜でした。

 

 その日の夜は、大変に明るかったのを覚えています。

 空気が澄んでいて、月も星も遠くまで見ることが出来ました。静かな煌めきが大変に眩しかったのを覚えています。

 

「さあ、行こかシア君」と、星を眺めていればチャールズ男爵に声を掛けられます。

「あっ、うん、分かった」と、未だに空を見上げながらも彼の背を追います。

 言訳をするならば、その景色は本当に美しかったのです。帝都では見ることが出来ない、まさに素晴らしい星空です。

 

 そうして私達は、ただ無言で歩きます。

 その静寂は、不思議な事に虫の声の一つもせず、耳が痛くなるほどのものでした。

 けれど、それも直ぐに終わり、私は家の前に着きました。

 

 多少緊張を覚えながらも、私は家の扉を叩きます。すると、多々物音が響き、扉が直ぐに開きました。

 そこの先に居るのは、出発と変わらない様子の両親でした。

 彼らは、「シア!」と私の名前を呼び、抱きついてきました。

 両親の久しい温もりに、安心感を抱いたのを覚えています。

 

 嗚呼やはり、私は帝都よりもこちらの方が良い、と考えていれば背後より声が発されます。

「水を差すようで悪いのだが、話をしても構わないだろうか」

 その声は、チャールズ男爵のものです。

 

 お母様が家の中に私を引っ張り、お父様が警戒したような視線をチャールズ男爵に送ります。

 私自身、既に選択を終えています。

 しかし、それの有無の分からぬ両親にとっては、彼は未だに強大な侵略者に変わりないのです。

 

「まず、夜遅くに訪ねる非礼を詫びよう」と、彼は頭を下げます。

 仕方ないことだと思いますが、彼には思うところがあったのでしょう。

 そんな彼の思いを知ってか知らずかお父様は言います。

「前口上はいらない。直ぐに本題に入ってくれ」

 

「すまないね」だのとチャールズ男爵は、口ばかりの謝罪をしていました。

 さて、そんな彼ではありますが、言葉を選んでいたのでしょう、幾許かの間を置いて言葉を続けます。

「シア君とは、既に話し合った。それで良いね、シア君?」

 突然の問いに少々驚きながらも、「うん」と短く返します。

 

 その返答をしている内に、チラと見た両親の顔は驚愕のそれであったのを覚えています。

 親がおらず、加えて全てが相手の手中にある状況で、選択させるなど可笑しな話だ、と思ったのでしょう。確かにそれも事実です。

 よくよく考えずとも、それでは公正な判断が出来ない筈でありますから。

 

「それで、シア君の選択であるが、使命を断るということに落着いた」と、彼は言い切った後に頭を下げて言います。

「これまでの非礼を詫びよう。そして、彼女の選択のために最大限の努力をさせて貰う。だが、その先に彼女の願いに反することになるかも知れない。約束を反故にするやも知れない。この先の起こり得ることについても先に謝らせて欲しい」

 

 彼の言うことは要すれば、彼が先に言っていた”私の選択に委ねる”というのが叶わないかもしれない、ということに違いありません。

 しかし、それを責めることは少々酷なことでしょう。

 彼は確かに貴族です。されども、国民であり、末端の役人でしかないのです。それが法に定められたことを一存によって、破棄することは難しいのでしょう。結局の所、彼にその意志があろうとも、方便にしかならないのです。

 であるのならば、最初からその約束をするべきではなかった、という話であります。

 

 今思えば、彼にも幾つかの計略があったのだろうと思います。

 例えば、意志を明確に聴取することで、それを根拠に公然とその法を否定することも出来るのです。

 けれども、大部分のそれは単なる善意、憐憫によるものでしょう。

 ですが、私は思うのです。実現できないことを約束する、というのは例えそれが善意であろうとも、酷く厭らしい行為だと。

 

 でも、私はそれを責めるのはお門違いだと考えます。

 私が出来るのは、単に彼を信頼することだけでしょう。

 これであっさりと、裏切っただのと言うならば、まずそもそも彼を信頼した私が間違っていたのです。

 

「そうか」と、チャールズ男爵の言葉を聞いたお父様は、言葉を零します。

 その声というのは、何とも複雑な物です。ですが、覚悟を決めたようにお父様は続けました。

「アンタを信用する。全力でやってくれ。これ以上にシアを裏切らないでくれ」

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