チャールズ・クロムウェル男爵は、彼の執務室で静かに仕事をしていた。
彼は確かに革新派の人間であるが、しっかりと仕事はこなす人間なのである。
改革を謳うだけの無能に、一体どうして改革が出来るだろうか。
彼が一体どのような考えを抱いているか、と言えば単に稀有の才能を持つ人間、魔法を使えるとされる人間の人権を無視の改善である。
その考えがいつ頃生まれたのかというのは、きっと彼自身にも分からないだろう。
考えるに、幼年期の多感の時期にその現実を知り、改革をすべきと考えたのだろう。
しかし、その単なる感情だけでは、改善など出来るはずがないし、その意志も保つことは出来ないだろう。であるのならば、彼の考えの根本が何であるかとなるが、それは国粋主義であったろう。
稀有な才能を保有する物であろうと、それの人生を縛るというのは、人権国家を名乗る上では邪道である。国家が国民を守る物であれば、その未来の選択を強制するのは、国家が国家たる資格を失うのに等しい、と彼は真に考えているのである。
けれど、そう考えているのはどうやら彼を含めた改革派の少数であるらしい。
只でさえ我らは既に何十年も前であるが、西の先にある大陸の植民地の殆どを喪失し、そして強大な国が生まれるのを許してしまったのだ。
これを落伍の片鱗なのだ。日の沈まぬグラテン帝国が、沈む太陽を見送って良いはずが無い。
だからこそ、我らは国民のための国家としてでも世界の先頭を走らねばならない。
その為にも、国家は国民を守り、国民は国家を自主的に守る体制を作らねばならない、とチャールズは考える。
故に彼は、稀有の魔法の才能を持つ人間の人権を確実にしよう、と考えるのであろう。
さて、そんな考えを抱く彼の執務室に、コンコンコンと丁寧に扉を叩く音が響いた。
「なんだい」と、チャールズ男爵は扉の奥に居る人物に問いかける。
「チャールズ様、海軍本部からのお客様です」と、執事の声が返された。
「ほう、連絡もなしに訪れる無礼者か。……それは一体誰だね」と、チャールズ男爵は教育がなっていない、と文句を抱きつつも執事に問う。
「ジョッシュ・フランク卿でございます」と、執事は答えた。
ジョッシュ・フランクといえば、北方航路開拓の指揮官で、この前の宴会でよく話をした人物である。しかし、どうして彼が訪ねてきたのだろうか、とチャールズ男爵は疑問を抱く。
「何の用か聞いているか?」と彼は問いかける。
「何やら仕事を依頼したい、とだけ」と執事は答える。
どうした物か、とチャールズ男爵は悩んだ。
アポを寄越さぬ無礼者と一蹴すべきか、それとも彼との関係を重視すべきか……。それに、一体何の目的があって彼は、私に仕事を寄越しに来たのか、と。
彼は散々悩んだ挙げ句、執事に言った。
「彼を応接間に通してくれ。それと、あとから適当な煙草と茶を持って来てくれ」
さて、それから数十分のあと、チャールズ男爵とフランク大佐は、応接間にてその顔を見合わせた。
「先日ぶりだな、チャールズ男爵」と、フランク大佐は言う。
「ええ、先日はどうもフランク卿。それで、この度はどのような仕事を?」と、面倒な挨拶を飛ばし、チャールズ男爵は問いかける。
「おおせっかちだな」と、フランク大佐は笑いながらもそのギロリとした瞳に、チャールズ男爵の姿を映す。
フランク大佐は、小太りの腹の探り合いが出来そうにない男に思えたが、この度は全く以て反対の印象を受けた。
「いやはや、こちらもこちらで忙しいものでしてな。ちっとばかしやらねばならない事があるのです」と、チャールズ男爵は言訳をする。
「いや別に責めているわけではないよ。それで、君に頼みたいことだが、現状私の船団には軍医はおるのだがね、まだ足りないのだ」と、フランク大佐。
「何が言いたいのだね、フランク卿」と、チャールズ男爵は出来る限り冷淡に問いかける。
「いや何だ。医療に使える魔法が使えるヤツを寄越して欲しい。上に医療の魔法を要請したのだが、却下されてしまってね。例えばそうだな……消毒、清潔さを保つ魔法が使えるヤツだ」と、フランク大佐は笑った調子に言う。
「私に言われても困るのだがね。それを望むのなら、政府の方に言ってくれ」と、チャールズ男爵は言いながら、該当の人物を思い出してみる。そして一人だけ思いついた。
確か第三都市ミンチェスターの北方の寒村、そこに浄化の魔法の才がある人が居る、と聞いたことがあったのだった。
フランク大佐は、嘲る調子で言う。
「いやはや白々しい。君、何個か抑えているだろう情報を。グラテンの為だ、その情報を少し開示して欲しいのだよ」
チャールズ男爵は、多少溜息交じりに返す。
「はて、何のことだか。盲信に囚われるなど、歳ですかな? フランク卿」
さて、この時チャールズ男爵の心中に二つの考えがあった。
一つに、魔法使いの意志を軽んじ、その意志を計画に入れないとは何事か、というもの。
そしてもう一つは、大変に腹の黒いものだった。
この計画がもし成功したのならば、無理矢理連れて行かれたが、開拓を成功させた英雄の一人として旗頭に、もし失敗したのならば、不幸な一人の存在として批判の材料になるのでは、と。
胸算用をしている内にも、フランク大佐はチャールズ男爵に言う。
「チャールズ男爵、君は本当に図太い男だ。それじゃあなんだ。一つ交渉をしよう。もし、この航海が成功したのならば、私は君を支持しよう」
その言葉に、チャールズ男爵はふと疑問に思った。どうして彼はこの航海で、彼の保守的思想を転換させることを約束したのか、と。
その為に彼は問いかけた。
「返事の前に、一つ聞かせて欲しい。フランク卿、君はどうしてこれ程までにこの航海に執着するのだ?」
それに対するフランク大佐の返答は、簡単なものでこう言う物だった。
「もし次に失敗したら、私はもう年齢的に北方に行くことは難しいのだよ。だからこそ、最後の航海で今後グラテンで千年は語られるであろう成果を残さねばならない」
フランク大佐の執着は、単なる英雄願望だったのである。
さて、チャールズ・クロムウェル男爵は本棚の前を歩いていた。
本棚に並ぶのは、全て背表紙にグラテンの地名が書かれた似たような本達である。
その中から「ミンチェスター方面」と銘打たれた本を手に取り、チャールズ男爵はその中に目を通した。
そしてとある名前を呟いた。
「シア・アトウッド」
それはこれから彼自身が、人生を奪うことになるであろう見ず知らずの他人の名であった。
第一章おわり
次章は書ききり次第投稿するつもりです。