第十三話 私という人間は、きっと不幸でした
無限に広がるとも思える雪景色を見れば、自嘲的な嗤いが漏れます。
現実から逃避をし、不幸自慢をすることの何と愚かしいことでしょう。
「嗚呼、死にたくない。死にたくない」だのと、掠れた声で歩きます。
既に仲間の死体から、引き返すことさえ嫌気が差す程離れました。更に持ち物が頼りない防寒着に、安全なのかも分からない缶詰、無駄に重たいばかりの日記です。これではきっと死んでしまいます。
……嗚呼、死にたくない。死にたくない。
「ハハハ」と、乾いた嗤いが零れます。
どうしてこうなってしまったのでしょう。……不幸だったからでしょうか?
私はきっと死んでしまうのでしょう。嗚呼、神も幸福も貴族も何もかもが恨めしい。
その怨念の内に、私は再度過去を想起します。
決して意識を手放さぬように。この原動力を見失わないように。
その時、ただ呆然と既に見慣れた天井を見上げました。
嗚呼、私はどうして生きているのでしょうか、とふとした瞬間に思います。
きっと私が不幸だったために、このような事態になったのでしょう。
「死んでしまいたい」だのと、呟きながら服の裾を握ります。
その握った部屋着でさえ、何とも触り心地が良くて吐き気がしました。
そうしていれば、嗚呼私は生きているのだ、と再認識して更に吐き気がします。
しかし、既に吐いてしまったために、何も出来ることはありませんでした。
さて、そうして気分の悪さを闘っていれば、コンコンコンと扉を叩く音が聞こえます。
「起きているかい?」と、チャールズ男爵の声が聞こえました。
はてどうして彼の声が聞こえるのだろうか、と一瞬ばかり悩んだのを覚えています。
けれども、それも当然で此処が彼の屋敷であったからです。
あの日、両親が死んだあと、私は彼に連れられ、数日ぶりの彼の屋敷に邪魔をすることになりました。
「はい、起きています。チャールズさん」と、扉の先に返しながら、出来る限りの平静を装います。
当時の私は、チャールズ男爵のことを怨敵であると思っていました。
私の両親を殺した下手人、彼らは誰かに示唆された旨を吐露していたのです。
であれば、彼らに示唆をして利益を得る存在が居たはずです。それは、チャールズ男爵を含めた役人連中に違いない、と思ったのです。
「入っても良いかい? シア君に提案があるんだ」と、チャールズ男爵は語りかけます。
親しく名前を呼ばれることが、悍ましく思いました。
けれど、私は彼が恐ろしかったのです。今は反抗をすべきではない、反抗をしたら何をされるかが分からない、と。
だからこそ、彼に返します。
「はい、大丈夫です」
「ありがとう」と、チャールズ男爵はお礼を言い、扉を開きます。
そうして見えた彼は、いつも通りの格好をしています。
きっちりと着こなした燕尾服に、ガイゼル髭、それを見ていれば自身が惨めに思えました。
しかし、それを表情に出さぬよう努めながら問いかけます。
「それでどうしたのでしょうか?」
その質問を受け、彼は返答します。
「そうだな……。ちょっと外に出ないかい?」
嗚呼、何とくだらない提案なのでしょう。
けれど、私は従うことしか出来ずに言いました。
「はい、分かりました」
さて、それから幾許かあと、私達は帝都を歩いていました。
この散歩は、総じてつまらないものでした。会話はなく、ただ歩いているだけです。加えて、私は無心で石畳を覗いていました。チャールズ男爵に手を引かれていたので、前を見る必要がなかったのです。
彼に連れられる内に、私はカフェに入ります。このカフェは、以前帝都に訪れたときとは異なる、もう少しばかり高級そうな所でした。
「何か飲みたいものはあるかい?」と、チャールズ男爵は問いかけてきます。
「特にはないです」と、私は答えました。
正直ご飯を食べても、後々吐くのが少しばかり辛くなるだけです。
であるのならば、食べないのが正解でしょう。
しかし、言わなければ伝わらないのが常でチャールズ男爵は、ウェイターに言います。
「珈琲と紅茶、それとケーキを二切れ」
ひととき、彼にいらないことを伝えようかと思えましたが、それは長考であったのでしょう。伝えることを決めたときには、既にウェイターは引いていました。
それからは一時気まずい空気が流れます。
そんな中、チャールズ男爵は声を掛けます。
「甘いものは好きかい?」
「はい、好きです」と、私が返せば彼は安堵したように言います。
「ああ、それは良かった」
少しの間を開けて、チャールズ男爵は言います。
「伝えたいことがあったが、それはケーキを食べたあとに話そう。シア君が好きなものを不味くしては叶わん」
その発言に、きっと何か良からぬ事なのだろう、と気付きながらも適当に相槌を打つだけにしました。
結局の所物事の善し悪しは、現状より悪化するかどうかです。
ですから、どうせ今より悪化することはないのです。だのに、一体何を恐れる必要があったでしょうか?
さて、それから幾許かあと、ケーキと紅茶が届きます。
「さあ、食べなさい」と言うチャールズ男爵に、適当に返しながらケーキをつつきます。
けれど、そのつつくというのは大して比喩表現ではなかったでしょう。
パンのようなケーキが目前にあろうと、やはり食欲は湧かないものです。
それにボソボソとしているのも良くなかったと思います。
しかし、不味かったかと言えば、それは嘘になります。甘くて美味しかったのも事実だったのです。
甘いものというのはやはり良いものです。ムカムカするような吐き気が、多少ばかり落着いた記憶があります。
少しずつ食べていれば、チャールズ男爵に声を掛けられます。
「美味しいかい?」
「はい、美味しいです」と、答えつつも量が多いなと思いました。
既に結構な時間が経過しているというのに、ケーキは半分も食べることが出来ていませんでした。
幸いにも腐ったり、溶けたりするようなケーキではありませんが、チャールズ男爵を待たせることに繋がるのでさっさと食べようと頑張ります。
けれど、努力は大して実ることはせず、私は彼に言いました。
「あのっ、それで話というのは何があるのでしょうか?」
待たせるよりも一端食べるのを止め、話を聞く方が良いだろうという考えでした。
それに、チャールズ男爵も既にケーキを食べ終えていますから、待たせて退屈されるのが恐ろしかったのです。
「まだ食べている途中だろう。良いのかい?」と、チャールズ男爵は疑問を呈します。
それを過度に恐れる必要はないだろうと思いながらも、多少の恐れを抱き返します。
「大丈夫です」
その返事を受け、チャールズ男爵は一等生真面目そうな声で言います。
「まずこれは第一に提案だ。断っても良い」
「はい」と、適当に相槌を打てば彼は続けました。
「シア君、君に同世代の友がいない状況というのは、少々宜しくないと私は思っている。そこで提案なのだが、学校に行かないか?」
さて、この彼の発言ではありますが、これに本意が表れているかと言えば甚だ疑問が残ります。
彼は確かな善人であります。
ええ、確かな善人でしょう。
だからこそ、彼は欺瞞が得意なのです。
単なる善意に人は納得しないものです。ですから、生きている善人というのは大抵が嘘が得意なものです。
現実に彼の中では、私の魔法を鍛錬を積ませることが目的であったに違いありません。
でなければ、魔法の才能を腐らせるだけです。そうなれば、彼は私を保護した費用の分損をするだけです。
……彼は真性の善人でしょう。
何もかも得ようとして、結果として何も得ない、そんなものは独善です。
だからこそ、個を切り捨てる彼は、ホンモノです。
さて、その計画や彼の腹黒さには全く以て気付くことはなかった私は、多少の恐れと一緒に彼に答えました。
「分かりました」と。
お久しぶりです。
一章と同様に隔日投稿ですので、宜しくお願いします。
あと、曇らせはこの章にはないです。お許しを。
3/14まで連載は続きます。
また、お時間があればご感想を頂けると嬉しいです。
2025 9/21 主人公の持ち物に日記を付け足しました