ランダイン高等教育学校に登校した初めての日、クロージャさんに基礎的なことを教えて貰いました。
具体的には、魔法の事を詳しく教えて貰いました。
それらを包括して思えば、様々な疑問が残るばかりでした。
例えば、魔法が個々人の固有のものであることの説明が、論理性に欠けるものでした。聞いていたときは、まあそういう事もあるだろう、と思っておりましたが、今から振り返れば酷く馬鹿らしいものでしょう。
お教えて頂いた通説としては、魔法は悪魔からの呪いだと言います。
思うにこれは、人知を超えた馬鹿らしい力に対する単なる恐れ、それを正当化する不当な理由であったでしょう。
しかし、その教鞭を振るったクロージャーさん自身も、これには懐疑的であったのを覚えています。
曰く、利権と宗教に囚われた俗物の、それはもうくだらない妄想、であるらしいです。
そんなこんなで、魔法の基礎的知識を教えて貰ったあと、魔法の練習をしました。
けれど、私が無能さを晒しただけでした。
数十分も試行錯誤をし続けていたところです。
「もうこんな時間か。今日はこれで終わりだ。復習をするように」と、クロージャーさんは言い残し、そそくさと教室から出て行きました。
煮え切らない形で終わったことに、何とも言えない気持ちの悪さを抱きました。
それにもう少しばかり彼の人柄は、始まりと終わりを含めた順序と言うべきか、儀礼的要素を重視するように思えたからこそ、違和感を抱いたのでしょう。
さて、幾許かを教室で過ごしたあと、躊躇いながらも外に出ました。
何処に行くべきかも分かりませんでしたし、何をするべきかも分かりませんでしたが、取り敢えずこのまま教室に居ても意味はないだろう、と思ったためでした。
右も左も分からぬ廊下を歩きます。
若干ばかりの不安感を抱きました。また、引き返すべきかとも悩みます。
「……進もう」と、何ら根拠はありませんが、進むべきだと考えたために、歩いて行きます。
学校の敷地は広く、このような適当な歩きでは目的地に着くのに、きっと途方もない時間が掛かったことでしょう。
しかし、このときは目的地を持たない、単なる散歩でありましたから、これが相応しかったのだと考えます。
校内から出て、中庭の辺りを歩いている内に、姦しい諍いが聞こえてきます。
気の強そうな女性が、これまた気の強そうな女性に何かを言い、それを気の弱そうな女性が諫めていました。
「関わりたくない」と、思ったためにそこから離れ、散歩を再開します。
その散歩の内に、あの喧嘩のことを考えます。
怒るという事は何かに強い関心、熱中があることの証明でしょう。
近頃、私はその強い関心が湧かないのです。
ただあるのは恨みと不満ばかりで、それ以外は特にありません。
死のうと思ったことも数えきれず、けれど恐ろしく思ってそれを実行に移せない。そうして、独り言つのです。私は死にたいわけじゃない。まだ死ぬ理由がないから生きるんだ、と。
こう考えていれば、何だか死にたくなりました。
しかし、それを振り払い、ただ無心に歩きます。一度でも悪い考えを抱けば、それは消えぬものでありますが、必死に無心を保ちました。
そうして歩いている内に、久しぶりの吐き気が訪れました。
……クラクラしました。ただ気持ちが悪かったです。
ああ、不味い、と焦った記憶があります。
このままではいけない、と適当な床に腰を下ろします。
私が腰を下ろしたそこは、校内のよく分からない森のような場所でした。
さて、そのまま幾許かの時を経ます。
徐々に気分の悪さは治まっていましたが、依然として続き、座っていると一つの知らぬ声が掛けられます。
「大丈夫?」
その声に体を震わせつつも、見上げます。
そこに居たのは、一人の女性でした。
一体誰だろうか、と考えれば直ぐに思い出します。
この女性は、少し前に中庭の辺りで言い争いをしていた内の一人です。
素直に言えば、私は恐ろしいと思いました。
目前の女性が、単純に私よりも年上であるということもありますが、それに加えて彼女の纏う雰囲気が恐ろしかったのです。
彼女は長くて綺麗な金髪を、腰まで流した女性で、気品を感じました。
だからこそ、私は恐ろしかったのです。
きっと彼女は、貴族なのでしょう。
もし違ったとしても、お金持ちに違いはありません。
お金持ちは恐ろしいです。
当時、私の両親を殺したのは、チャールズ男爵か、もしくはその関係者だと思っていたのです。
ですからこそ、私は貴族とお金持ちを怖いものだと思いました。
けれど、そう思っていたからこそ、チャールズ男爵達の私の扱い方が恐ろしかった。
彼らは私をまるで、ただの少女のように扱ったのです。まるで、不幸なことを憐れむように。ですからこそ、その冷徹さと温柔さその二面性に恐怖を抱いたのです。
「ごっ、ごめんなさい。大丈夫です」と、急いで立ち上がり、謝ります。
「本当に大丈夫? 顔色が悪いわよ」と、彼女は目線を合わせ、心配をしてきます。
その声音や視線は、とても恐れ多いものに思えませんでした。
ただの町娘にあるような、温和な印象を受けたのです。
先程まで怒りを露わにしていた少女とは、似ても似つきませんでした。
しかし、私はただ体を震せるばかりでした。
ただただ彼女が、恐ろしかったのです。
そんな様子が悪かったのでしょう、彼女は更に心配をして言います。
「ねえ? 本当に大丈夫? 医務室の方を呼んできましょうか?」
申し訳ない気持ちと、酷い吐き気に悩まされながらも取り繕います。
「本当に大丈夫です。心配をお掛けして、申し訳ありません」
「そう? それなら良いのだけど……」と、明らかに憂いを帯びた声で言います。
「本当に大丈夫です。ありがとうございました」と、このままではいけないとこの場から逃げました。
ただ申し訳なかった記憶があります。
背後から感じた心配性な視線、それによって後ほど吐いた記憶があります。
言訳のようになってしまいますが、私は恐ろしかったのです。
人を信じること、そして裏切られること。
この短時間ではあり得ないことかも知れない。いや、きっとあり得なかった事でしょう。
しかし、あり得ないことだろうと、私は恐ろしかったのです。