【完結】跡に残るは雪ばかり。   作:朝日橋立

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第十五話 他者を信用することのむつかしさ。

 ランダイン高等教育学校に登校した初めての日、クロージャさんに基礎的なことを教えて貰いました。

 具体的には、魔法の事を詳しく教えて貰いました。

 

 それらを包括して思えば、様々な疑問が残るばかりでした。

 例えば、魔法が個々人の固有のものであることの説明が、論理性に欠けるものでした。聞いていたときは、まあそういう事もあるだろう、と思っておりましたが、今から振り返れば酷く馬鹿らしいものでしょう。

 

 お教えて頂いた通説としては、魔法は悪魔からの呪いだと言います。

 思うにこれは、人知を超えた馬鹿らしい力に対する単なる恐れ、それを正当化する不当な理由であったでしょう。

 

 しかし、その教鞭を振るったクロージャーさん自身も、これには懐疑的であったのを覚えています。

 曰く、利権と宗教に囚われた俗物の、それはもうくだらない妄想、であるらしいです。

 

 そんなこんなで、魔法の基礎的知識を教えて貰ったあと、魔法の練習をしました。

 けれど、私が無能さを晒しただけでした。

 

 数十分も試行錯誤をし続けていたところです。

「もうこんな時間か。今日はこれで終わりだ。復習をするように」と、クロージャーさんは言い残し、そそくさと教室から出て行きました。

 

 煮え切らない形で終わったことに、何とも言えない気持ちの悪さを抱きました。

 それにもう少しばかり彼の人柄は、始まりと終わりを含めた順序と言うべきか、儀礼的要素を重視するように思えたからこそ、違和感を抱いたのでしょう。

 

 

 さて、幾許かを教室で過ごしたあと、躊躇いながらも外に出ました。

 何処に行くべきかも分かりませんでしたし、何をするべきかも分かりませんでしたが、取り敢えずこのまま教室に居ても意味はないだろう、と思ったためでした。

 

 右も左も分からぬ廊下を歩きます。

 若干ばかりの不安感を抱きました。また、引き返すべきかとも悩みます。

「……進もう」と、何ら根拠はありませんが、進むべきだと考えたために、歩いて行きます。

 

 学校の敷地は広く、このような適当な歩きでは目的地に着くのに、きっと途方もない時間が掛かったことでしょう。

 しかし、このときは目的地を持たない、単なる散歩でありましたから、これが相応しかったのだと考えます。

 

 校内から出て、中庭の辺りを歩いている内に、姦しい諍いが聞こえてきます。

 気の強そうな女性が、これまた気の強そうな女性に何かを言い、それを気の弱そうな女性が諫めていました。

 

「関わりたくない」と、思ったためにそこから離れ、散歩を再開します。

 その散歩の内に、あの喧嘩のことを考えます。

 怒るという事は何かに強い関心、熱中があることの証明でしょう。

 近頃、私はその強い関心が湧かないのです。

 

 ただあるのは恨みと不満ばかりで、それ以外は特にありません。

 死のうと思ったことも数えきれず、けれど恐ろしく思ってそれを実行に移せない。そうして、独り言つのです。私は死にたいわけじゃない。まだ死ぬ理由がないから生きるんだ、と。

 

 こう考えていれば、何だか死にたくなりました。

 しかし、それを振り払い、ただ無心に歩きます。一度でも悪い考えを抱けば、それは消えぬものでありますが、必死に無心を保ちました。

 

 そうして歩いている内に、久しぶりの吐き気が訪れました。

 ……クラクラしました。ただ気持ちが悪かったです。

 

 ああ、不味い、と焦った記憶があります。

 このままではいけない、と適当な床に腰を下ろします。

 私が腰を下ろしたそこは、校内のよく分からない森のような場所でした。

 

 さて、そのまま幾許かの時を経ます。

 徐々に気分の悪さは治まっていましたが、依然として続き、座っていると一つの知らぬ声が掛けられます。

「大丈夫?」

 

 その声に体を震わせつつも、見上げます。

 そこに居たのは、一人の女性でした。

 

 一体誰だろうか、と考えれば直ぐに思い出します。

 この女性は、少し前に中庭の辺りで言い争いをしていた内の一人です。

 

 素直に言えば、私は恐ろしいと思いました。

 目前の女性が、単純に私よりも年上であるということもありますが、それに加えて彼女の纏う雰囲気が恐ろしかったのです。

 

 彼女は長くて綺麗な金髪を、腰まで流した女性で、気品を感じました。

 だからこそ、私は恐ろしかったのです。

 

 きっと彼女は、貴族なのでしょう。

 もし違ったとしても、お金持ちに違いはありません。

 お金持ちは恐ろしいです。

 

 当時、私の両親を殺したのは、チャールズ男爵か、もしくはその関係者だと思っていたのです。

 ですからこそ、私は貴族とお金持ちを怖いものだと思いました。

 けれど、そう思っていたからこそ、チャールズ男爵達の私の扱い方が恐ろしかった。

 彼らは私をまるで、ただの少女のように扱ったのです。まるで、不幸なことを憐れむように。ですからこそ、その冷徹さと温柔さその二面性に恐怖を抱いたのです。

 

「ごっ、ごめんなさい。大丈夫です」と、急いで立ち上がり、謝ります。

「本当に大丈夫? 顔色が悪いわよ」と、彼女は目線を合わせ、心配をしてきます。

 

 その声音や視線は、とても恐れ多いものに思えませんでした。

 ただの町娘にあるような、温和な印象を受けたのです。

 先程まで怒りを露わにしていた少女とは、似ても似つきませんでした。

 

 しかし、私はただ体を震せるばかりでした。

 ただただ彼女が、恐ろしかったのです。

 

 そんな様子が悪かったのでしょう、彼女は更に心配をして言います。

「ねえ? 本当に大丈夫? 医務室の方を呼んできましょうか?」

 申し訳ない気持ちと、酷い吐き気に悩まされながらも取り繕います。

「本当に大丈夫です。心配をお掛けして、申し訳ありません」

 

「そう? それなら良いのだけど……」と、明らかに憂いを帯びた声で言います。

「本当に大丈夫です。ありがとうございました」と、このままではいけないとこの場から逃げました。

 

 ただ申し訳なかった記憶があります。

 背後から感じた心配性な視線、それによって後ほど吐いた記憶があります。

 

 言訳のようになってしまいますが、私は恐ろしかったのです。

 人を信じること、そして裏切られること。

 この短時間ではあり得ないことかも知れない。いや、きっとあり得なかった事でしょう。

 しかし、あり得ないことだろうと、私は恐ろしかったのです。

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