学校に初めて登校した日の夜頃、私はチャールズ男爵に与えられた部屋で勉強をしていました。
何かをしていないと、漠然とした不安に襲われる為でした。
そうしていれば、部屋に扉を叩く音が三度響きます。
静寂に包まれた部屋でありましたから、その音は一等大きいものでした。
「シア君、起きているかい?」と、扉の奥からチャールズ男爵の声がします。
「はい。どうかしましたか?」と、彼に問い返します。
「いや、君にとっては初めての学校だったろう。どうだった」
「そうですね……。面白かったです。魔法について教えて貰いましたが、未知のことばかりで興味深かったです」
「そうか、それは良かった」と、彼は安堵したように息を漏らしました。
さて、そのような会話があって早数日です。
私はその日も学校で勉強をしました。
「疲れた」
小さく呟きながら、脳内で先程まで教えられたことをまとめます。
今回は魔法の感覚的な使用法を教えて頂きました。
具体的なイメージを持って、それで外にある魔素に影響を与えるらしいです。
何だか具体性に欠ける方法ではありますが、これでしかないそうです。
どうにも私には理解することが出来ず、結局の所行使は出来ませんでした。
「はあ」
溜息を漏らし、散歩でもしようかと思います。
既に授業のコマは全て終わりました。
それに、根を詰めすぎても、逆に理解から遠のくでしょう。
ということで、さあ行きましょう。
教室から飛び出すというと過言ではありますが、早足に外へ出ました。
もう見慣れた学園ではありますが、それでも面白いものです。
大きい建物は良い物です。
その壮大さは、同じ人間が作ったとは思えません。
本当の天才とか言う物は、きっとこういうのを作った人に違いがありません。
あの花綺麗だとか、この彫刻はどうやって掘ったんだろうとか、愉快に散歩をします。
その内で、一人の女性と目が合いました。
「あっ」と声を零すと、あちらもこちらに気がついたようでした。
「あの時の……。体調は大丈夫かしら?」
「えっ、あっ、はい」としどろもどろに返します。
綺麗な金髪をした彼女は、つい先日私が体調を崩したとき、心配をしてくれた優しい方です。
だのにも関わらず、私は彼女から逃げてしまったのです。その申し訳なさが思い出されました。
「それは良かったわ。何か病気なのかと心配だったのよ」
「えっと、はい、ありがとうございます」
「どうかしたの?」
「あっ、いえ、何でもありません」
怒られる物だろうか、と思っていましたがその節を全く感じませんでした。
私が彼女の善意を無下にした筈なのに。
「本当?」
「ほっ、本当です!」
俯きがちのままでは逆に心配させるだけだろう、と彼女の方をしっかりと見ました。
彼女はほっとした様子でした。
「貴方、今暇かしら?」
「えっと、……はい」
「それじゃあ、お茶でもしない? こんな所で立ち話も嫌でしょう」
「はい、大丈夫です」と返事をすれば、彼女はこちらの手を握って言います。
「よし! それじゃあ、行きましょうか」
彼女は私よりも少し身長が高かったので、付いていくのが大変だったと覚えています。
思えば、これも彼女の善意の表れだったでしょう。少し強引だった気もしますが。
そうして彼女に連れられ、学校の外に出ます。
「どこに向かうんですか?」と、疑問を呈します。
「女子寮よ。何処か別の所が良かった?」
「いえ、大丈夫です」
彼女に返答をしながら思います。
……寮なんて物があるんだな、と。
普段私は、チャールズ男爵の屋敷から歩いて登校をしています。
なので、その存在を今初めて知りました。
さて、それから幾許か、彼女にお茶を淹れて頂きました。
「美味しいかしら?」
「はい、美味しいです」
「それは良かったわ。私、人に淹れたのは初めてなの」
「そうなのですか?」
「そういう機会がなかったのよね」
彼女は運が悪いと文句を言っていました。
なるほど、そういう事もあるのだな、と思っていれば彼女は突然言います。
「あっ、そう言えば互いに名乗っていないじゃない」
確かに言われてみればその通りです。
自己紹介をするのを忘れていました。
「まず私からするわ。私はレイラ・クロージャーよ」
「えっと、私はシア・アトウッドです」
自己紹介をしながらも、疑問を抱いていました。
クロージャーというと、聞き覚えがあります。
フランツ・クロージャーさん、私に勉強を教えてくださっている方です。
どういった繋がりがあるのだろうか、と疑問に思っているとレイラさんから手を差し伸べられます。
その手を取って握手をすると、彼女は笑顔で言いました。
「宜しくね」
それからお茶をして、少し分かったことがありました。
一つめに、彼女はフランツ・クロージャーさんの娘さんであること。
二つめに、彼女は貴族様ではないこと。
そして、最後に彼女が思ったよりも庶民的で、気の強い子であること。
初めは気まずさがありましたが、少しばかりだとしても打ち解けることが出来たと思います。
グラテン帝国の本島のすぐ近くには、ヒベルニアという大きな島があります。
どうやら彼女はそちらの方の出身らしく、そちらのことを教えて頂きました。
なるほど同じ国内でも、本島とヒベルニア島ではそんなに違うのか、と驚いたのを覚えています。
さて、更に時間を経て、お茶会はお開きになります。
その際に彼女は私に言ってくれました。
「またね、シア」
とても嬉しかったのを覚えています。
村に居た頃にも確かに友達が居ました。
しかし、その頃の友達とは私の才能が分かってからは一度も会っていません。
まずそもそもとして会う機会がありませんでした。
ですからこそ、心細かった。寂しかったのです。
初めて友達が出来たような気がして、私は彼女に返事をしました
「はい!」と。