【完結】跡に残るは雪ばかり。   作:朝日橋立

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第一八話 神様は恐ろしいものです。

 初めて魔法が使えてから幾日かが経ち、私は帝都を出歩いていました。

 ふと、外に散歩をしに行きたいと思ったためでした。

 

 少しばかりの小遣いをチャールズ男爵から頂き、街に出たのは良いものの、果たして何処に行くべきだろうかと適当に歩いて行きます。

 空はいつも通りの鉛色です。

 

 人の行き交う大通りを抜け、適当な場所に腰を下ろします。

 少し疲れてしまったためでした。

 

 欠伸をして、辺りを見渡します。

 そうしていれば、珈琲ハウスの看板が目に入りました。

 ……その時は考えもしませんでしたが、その看板が読めるようになっていたということが、今考えれば驚きです。

 ついこの前までは、殆ど読めなかった筈だというのに。

 

 しかし、その珈琲ハウスには入る度胸が出ませんでした。

 それにそもそもとして、珈琲ハウスは女人禁制です。

 以前は何故か入れましたが、それはきっとチャールズ男爵の権威があったためでしょう。

 

 

 さて、それから少しばかり休んだ後、また歩き出して、惹かれるように適当な教会に近寄りました。

 ミンチェスター以来ですから、久しぶりでした。

 その教会の長方形の大きなファサードを見上げ、お邪魔させていただきます。

 

 素晴らしいゴシック建築に感動をしていました。

 すると、背後から声を掛けられます。

「君、巡礼かね?」

 

「えっと……。ただお祈りに」と返します。

 声の主は、老齢の男でした。

 もしかしたら此処の偉い人かも知れない、と緊張を覚えました。

 

「貴方様は巡礼ですか?」と、問いかけます。

「嗚呼、その通り。遠方の方、大陸の方から来たんだ。最初は神の子が生まれた場所を目指して、それから音楽の都、永遠の都、花の都、それから霧の都、ここランダインに来たのだ」

 

 彼はそこまで言うと、興奮し始めて続けた。

「それにしてもこの都は凄い。今まで色んな街を巡ったが、これ程発展した所を見たのはきっと初めてだ。古人がランダインに飽きたヤツは、人生に飽きたヤツだと言ったと聞いて鼻で笑ったが、これでは私が間違っていたと認めなければいけない」

 

 彼は何度も頷きながら続けて、ふとした拍子に顔を上げて言う。

「そういえば君、何か悩み事かな? 今の世の中、ミサでもなく、巡礼でもないというのは大抵が悩み事だからね」

 

「……さあ、どうでしょうか。私にもよくわかりません」

「それなら一つ説教でもしてやろう」

 

 彼はそういうと、ニヤリと笑って言います。

「人は絶対に間違いを犯す。我ら皆罪の子よ。姦淫によって生まれたのだ。故に、人を憎むのも許すのも自由だ。どんな人間にも良いことがあって、悪いことがある。故に、人は人であり、また君も君であるのだ。だから、君を愛すように隣人も愛せという」

 

 彼の言うことに驚き、言います。

「そのようなことを、言ったら怒られますよ」

 

 それに彼は、笑います。

「それがどうした! まず、神だって罪の数々を犯してるのだよ。彼奴らは、こちらにいい顔をしてよく虐殺をするだろう。聖職者だってそうだ。殺人を糾弾して、人を殺す。だのに、どうして私は許されない」

 

 ……彼は感じていないようでしたが、辺りから冷ややかな視線を感じます。

 正直に言えば、彼と関わってしまったことをただ後悔をしていました。

 ふと訪れただけなのに、どうしてこのような目に遭わなくてはしなくてならないのでしょうか……。

 

「あっ、あの!」と、彼の言葉を遮ります。

 このまま彼に話されると、更に厄介なことになると思いました。

「少し移動しましょう。このような場所で、こんなに大きな声で話すのは間違っています」

 

 彼は少し考える素振りを見せました。

「それもそうか」と、彼が納得したことに一安心をします。

 

 それから、私達は公園の方に移動しました。

 殿方と喫茶店に入るというのも嫌でしたし、彼だけを追い出そうにも、またあの場で話されては面倒です。

 

 さて、公園のベンチに腰を下ろしたところで、再び彼は話を始めます。

 宗教を貶す発言には、少しヒヤヒヤしました。

 一昔前ならば、燃やされても可笑しくはありません。

 

 一通り、馬鹿にし終わったのか、ふと彼は調子を変えて言います。

「君、神を感じたことはあるか?」

「えっと、特にないですね」

 

 そう言うと、彼は安心したようでした。

「そうか、それならば良い」

 その様子に疑問を抱きました。

「貴方は感じたことはあるのですか?」

 

 彼は小さく頷き、続けました。

「私はだね。北方というものに、よく縁がある。今回訪れたのもそれが要因だ。元々は北方への航海、それの食料を入札しろと上から言われたのだ。まあ、負けてしまったがね。あのクズの、安売りすることしか考えていないだろう輩が、新技術だとか言い出したから」

 

 憎々しげな声音に、苦笑いをしていると、彼は顔色を変えます。

「しかしだね、やはり私はコレで良かったと思っている。私は北方に囚われているのだよ。昔、北方に行ったことがあるのだがね、それから私の心はずっとあそこにある。」

 

 彼の顔が少しばかり悪くなった気がします。

 小刻みに震えているのです。

 

「あそこは本当に酷いところだった。雪と氷、そして丸石の平原。地獄だよ」

「そうなのですか?」

「ああ、そうだとも。今も鮮明に思い出せる」

 

 彼は苦々しく語り、最後に言いました。

 その様子は、苦しい過去を思い出すようでもあり、恍惚としている様でもありました。

「もし君があそこに行くことがあるのならば、一つだけ警告をしてやろう。あそこには神が居る。人の心を惑わす、悪魔のような神だ。だから、他人を信用してはいけない」




小話
ランダインを「霧の都」と表現したと思います。
元ネタがロンドンだと気付いている人も居るかと思いますが、そのような方で歴史に詳しい方は考えると思います。この時代、ロンドンは霧の都じゃないだろう、と。
その通りです。けれども、霧の都って使った方が分かり易いかな、と思いました。以上です。
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