私の両親を殺した死刑囚との面会まで、一ヶ月ほど前のその日、私は運動をしていました。
いつも通りに授業を受けていると、フランツ・クロージャーさんにこう言われたのです。
「運動、特に走り込みをしろ」
何故なのか、と問いかければ彼は言いました。
「これは命令だ。それに、何をするにしても体力があって損はない」
このように理由を教えては頂けませんでした。
結局、断ることも出来ず、私は頑張って走りました。
少し前までは野山で走ることはありましたが、この頃は全くといって良いほどでした。
ですから、体力は落ち、少し走っただけだというのに、気持ちが悪くて仕方がありませんでした。
息が切れ、地面に座り込みます。
既にフランツさんは、校内に戻っています。
そのため、何時まで休んでいても怒られはしません。
そもそも仮にサボっていたとしても、怒られるかは分かりませんが……。
ふと、このままずっとサボってしまおう、と考えが思いつきます。
このような考えを抱く自分が、卑怯だと思いました。
しかし、です。思ったのです。
一体どうして、私がこれ程苦しまなくてはならないのでしょうか。
私はただ運悪くこの場に居るだけなのです。
だのに、走らされています。命令を無視したら、きっと鞭で叩かれます。
一体どうして、このように責められたないといけないのでしょうか……。
そのような良くない、気分の悪くなる考えが頭を占めました。
……しかし、この考えは悪いです。
私は振り払うためにも、走ることにしました。
一度悪い考えが思いつくと、それがずっと頭の中にあります。
けれど、だからこそ、それに惑わされてはいけないと思いました。
きっと私は屑です。ですから、それに誘惑されてしまうのです。
「ふう」
小さく溜息をつき、立ち上がろうと考えた所です。
「あっ、シア」と、声が聞こえます。
「えっ、あっ、はい」と、声の主を向きます。
そこに居たのは、レイラさん、フランツさんの娘さんと以前彼女と喧嘩をしていた女性、それとその喧嘩を諫めていた女性です。
「どうしたの?」と、レイラさんが駆寄ってきて、問いかけます。
「少し疲れてしまったので、休憩をしていました」
「何してたの? 座り込むまで」
「走り込みをしていました」
彼女は感心したように言います。
「ランニングなんて珍しいわね。軍人さんでも目指してるの?」
「いえ、フランツ先生に、命令を受けたので」
「お父様の?」
彼女は少し考えるような素振りを見せ、私に言いました。
「よし、私も一緒に走るわ。良いかしら?」
「あっ、はい。大丈夫ですけど……」
私の心配をよそに、彼女は彼女の友人達に問いかけます。
「ソフィア、ルナ、貴方達もどうかしら?」
「いやよ。疲れるもの」
「えっと、私もちょっと……。あっ、応援はします!」
前者はソフィアと呼ばれた方、後者はルナと呼ばれた方です。
この二人の名前は、ソフィア・フランクとルナ・ジェイムズと言います。
ジェイムズ氏、ルナさんの父親にはそこまで悪い印象はありません。
ただの不幸な人です。
しかし、フランク氏、ソフィアさんの父親、彼は忘れることが出来ません。
ジョッシュ・フランク、まさに忌々しい男の名前です。
きっと後生において、悪魔だと言われるに違いありません。
あの見栄っ張りな顔が、今でも思い出されます。
……しかし、今現在の話はどうでも良いのです。私は過去に浸っていたい。今のことは忘れたていたいのです。
忘れましょう、忘れてしまいましょう。
……さて、私は当時彼らを知りません。
ですから、ソフィアさんにもルナさんにも特に思うところはありませんでした。
ただ、ソフィアさんは少し怖いなと思い、ルナさんは私と同じような人なのかな、と同族意識を覚えた程度です。
「少しくらい良いじゃない!」と、レイラさんが怒ったように言うのを聞きながら、深呼吸をします。
その時、気付いたことがあります。
何だか、少し気が軽くなったような気がしました。
「もう、仕方ないわね」と、レイラさんは私に向き直り、言います。
それから少しばかり、二人で走りましたが、彼女はすぐにバテてしまいました。
なので、結果として一人で走っているようなものでした。
ですが、応援してくださる方が居るというのは、大変に嬉しいものです。
その時には既に、頭にあった悪い考えが消えてなくなっていました。
一九世紀ヨーロッパでは、たぶんランニングとかは一般的ではないだろうと憶測で書いてるけど、許して……。
論文を探しても良かったけど、面倒でした。