【完結】跡に残るは雪ばかり。   作:朝日橋立

25 / 75
第二十一話 言葉というのは人の特権だと思います。

 死刑囚と会うまで、三日を残すその日、私は思い悩んでいました。

 先日、チャールズ男爵と話をしようと決めましたが、いざ話をしようとすれば難しさに気付いたのです。

 

 ……果たして、彼にどのように声を掛けるべきなのでしょうか?

 このように悩んで早四日が経っています。

 焦りが募ったのを覚えています。

 

 手をこまねいていれば、きっとチャンスがこぼれ落ちてしまいます。

 もしかしたら、それも良いのかも知れません。……いや、そんなことはやっぱり駄目です。

 

 こんな風に思考を繰り返す内に、時間はやはり過ぎていきます。

「行こう」と、小さく呟き、部屋を飛び出しました。

 堂々巡りだけではいけません。

 今、行わねばきっと私は一生行うことがないのです。

 

 チャールズ男爵が居るであろう部屋の扉を叩きます。

「誰だ?」と、誰何(すいか)の声が聞こえます。

「私です。シアです」と、返しながらも、どのように誘おうかと考えます。

 考えている内に、扉は開かれ、チャールズ男爵が顔を出します。

「シア君か、どうしたんだい?」

 

 今もなお、良い言葉は浮かびません。

 しかし、口をついて言葉が出ます。

「お茶を一緒にしたい、と思いました」

 

「分かった。……少し待っていてくれないかい」

「分かりました。談話室の方で待っています」

 

 短く会話を終え、途中お茶を貰い、談話室の方を目指します。

 談話室は、以前チャールズ男爵とチェスをした部屋です。

 思えば、この談話室の辺りはチャールズ男爵の豊かさの証明だったと思います。

 これの近くには撞球室などがありました。

 私はビリヤードを行ったことはありませんが……。

 

 さて、談話室に着いたあとは、お茶の準備をしながら悩みます。

 どのように話すべきなのでしょうか、と。

 

 しかし、結局思いつくことはなく、部屋を見渡します。

 オイルランプに照らされた本棚が目に入ります。

 そこには不自然にスペースが空いたところがあります。

 ……そこには、元々チャールズ男爵が私にくれた本が入っていました。

 

 ふと、懐かしいと思いました。

 ……ランプの光は揺らめいています。

 

 コンコンコン、と静かに扉を叩く音が聞こえます。

「どうぞ」と、声を掛けながらも椅子に座ります。

「待たせた」と、彼が言うのに、大丈夫ですと返し、お茶をカップに注ぎます。

 

 彼の座った席の前に、一つのカップを置き、もう一つのカップに口を付けます。

 えぐみが口の中に残ります。

 少し顔を顰めながらも、彼に言いました。

 

「一つ、チェスでもしませんか?」

「ああ、構わないよ」

 

 さて、それから久しぶりに彼とチェス盤を囲みました。

 何時か見た本の通りに、駒を進めます。

 序盤はよくやり合えたと思います。

 しかし、中盤には均衡が崩れ、終わってしまいます。

 何度か行いましたが、結局の所はそれの繰り返しでした。

 

「やっぱり、難しいですね」と、声を漏らす。

「上手くなってるじゃないか」

「そうですかね?」

「嗚呼、そうだとも。私が保障しよう」

 

 ふと、思ったことを問いかけます。

「チャールズさんは、どうしてチェスを始めたんですか?」

 彼は少し困惑したように返します。

「そうだな……。よく思えていないが、爺さん、祖父に誘われたからだった筈だったかな」

 

「お祖父様、ですか? ……どのような方だったのです?」

「偉大な英雄だよ」

 そう言うチャールズ男爵は、苦虫を噛みしめたような顔をしています。

 確かに偉大だと思ってはいる、というのは分かりました。

 

 その様子に、疑念を抱きます。

 そうしていれば、彼は続けてくれました。

「あの人はだね、悪魔だよ。人には言葉がある。だからこそ、解り合えるんだ。だが、彼はそれを捨てて、この国に地獄を作った。確かに暴力は簡単に障害を取り除ける。だが、それでは尊厳がない。文明人たり得ない。我々は言葉によって解り合わねばならないのだよ」

 

 この場しかない、と質問を投げかけます。

「もし仮に、です。チャールズさん、貴方の前に大きな障害があったとします。大きな動くことがあり得ない壁です。その時、貴方ならどうしますか?」

 彼は少し考える素振りを見せ、答えました。

「迂回する。壁があるということは、それに何らかの意義があるということだろう。それを単純に崩す、なくすというのは文化や歴史の喪失だと私は思う。全てを平定することには、何の意味もない。それでは物事は成立たなくなってしまうだろう」

 

 その時、私は確信めいたものを覚えます。

 彼はきっと、私の両親の死に関与はしていない。もし仮に関与をしていたとしても、それは彼の知らぬ所での話だろう、と。

 

 ……この勘が、間違っているのだとしたら、私はきっともう駄目でしょう。

 けれども、思ってしまったのです。彼を信用するべきだ、と。




小話

灯りは基本的に本作はランプで行きます。
私の知る限りで電気を用いた電灯は、アーク灯が最初です。
本作は時系列的に言えば、1840年代ですのでありません。1860年代に生まれたアーク灯はありません。
もしこの1,840年代に他の灯りがあれば教えていただければ幸いです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。