死刑囚と会うまで、三日を残すその日、私は思い悩んでいました。
先日、チャールズ男爵と話をしようと決めましたが、いざ話をしようとすれば難しさに気付いたのです。
……果たして、彼にどのように声を掛けるべきなのでしょうか?
このように悩んで早四日が経っています。
焦りが募ったのを覚えています。
手をこまねいていれば、きっとチャンスがこぼれ落ちてしまいます。
もしかしたら、それも良いのかも知れません。……いや、そんなことはやっぱり駄目です。
こんな風に思考を繰り返す内に、時間はやはり過ぎていきます。
「行こう」と、小さく呟き、部屋を飛び出しました。
堂々巡りだけではいけません。
今、行わねばきっと私は一生行うことがないのです。
チャールズ男爵が居るであろう部屋の扉を叩きます。
「誰だ?」と、
「私です。シアです」と、返しながらも、どのように誘おうかと考えます。
考えている内に、扉は開かれ、チャールズ男爵が顔を出します。
「シア君か、どうしたんだい?」
今もなお、良い言葉は浮かびません。
しかし、口をついて言葉が出ます。
「お茶を一緒にしたい、と思いました」
「分かった。……少し待っていてくれないかい」
「分かりました。談話室の方で待っています」
短く会話を終え、途中お茶を貰い、談話室の方を目指します。
談話室は、以前チャールズ男爵とチェスをした部屋です。
思えば、この談話室の辺りはチャールズ男爵の豊かさの証明だったと思います。
これの近くには撞球室などがありました。
私はビリヤードを行ったことはありませんが……。
さて、談話室に着いたあとは、お茶の準備をしながら悩みます。
どのように話すべきなのでしょうか、と。
しかし、結局思いつくことはなく、部屋を見渡します。
オイルランプに照らされた本棚が目に入ります。
そこには不自然にスペースが空いたところがあります。
……そこには、元々チャールズ男爵が私にくれた本が入っていました。
ふと、懐かしいと思いました。
……ランプの光は揺らめいています。
コンコンコン、と静かに扉を叩く音が聞こえます。
「どうぞ」と、声を掛けながらも椅子に座ります。
「待たせた」と、彼が言うのに、大丈夫ですと返し、お茶をカップに注ぎます。
彼の座った席の前に、一つのカップを置き、もう一つのカップに口を付けます。
えぐみが口の中に残ります。
少し顔を顰めながらも、彼に言いました。
「一つ、チェスでもしませんか?」
「ああ、構わないよ」
さて、それから久しぶりに彼とチェス盤を囲みました。
何時か見た本の通りに、駒を進めます。
序盤はよくやり合えたと思います。
しかし、中盤には均衡が崩れ、終わってしまいます。
何度か行いましたが、結局の所はそれの繰り返しでした。
「やっぱり、難しいですね」と、声を漏らす。
「上手くなってるじゃないか」
「そうですかね?」
「嗚呼、そうだとも。私が保障しよう」
ふと、思ったことを問いかけます。
「チャールズさんは、どうしてチェスを始めたんですか?」
彼は少し困惑したように返します。
「そうだな……。よく思えていないが、爺さん、祖父に誘われたからだった筈だったかな」
「お祖父様、ですか? ……どのような方だったのです?」
「偉大な英雄だよ」
そう言うチャールズ男爵は、苦虫を噛みしめたような顔をしています。
確かに偉大だと思ってはいる、というのは分かりました。
その様子に、疑念を抱きます。
そうしていれば、彼は続けてくれました。
「あの人はだね、悪魔だよ。人には言葉がある。だからこそ、解り合えるんだ。だが、彼はそれを捨てて、この国に地獄を作った。確かに暴力は簡単に障害を取り除ける。だが、それでは尊厳がない。文明人たり得ない。我々は言葉によって解り合わねばならないのだよ」
この場しかない、と質問を投げかけます。
「もし仮に、です。チャールズさん、貴方の前に大きな障害があったとします。大きな動くことがあり得ない壁です。その時、貴方ならどうしますか?」
彼は少し考える素振りを見せ、答えました。
「迂回する。壁があるということは、それに何らかの意義があるということだろう。それを単純に崩す、なくすというのは文化や歴史の喪失だと私は思う。全てを平定することには、何の意味もない。それでは物事は成立たなくなってしまうだろう」
その時、私は確信めいたものを覚えます。
彼はきっと、私の両親の死に関与はしていない。もし仮に関与をしていたとしても、それは彼の知らぬ所での話だろう、と。
……この勘が、間違っているのだとしたら、私はきっともう駄目でしょう。
けれども、思ってしまったのです。彼を信用するべきだ、と。
小話
灯りは基本的に本作はランプで行きます。
私の知る限りで電気を用いた電灯は、アーク灯が最初です。
本作は時系列的に言えば、1840年代ですのでありません。1860年代に生まれたアーク灯はありません。
もしこの1,840年代に他の灯りがあれば教えていただければ幸いです。