死刑囚との面会、その一日前です。
何か心が酷くさざめきました。
授業にも完全に集中は出来ませんでした。
どこかフワフワしているような、現実感の欠乏です。
しかし、フランツさんは、それを気にしていない様子でした。
もしかしたら、気にしているのかも知れませんが、私には気づけませんでした。
彼は一貫して、威厳のある先生を演じていたのだと思います。
授業が終わってあと、校内を歩きました。
特に大それた理由はありません。
けれども、何か悩むだけでは、結局の所悩みが深化するだけに思われました。
適当な木陰に腰を下ろし、空を見上げます。
明澄は珍しくもどこまでも続いています。
不安な程に空は深いです。
悩み事に、溜息を漏らせば声が聞こえます。
「あっ、シアさん、どうしたの?」
声の主は、この前知り合ったルナさんでした。
私よりも一回りほど大きい彼女は、いつの間にやら近くに居たようです。
「そうですね……。何と言いましょうか」
少し適当に掻い摘まんだ話を考えます。
ルナさんは、こちらの言葉を待っていてくれるようです。
「もし仮にです。ルナさんに、憎い相手がいたとします。その相手と会うときに、どのような感情であるべきなのでしょうか」
どうも適当にまとめることは出来ず、知りたかったことだけを言葉にします。
彼女は少し悩んだ様子を見せ、そして答えました。
「どれ程の憎い相手によっては違うと思うけれど、……自分がその時に思ったことをそのままにして良いと思うよ。何て言えば良いのかは分からないけど……。憎いなら怒っていても良いと思うし、許せるのなら許してあげて」
なるほどと思いながらも、感謝を述べていれば更に声が聞こえます。
「ルナ、探したわよ」
その声から、レイラさんだと分かります。
「あっ、ごめんなさい」と、ルナさんが振り返る際に、ソフィアさんも見えました。
「シアさんのお悩みを聞いていまして」と、ルナさんが申し開きをして初めて気付いたのか、レイラさんが驚いたように声を発します。
「あっ、シアも居たのね」
「お久しぶりです」と、頭を下げれば、レイラさんは問いかけてきます。
「何か悩み事でもあるの?」
「えっと、はい」
少し迷いながらも答えると、彼女は言います。
「聞いてあげるわ。教えて頂戴」
それじゃあ、とルナさんに聞いたことと同じ事を聞けば、レイラさんは悩むように唸ります。
そして、それを傍目にソフィアさんが言いました。
「唾を吹っ掛けてやりなさい」
「えっ」と、声が漏れたのを覚えています。
その様子を気にせず、彼女は続けました。
「憎いという事は、何かをされたのでしょう。だのに、許しでもしたら相手は調子付く。それから更に無礼を働くわ。だから、唾でも吹っ掛けて、叩かないだけ寛大でしょうとでも言えば良いわ」
「ちょっとソフィア……」と、レイラさんは諫めるに言います。
「貴方も同じ事を言うでしょう」と、ソフィアさんは言い返します。
それに、レイラさんは言い淀んでいます。
彼女も似たようなことを言おうとしていたのでしょう。
しかし、これは乱暴が過ぎます、と思っていればルナさんも同じように思ったのでしょう。
「流石にそういうのは……。例えどのような人にも、そのようなことはいけません」と、諭します。
「でも、威圧しないと舐められるわ」
「ですが、そんなことをすれば天罰が下りますよ」
「それじゃあ、私には天誅が下るわ。なのに生きているのだから、そんなものはないわ」
そのようにソフィアさんと、ルナさんは言い合いを続けていました。
それをよそに、レイラさんは私に声を掛けてきます。
「もし相手と出会って、憎くて仕方がない、殺してしまいたいなんて思ったら、ソフィアが言うように唾を掛けなさい。そうしたら、少しは気が晴れるわ。でも、そうしたら話し合いとかは出来ないと思うから気を付けてね」
彼女の助言に、少し想像をします。
私はもしあの死刑囚に出会ったら、殺したいと思うのでしょうか?
もし仮にそう思ったのなら、私は彼を殺そうとするのでしょうか?
……全身に寒気が走るのを感じながらも、彼女に返しました。
「はい……。分かりました」