【完結】跡に残るは雪ばかり。   作:朝日橋立

26 / 75
第二十二話 三者三様な考えがあります。

 死刑囚との面会、その一日前です。

 何か心が酷くさざめきました。

 授業にも完全に集中は出来ませんでした。

 どこかフワフワしているような、現実感の欠乏です。

 

 しかし、フランツさんは、それを気にしていない様子でした。

 もしかしたら、気にしているのかも知れませんが、私には気づけませんでした。

 彼は一貫して、威厳のある先生を演じていたのだと思います。

 

 授業が終わってあと、校内を歩きました。

 特に大それた理由はありません。

 けれども、何か悩むだけでは、結局の所悩みが深化するだけに思われました。

 

 適当な木陰に腰を下ろし、空を見上げます。

 明澄は珍しくもどこまでも続いています。

 不安な程に空は深いです。

 

 悩み事に、溜息を漏らせば声が聞こえます。

「あっ、シアさん、どうしたの?」

 声の主は、この前知り合ったルナさんでした。

 私よりも一回りほど大きい彼女は、いつの間にやら近くに居たようです。

 

「そうですね……。何と言いましょうか」

 少し適当に掻い摘まんだ話を考えます。

 ルナさんは、こちらの言葉を待っていてくれるようです。

 

「もし仮にです。ルナさんに、憎い相手がいたとします。その相手と会うときに、どのような感情であるべきなのでしょうか」

 どうも適当にまとめることは出来ず、知りたかったことだけを言葉にします。

 彼女は少し悩んだ様子を見せ、そして答えました。

「どれ程の憎い相手によっては違うと思うけれど、……自分がその時に思ったことをそのままにして良いと思うよ。何て言えば良いのかは分からないけど……。憎いなら怒っていても良いと思うし、許せるのなら許してあげて」

 

 なるほどと思いながらも、感謝を述べていれば更に声が聞こえます。

「ルナ、探したわよ」

 その声から、レイラさんだと分かります。

「あっ、ごめんなさい」と、ルナさんが振り返る際に、ソフィアさんも見えました。

 

「シアさんのお悩みを聞いていまして」と、ルナさんが申し開きをして初めて気付いたのか、レイラさんが驚いたように声を発します。

「あっ、シアも居たのね」

 

「お久しぶりです」と、頭を下げれば、レイラさんは問いかけてきます。

「何か悩み事でもあるの?」

 

「えっと、はい」

 少し迷いながらも答えると、彼女は言います。

「聞いてあげるわ。教えて頂戴」

 

 それじゃあ、とルナさんに聞いたことと同じ事を聞けば、レイラさんは悩むように唸ります。

 そして、それを傍目にソフィアさんが言いました。

「唾を吹っ掛けてやりなさい」

 

「えっ」と、声が漏れたのを覚えています。

 その様子を気にせず、彼女は続けました。

「憎いという事は、何かをされたのでしょう。だのに、許しでもしたら相手は調子付く。それから更に無礼を働くわ。だから、唾でも吹っ掛けて、叩かないだけ寛大でしょうとでも言えば良いわ」

 

「ちょっとソフィア……」と、レイラさんは諫めるに言います。

「貴方も同じ事を言うでしょう」と、ソフィアさんは言い返します。

 

 それに、レイラさんは言い淀んでいます。

 彼女も似たようなことを言おうとしていたのでしょう。

 しかし、これは乱暴が過ぎます、と思っていればルナさんも同じように思ったのでしょう。

「流石にそういうのは……。例えどのような人にも、そのようなことはいけません」と、諭します。

 

「でも、威圧しないと舐められるわ」

「ですが、そんなことをすれば天罰が下りますよ」

「それじゃあ、私には天誅が下るわ。なのに生きているのだから、そんなものはないわ」

 

 そのようにソフィアさんと、ルナさんは言い合いを続けていました。

 それをよそに、レイラさんは私に声を掛けてきます。

 

「もし相手と出会って、憎くて仕方がない、殺してしまいたいなんて思ったら、ソフィアが言うように唾を掛けなさい。そうしたら、少しは気が晴れるわ。でも、そうしたら話し合いとかは出来ないと思うから気を付けてね」

 

 彼女の助言に、少し想像をします。

 私はもしあの死刑囚に出会ったら、殺したいと思うのでしょうか?

 もし仮にそう思ったのなら、私は彼を殺そうとするのでしょうか?

 

 ……全身に寒気が走るのを感じながらも、彼女に返しました。

「はい……。分かりました」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。