【完結】跡に残るは雪ばかり。   作:朝日橋立

27 / 75
第二十三話 罪を許さず、人も許しはしません。

 その日は、朝から教会に赴きました。

 そこで、若い修士の方に待機を命じられました。

 

 修士の方は、冷たい人だと思いました。

 それが何故なのかは私には分かりません。

 しかしながら、何となくの予想は付きます。

 

 私が魔法を使える、というのが彼らには伝えられていたのでしょう。

 だとしたら、年若い彼が私を敵視するのは当然のことです。

 そもそも教会は、本来魔法を認めていないのです。

 ですから、魔女狩りの惨禍が起こったのでしょう。

 

 さて、けれどもそんなことはどうでも良いことです。

 待機室では、深呼吸を何度繰り返しても落ち着きを得ることはありませんでした。

 ただ緊張を抱いていたのです。

 

 数分の時を経たあと、先程の修士が戻ってきました。

 そして面会に関する諸注意をする、と三つの事柄を言います。一つに、囚人を助ける行為を禁じる。二つめに、囚人をみだりに脅迫するのを禁じる。そして、最後に面会室で行われうる行為に、教会は何ら保障はしない。

 

 それから、面会室の目前まで来たときに彼は言った。

「これから面会だが、一応の警告はしておく。辛抱をしておくれ。罪人は然るべき場所で裁かれるべきであって、私刑によって裁かれるべきではない」

「……勿論です」

 

 私の返答に彼は頷き、そして扉を開きました。

 そこに入れば、男が三人居ます。

 一人は縛られており、残りの二人は帯刀をして、いつでも縛られた人を殺せる様子でした。

 

「どうも、お久しぶりです」と、縛られた男に言い、遠くに置かれた椅子に座ります。

 その縛られた男は、お父様を刺し殺した鉈を持った男です。

 彼は役人に撃たれた筈だのに、生きていたのです。何と恐ろしいことでしょう。

 

 その男は、嗤った調子で言います。

「よお、お嬢ちゃん」

 

 彼の言葉に、当時の私は何を思ったのでしょうか?

 嘲笑をよく覚えています。

 彼の嗄れた声、小馬鹿にした調子をよくよく覚えているのです。

 

 しかしながら、それに対して怒りを覚えた記憶はありません。

 私は何か、酷く耐え難い感情の奔流を感じては居ませんでした。

 何故か彼のことを憐れだと思いました。

 

 予想外の感情に翻弄されたのを覚えています。

 どうして怒りが湧かないのか、ただただ疑問でした。

 

「まず、貴方に聞きたいことがあります」と、声を発します。

 自分が考えるよりも間の抜けた声でした。

 昼下がり、井戸端で出すような声です。

 

「貴方は、私の両親を殺した時に言いました。『アイツめ嘘だったか』と。果たして誰に情報を与えられたのでしょうか?」

 私の問いを聞いた男は、呆気に取られた様子でした。

 その様子がただただ不愉快でした。

 

 何時まで経っても答えない彼に再度同じ事を問いかければ、やっと彼は答えます。

「誰だと思う?」

 ……不快でした。

 

「そうですね……。偶然耳に入ったという所でしょうか?」

「さてな?」

「はあ……」

「俺が情報をやるんだ、何か対価をくれるってのが礼儀だろう」

 

 ふふ、と笑いが出たのを覚えています。

 それが単に男が滑稽なために出たのかは分かりません。

 しかし、男がいまだに何か交渉をしようとしているというのは、お笑い話でしょう。

 

「そうですね……。ミンチェスターで一掃されることから、着の身着のままで逃げ出したという所でしょうか。そのため、何か一攫千金を狙って私達の家を襲った。そうして、予想外なことに私達の所には金がなかった。だからこそ、金を探すために止まって、結局の所は全滅してしまった。……面白い話です」

 

 適当な予想を話せば、彼は体をびくりと動かします。

 当ったのでしょう。

 しかし、この程度のことは誰にでも予想は付きますから、信用は出来ません。

 

「それじゃあ、一つ交渉をしましょう。私があげられるのは、貴方の未来。そうして、貴方が与えるのは貴方に情報をあげた方です。もし仮に、貴方の情報が嘘だったら貴方の未来は潰えます」と、彼の交渉に乗ってみることにしました。

 

 彼は考えるような素振りを見せました。

 ですから、五からカウントダウンをします。

 考える時間を与えなければ、人はボロを出すものでしょう。

 

 一までを数えたところで、彼は焦ったように言います。

「分かった。言う。言わせてくれ」

 

 心中でただ笑いながら、彼に視線で話を促します。

「俺らは北部を目指してた。あそこには大して中央の支配が及んでいないから。だが、途中で、あの村の近くで役人の馬車を見たんだ。だから、森に潜んでいた。本当だ。そこで、村のヤツが話してるのを聞いたんだ。あの村に魔法が使えるヤツが出たって」

 

 それから、彼が語ったのは至ってシンプルな事柄です。

 森に潜んで、娘を売った親から金を奪ってやろうとしたそうです。……義賊を騙ろうとしたそうです。

 実際には、単なる強盗殺人で終わりましたが。

 

 さて、それを黙って見ていれば、彼は焦ったように言葉を続けます。

「本当の事なんだ。信じてくれ。お願いだ。命だけは……」

 

 彼の様子からは、嘘を見られませんでした。

 ですからこそ、彼は用済みとなりました。

 もう既に彼に聞きたいことは全くありませんでした。

 彼がどうしてそのような凶行に及んだのかは、彼自身が語りましたし、私の情報を渡した存在も分かりました。それは不幸でした。

 

「貴方に一つ良い教訓を与えましょう」と、一つ何かを与えやろうと思い、言葉を発します。

 彼は、それに救われたような顔をしました。

 

「昔の偉い人は、罪を憎んで人を憎まずと言ったそうです。しかし、一体どうしてこれがまかり通るでしょう。罪を犯すのは総じて人です。だのに、罪が罪であるのに、人が一体罪でないことがどうしてあり得ることでしょうか?」

 

 呆気に取られた男を、少々憐れに思えました。

 

「そもそもです。罪を犯したのです。その罪は当然許されません。だのに、人が許されるなどお笑い話でしょう」

 彼は怒ったように言います。

「お前は、俺に未来を与えると言っただろう!」

 

「しかし、未来とは一体どういう事でしょう? 単に現在からその先に続くものが未来だ、と私は考えます。であれば、貴方はその未来を与えられたでしょう? 確かに私は未来を与えていませんが、私の質問によって貴方は、私によって私にしか与えられない未来を享受しました。であれば、私は嘘を言っていないことになります。詭弁だと思いますか? しかし、この詭弁に貴方に貴方は弄された。愚かは罪ではありませんが、同時に罪にもなり得るのです」

 

 適当な事を言い残し、面会室の外から出ました。

 それから、修士の方々にお礼を言い、協会の外に出ます。

 ……外は時雨が降っています。

 誕生日だというのに、何と縁起の悪い話でしょうか?

 

 思えば、親を殺した輩に怒らない私を、神様はお叱りなのかも知れません。

 しかし、仕方のない話です。私は屑なのです。

 何か大それた復讐に魅力を感じなかったのです。だからこそ、静かに私は彼を殺しました。

 彼はきっとこれからその短い人生を、その後悔の中に、もしくは憎しみの中に生きることでしょう。

 であるのならば、それが私の出来る最大の復讐であり、贖罪でもあるのです。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。