【完結】跡に残るは雪ばかり。   作:朝日橋立

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第二十四話 七転八起とも言います。

 誕生日というのは、私自身好きなものです。

 何か明確に成長したような気分になれますし、ささやかではありますが、豪華な食事にもありつくことが出来ました。

 特別覚えているということはありませんが、楽しかったという記憶だけ残ります。

 

 十一歳の誕生日というのも、確かによくよく記憶には残っています。

 あの死刑囚を、大変に憐れだと思えました。

 しかし、一体それだけで良い記憶ではありません。

 教会から帰った後は、単に勉強し、寝るだけのいつも通りの生活でした。

 

 もしや、これが老成ではないか、とも思います。

 特別な事をなかったことにして、何時しかその些末な感慨を忘れるのです。

 

 ……思えば、私が老成をし始めているというのは、恐ろしくもあります。

 言うなれば過去からの脱却、また別の言い方をすれば、過去の喪失。

 この事実は悲しくあります。

 

 ただ運が悪かったのです。

 私の人生は、何事もこの事実に帰します。

 些細な喜びもやがては水泡と化すのです。

 

 しかし、それもまだ未来の話です。

 その時はいまだに私は、喜びの渦中にあったと考えます。

 

 誕生日の翌日です。

 私はチャールズ男爵と談話室で話をしていました。

 

「彼との話はどうだった?」と、チャールズ男爵は件の死刑囚を差して言います。

 回答を迷います。

 確かに知りたいことは知れました。

 ですが、決して有意義であったとは思えませんでした。

 

「……ただ憐れだと思いました」

「憐れ?」と、チャールズ男爵は復唱します。

「はい。人を殺すことも厭わない人が、他者からの慈しみを期待して、それに甘んじている。これを私は落ちぶれたと思いました」

 

 しかし、考えればそうです。

 人を殺すことを厭わないからこそ、恵みを期待するのではないでしょうか?

 自分は悪くないと思うからこそ、他者を自分のために害するのです。

 ですから、そう考えるのが最も良かったのかも知れません。

 

 けれど、当時はそれに気づけなかったのも仕方がありません。

 この時、私は人には他者と協力し合える善性があるのだと、無根拠に盲信をしていました。

 

 さて、私の返答を聞いたチャールズ男爵は、悩ましく唸り答えます。

「彼は最初から落ちぶれていたよ。だからこそ、人から奪うことを厭わない」

「そうでしょうか?」

「そんなものだよ。人は学ばなければ何も知らないんだ。シア君もそうだろう」

「そうですけど……」

 

 納得できる節もありましたが、些か受入れることは出来ませんでした。

 彼の論調では、知らなければ何事も仕方がないと言うことになります。

 では、罪だと知らなければ人を殺しても問題はないと言えるのでしょうか?

 

 それに、と彼は話を続けます。

「学ぶ機会というのは、対等ではない。学べる人も居れば、学べない人も居る。これを置き換えれば貧富の差だろう。だから、皆に学ぶ機会と失敗しても受け入れる世界が必要なのだけどね……」

 

 ……思えばそうです。

 私はきっと、嫌な過去から少しばかり立ち直ることが出来ました。

 確かに両親の死を明確に覚えています。

 ですが、不思議と罪の意識が薄れているのだと思いました。

 

 罪を忘れること、これ自体がきっと私の罪です。

 人は確かに過ちを犯すものです。人生というのは失態の累積です。

 ですから、そのを失敗を忘れてはならないのだと思います。

 その点、私は酷い大罪人であると否定できません。

 

 しかし、言訳紛いになりますが、その事実から目を背けたかったのです。

 私は確かに罪人です。けれど、その罪を忘れたかったのです。

 チャールズ男爵とも少し中を戻すことが出来、そして少しずつ友達と言えるかも知れないものも出来ました。

 ただ罪から解放された新しい生活が欲しかった……。

 しかし、これが罪、呪縛からの解放か、それとも新たな呪縛を増やすことになるのか、当時の私には分かりませんでした。

 

 ……さて、それから少し沈黙がありました。

 少々気まずい静けさです。

 

 それに嫌気が差したのかチャールズ男爵は突然声を発します。

「確か、シア君の誕生日は近頃じゃなかったか?」

「あっ、はい。昨日でした」

 

 その返答を聞き、彼は少し驚いた様子を見せます。

 私自身も、どうして彼が私の誕生日がいつ頃かを知っていたのか、と疑問というか驚きを抱いていました。

 思い出せば、この状況は少し面白いです。

 

 彼は焦ったように言葉を続けました。

「何か欲しいものはあるかい?」

 その様子に少し笑いを零しながら、彼に返します。

 

「大丈夫です」

「それじゃあ、何か食べたいものとかはあるかい?」

「いえ、特には……。私はもう満足しています」

 

「分かったが」と彼は少し考える素振りを見せ、私にこう言い残し部屋を出て行ってしまいました。「部屋に戻っておいてくれ」

 

 それに呆気に取られながらも、大人しく部屋に帰ります。

 それから数分の後に、扉が三度叩かれます。

「どうぞ」と、入室を促すと息を切らしたチャールズ男爵が居ました。

 

「これしかなかったが、シア君にあげよう」

 彼はそう言うと、私にペーパーナイフを渡してきます。

 疑問を抱いていれば彼は言いました。

「大切な誕生日だ。祝わせておくれ」

 

 それに嬉しさを抱きました。

「ありがとうございます」と、頭を下げ、ペーパーナイフを見ます。

 それは質素に作られた物で、珍しいことに刃が着けられていました。

 

「それじゃあ、お休み」と、チャールズ男爵は満足したのか去って行きます。

「お休みなさい。チャールズさん」と、彼に言い返したあと、再びペーパーナイフを見つめます。

 

 ペーパーナイフには、部屋の明りが反射して、温かい光を発しています。

 ふと思い立って傾けたところで気付きます。

 どうやら本日は晴れていたようです。

 冷たい、そして明るい月の光が目に入りました。




第二章本編はおわりです。
次回からたぶんちょっとした閑話を挟みます。
閑話も終わったら「第二章おわり」と書きます。
以下、二章振り返りURLです。(ハイパーリンクが使えた気がしますが、やり方が分かりませんでした。)
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=324204&uid=419969
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