【完結】跡に残るは雪ばかり。   作:朝日橋立

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閑話五 フランツ・クロージャーという人間について

 フランツは、彼の書斎で日記をしたためていた。

 彼にとって日記を書くというのは、一つの職業病であった。

 何百日も航海日誌を書き続けるのだから、当然それが癖にもなるのだ。

 

 その途中、部屋に彼を呼ぶ声が響いた。

「クロージャー卿、いるかね?」

 

 その呼び声の正体を考えながら、フランツは思う。

 確か今日はフランク卿との面会があった、と。

 

「はいりたまえ」と言いつつ、席を立つ。

 ジョッシュ・フランク卿は、海軍大佐であり、此方よりも位は高い。多少無礼を感じようと、礼を忘れることは許されなかった。

 

「それで何用だね?」と、フランツは問いかけ、再度椅子に腰を下ろす。

 フランク卿は、向かいの椅子に座り、此方に言った。

「クロージャー卿、君に頼みがあるんだ。宜しいかね?」

 

 フランツは視線で話を促した。

「例の航海、北方のヤツだ。あれに現状の船員だけでは十分ではない、と私は考えている」

 彼の話し始めたことに、フランツはある程度の納得を抱いていた。

 現状、北方に慣れた人間が、フランツ自身とフランク卿、加えて軍医程度しかいないのである。

 これでは成功する遠征も失敗してしまうだろうし、そもそも無理のある人員の計画であった。

 

「だからこそ、私は魔法を使える人材が必要だと思った。魔法使いだ。だが、この人員要請は政府の方に却下された。けれどだね、チャールズ男爵が居るだろう。彼に快く協力していただいたのだよ。政府に認知されていない魔法使い。それも医療に使えると来た。これで軍医の補佐を減らす事が出来る」

 

 フランク卿は嬉々として語り、そうしてフランツを見た。

「その為に、クロージャー卿、貴方にその魔法使いの育成をお願いしたい。君は学校の講師でもあるだろう。どうだね?」

 その提案に有益さを感じ、フランツは言う。

「勿論だが、その人材の資料を見せてはくれないかね?」

 

 フランク卿は、その返事に喜びを滲ませ、フランツに資料を手渡す。

 その様子からして、そもそも断られることを考えては居ないようだった。

 

 さて、フランツはその資料を捲って、眉を潜める。

「フランク卿、こう言うのは失礼かも知れないが、正気か?」

「嗚呼、正気だとも。良い人員であろう?」

 

 ……遂に気でも狂ったか、と疑惑が湧く。

 資料に書かれた人間は、少女であった。

 それも現状の年が十歳。

 フランツにも娘が居るのだが、それより何歳も下である。

 

「……もう一度聞こう。正気か?」

「勿論だとも」

 

「そもそもとして親の許可は取れたのか?」

「運命の巡り合わせさ。彼女の親はどちらも死んだよ」

「……殺したのか?」

「いや、本当に偶然さ。この頃運が良いんだ」

 

 その様子から、フランツは確信に至った。

 フランク卿は既に狂っている、と。

 

「……これには乗れない。到底正気には思えない」

 フランツは悩むことなくそう宣言する。

 そうすれば、フランク卿は溜息がちに言う。

「そう言われると思ったよ。交渉をしようじゃないか」

 

「交渉?」と、フランツは復唱する。

「嗚呼、交渉だ。君は大尉になりたいとは思わないかね? 私も惜しいと思うんだ。君のような優秀な人材が中尉で燻っているというのは」

 

 フランク卿の提案に、フランツは迷った。

 フランツ自身の生まれは卑しい。

 本当生まれであるのなら、既に大尉に上がっていたことが察せられる。

 ……これを逃せば、もしやこのまま昇格がないのではないか、と不安がよぎった。

 

 しかし、娘よりも幼い少女を犠牲にした称号に意味はあるのだろうか。

 フランツの生まれに誉れはない。

 だからといって、その身分まで誉れを失う必要はあるのだろうか?

 

 しかし、しかしと葛藤を重ねた。

 その挙げ句彼は答えた。

「……乗ろう」

 その時、フランク卿は醜く笑っていた。

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