いつも通りにフランツさんの授業を受けていました。
この時に何を教わったのかをよく覚えては居ません。
今まで多くのことを教えて貰っていますから、その内容を覚えていても、どの授業がどれだったかは流石に忘れてしまいました。
しかし、授業のあとに雑談をしたことは覚えています。
失礼なのかも知れませんが、私の脳はきっと単純なのです。
最初、フランツさんが声を発しました。
「此処で何か良い経験は出来たか?」
その質問の意図が分からず、戸惑ったのを覚えています。
この経験が、授業を指しているのか、それとも生活を指しているのか。これが私には分からなかったのです。
「はい、出来ました」
何を指しているのかを考えるまでもないだろう、と気付いた為に答えます。
どちらにしろ私は良い経験が出来ましたから。
授業にしても、私は本来の私では知る由のないことを知れました。
例えば人体の詳しいことや、ちょっとした政治に関してのこと何かは、故郷ではきっと一生涯学ぶことはなかったでしょう。
また、生活にしてもそうです。
レイラさんやルナさん、ソフィアさんとも知り合うことが出来ました。
彼女らとも本来では、絶対に関わり合いのなかった人です。
ですから、私は心からその返答が出来ました。
フランツさんは、ふと安堵したような表情を見せ、それを直ぐに引き締めました。
「それは良かった。短い期間であるが、これからもより良い思い出を作ってくれたまえ。君にとって此処が有意義な場所であることを祈るよ」
彼の様子が少々疑問に思えました。
彼にとって、私の心情というのは特に考える必要のないことだと思われたのです。
「突然どうしたのですか?」
堪えることが出来ず、疑問を呈します。
フランツさんは、気難しい表情のまま回答をくれました。
「もし将来辛いことがあったとき、何か良い経験があると言うことは、メリットだと思っている」
「どうしてですか?」
「そうだな……。過去に縋る、というのは一番簡単な現実逃避だからだ」
この問答の中で、彼が言った良い経験の正体に気付きました。
これはまず間違いなく、生活の中の思い出でした。
「尤も最上は、そんな困難が訪れないことだ。けれど、備えは忘れてはいけない」
ふと、疑問に思ったので問いかけます。
「もし仮に、懐古ですら逃げられない現実があったら、どうすれば良いのでしょう?」
彼は悩むような顔を見せ、答えました。
「その時は、誰か適当な人の責任を追及すれば良い。それか、自分の運命を呪うなんてのが良いだろう。大陸の詩人は、自己憐憫を小馬鹿にしたが、私は自己憐憫をするべきだと思っている。結局、それの否定は前後不覚に陥っていないから言えることだ。明確な出口がないとき、人は弱気になってはいけない」
いまいち理解が出来ませんでした。
きっと、それを彼も察したのでしょう。
「私の知合いに、ジョッシュ・フランクという男が居る。彼は昔、聞くところによると北方で遭難したらしい。この時の話を彼に聞いたが、彼は陽気に言っていた。今は運が悪いがいずれ幸運が来る、自分たちは助かる、と信じて行動をしていたと。彼は現実的視点を捨てた訳だ」
何か少し小馬鹿にしたような印象を受けました。
今思えば、フランツさんはジョッシュ・フランク氏を好ましく思っていなかったのでしょう。
彼の人となりは、確かに好ましいものではありませんでした。何処か空疎な、何かに取憑かれたような人、ただ恐ろしい人でした。
「だからこそ、言える。自分が悪い、と不幸ばかりを見てはいけない。そうなれば、出口のない迷宮だろう。辛いときは、現実を見ないことが次善だ」
「現実を見ないこと、ですか」
理解は出来ましたが、かといって納得は出来ませんでした。
無根拠の自信は、ただ自分を殺すだけに思えたのです。
「まあ、今さえ見なければ良い訳だ」と、彼は追記をしました。
尚も私にはよく分りませんでした。