【完結】跡に残るは雪ばかり。   作:朝日橋立

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第二十八話 つまらない記憶です。

 その日は、チャールズ男爵に誘われ、帝都を散歩していました。

 雲は珍しいことに薄く、青空は見えませんでしたが、それでも街全体が明るかったです。

 

 良いことでもあるかな、と空を見上げていれば、チャールズ男爵は言いました。

「そうだな、何か本でも買おうと思うんだが、欲しい本はあるかい?」

 彼の指し示す先には、サッチャー書店と銘打たれたお店がありました。

 

 少し考えました。

 勉強で他に必要な本があったか、と。

 

「うーん、たぶん大丈夫です。けど、少し探しても良いですか?」

 

 チャールズ男爵の承諾を得て、私達は書店にお邪魔しました。

 そこには沢山の本があったことを覚えています。

 

 紙というのは、そう大して安いものではありません。

 当然、本も高かった記憶があります。労働者階級の人でも買える程度ではありますが。

 

 さて、背表紙をなぞっている内に、興味深い本を見つけます。

 A・ポーという作家によって書かれた「モーグ街の殺人」というタイトルの小説です。

 何やら過激なタイトルだ、と少々目に止まったのでした。

 

 その様子に気付いたのでしょう。店の人は言いました。

「それは去年、クリスティーナの方で出た探偵小説だった筈」

 

 それが決定打だったのでしょう。酷く興味を惹かれることになります。

 グラテン帝国のかつての大きな植民地、既に影響力の大部分を失った大陸、それがクリスティーナ大陸です。

 そこの人が書いた探偵小説? という初めて聞いたジャンルの本なのですから、興味を惹かれないことが無理でした。

 

 チャールズさん、チャールズさん、と声を掛け、手に持った本を示します。

 

「これを買ってくれませんか?」

「もちろん。他にはあるかい?」

「もう大丈夫です。たくさんあっても消化出来ませんから」

 

 遠慮をしながら、チャールズ男爵が持っている本を一瞥します。

「新共和」と題された雑誌、それと小難しそうな本ばかりでした。

 前は宗教に関する本ばかりを読んでいた気もしますが、この頃はこのような思想に関する本ばかりでした。

 

 考えの変化と言うべきでしょうか?

 この時期の彼には、そのようなものがあったのかも知れません。

 私の知るところではありませんし、きっと知れることもないのでしょうが……。

 

 さて、私は此処での用事が終わりましたが、どうやらチャールズ男爵は未だな様子です。

 外に出ているというのも、何だか憚られて、手短な新聞の見出しを読みます。

 そこには何ら特別な事柄はありません。

 

 強いてあげるのならば、クリスティーナの方で戦争が始まったということくらいでしょう。

 しかし、これもたいして興味深いことではありません。

 あっち方面の国同士の戦争ですから、私達に何ら影響を与えないからです。

 遠い国の興廃など、たいして面白いものでもありませんし。

 

 ふと思いました。

 仮に、私達の祖国、グラテン帝国が影響を受けるとしたらどんな戦争だろうか、と。

 大陸の統一を目論む野心家がいない限り起こらないことでしょうが、世界を巻き込む戦争くらいでしょうか……。

 しかし、そんな大規模な戦争なんてあり得ません。それはきっと政治の域を出てしまいます。

 

 まあ、妄想は良いでしょう。

 他に何か面白い記事はないか、と探していれば見つけました。

『新時代の瓶詰め』という大言壮語です。

 

 何か新しいことがあるのだろうか、と読んでみます。

 金属製の瓶詰め、缶詰だと紹介されていますが、何が新時代だと嘲笑が漏れます。

 記憶が正しければ、何十年も前の発明品です。

 それを今更新しいだのともて囃すなんて、可笑しいことです。

 

 チラッと値段を見ます。

「うわ」と声を漏らしたことを覚えています。

 とても買えたものではなかったからです。

 

 頑張れば買えるのでしょうが、果たして無理をして買う物なのか……。

 そもそももっと安いものがあるでしょうに。

 

 それに、です。

 今なら分かりますが、缶詰なんてものはそう大それたものではありません。

 味は悪いものではありませんが、直ぐに飽きが来てしまいます。加えて、これはきっと一種の毒です。人体を害する悪魔の食べ物です。

 しかしながら、当時の私にはそれが分かず、金をふんだくろうとしている酷い製品だと思うだけでした。

 

 読み終わってしまった新聞を戻し、店内を眺めます。

 何も面白い物がなく、つまらないと考えていました。

 

「すまない、待たせた」と布袋を手に持ったチャールズ男爵が視界に映ります。

 

「いえいえ、大丈夫です。持ちましょうか?」

「いや、大丈夫だよ。そう重くはないからね」

 

 少し申し訳なさを抱きながらも、お礼を言います。

 チャールズ男爵はちょっとだけ考えた様子で、言いました。

 

「帰る前にお茶でもするかい?」

「うーん、大丈夫です。買って下さった本も読みたいですし」

 

 嗚呼そうか、というような素振りを見せて言います。

 

「それじゃあ帰ろうか」

 

 思えば、この思い出というのは酷くつまらないものです。

 けれど、不思議とよくよく思い出されました。

 帰路では、少しだけ話をしました。内容はよく覚えていませんが、くだらないことだった気がします。

 

 

 

 さて、部屋に帰った後は、買って貰った本、A・ポーの「モーグ街の殺人」を読みました。

 クリスティーナ大陸北部の街モーグ、雪の降り積もった閉鎖された街で起こった猟奇殺人の話でした。

 実際遭遇したらと考えるだけで恐ろしく、捜査をした探偵さん方は凄い人だと尊敬しか出来ません。

 

 しかし、思えば雪というのは本当に恐ろしいものです。

 人を狂気的にする。人の本性を露呈させるものです。

 私はこれが嫌いで仕方がありません。




小話
クリスティーナの話としては、クリストファー・コロンブスのクリストファーを女性名詞にしただけです。
あと、A・ポーの元ネタは名前の通りです。
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