【完結】跡に残るは雪ばかり。   作:朝日橋立

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第三十話 恐ろしい人です。

 その日は、いつも通りの授業が終わった後、フランツさんに連れられました。

 学校の中の小さな部屋に通されたところで、彼は言いました。

 

「此処で少し待ちたまえ。人を呼んでくる」

 

 はて、一体誰を呼んでくるのでしょうか、と戸惑いながらもソファに腰を下ろします。

 フランツさんが見えなくなったところで、部屋の中を見渡しました。

 

 端的に言うと、質素な部屋です。陰鬱とも言えるかもしれません。

 家具が全体的に落ち着いた色なことに加えて、カーテンが閉められ、蠟燭だけが部屋を照らしていることが原因でしょう。

 

 ……少し恐ろしいな、と思ったことを覚えています。

 私自身、陰鬱とした場所は嫌いです。

 息が詰まります。

 実家のベッドの下、そこの埃の臭いが思いだされます。

 

 一度か二度ほど深呼吸をして、呼吸を整えます。

 嫌な思い出が脳を過りました。

 

 さて、フランツさんが出て行ってから幾許かの時を経て、再び扉が開かれます。

 

「すまない、待たせた」と、フランツさんは謝りながら、部屋に入ってきます。

 その後ろには、見知らぬ男性が付いてきていました。

 

 小太りの、軍人然とした厳めしい男性。

 私が忌み嫌う男です。

 

「クロージャー卿、君は下がっていてくれ」と、彼は指示をします。

「しかし、初対面だろう」と、フランツさんが食い下がると、男は溜息を吐いたように思えました。

 

「安心したまえ、私も同年代の娘がいるんだ。それに、人が少ないほうが話も弾むものだろう?」

「けれども……」

 

 フランツさんは反論が見つからない様子で、言葉に詰まります。

 男はフランツさんを一瞬間ばかり睨み、声音を変えて言いました。

 

「これは命令だ。従いたまえ」

 

 その言葉に、フランツさんは顔を顰めたあと返事をしました。

「……了解だよ、サー」

 トボトボと出ていくフランツさんは、私を一瞥していたように思われます。

 

 フランツさんが出て行って、男はこちらを向きますが、直ぐに視線を外して、向かい合うように設置されたソファーに腰を下ろします。

 それから、またこちらを見て言いました。

 

「シア・アトウッドだったか?」

 

 何だかその視線に嫌なものを感じながらも、頷きます。

「はい、シア・アトウッドと申します」

 

 彼は一度大きく頷いてから、取り出した葉巻に火をつけます。

 それを何度か吸って、紫煙を吐き出していました。

 その煙の奥、そこにギラギラとした目が光っている錯覚を覚えました。

 

「私は、ジョッシュ・フランクだ。よろしく頼むよ」

 

 煙を吐き出す拍子に彼は言い、手を差し出してきます。

 何だかよくわからない人だ、と思いながらも握り返しました。

 

 握手をしながら、ふと気づいたことがあります。

 ジョッシュさんは、ソフィアさんと同じ姓です。

 もしかしたら、彼がソフィアさんのお父様なのでしょうか? 先程、彼は私と同年代の娘がいると言っていましたし。

 

 推測をしていると、ジョッシュさんは手を放して言います。

「さて、何から話そうか」

 

 彼は、太い指で顎を揉んで、悩まし気に声を発します。

 その様子は、よくわからないという印象をさらに深めました。

 

 先程までのジョッシュさんの印象は、冷淡な印象を受けました。

 しかし、今の様子はどちらかといえばそこらにいるようなおじさんと同じような、いたってまともな印象を受けます。

 彼の本当の姿はどちらなのでしょうか?

 

 ジョッシュさんは、もう一度大きく葉巻を吸い、吐き出します。

 それから、考え終わったのかこちらを見ます。

 

「君は魔法が使えると聞いたが、それは合っているか?」

「えっと、はい。浄化の魔法が使えます」

「そうか。時に君は、医学に興味はないか?」

「いえ、お医者様にはなろうと思っていませんので」

 

 見定めるような視線に、耐え切れずに俯きます。

 ただ恐ろしかったのです。彼はまさに恐ろしい人です。

 

「そうか、そうか。よく分かった」

 

 ジョッシュさんは何度か頷き、溜息混じりに口にした。

「私自身、好ましくは思っていないのだがね、君には来春に船に乗ってもらうことになる。だから、困るのだよ。君には別に医者になれとは言わない。しかし、補佐程度はできるだろう? なに、君も今までの一年だったか、それを放蕩に費やしていた訳ではあるまい」

 

 何時かの推測が当たっていたことに気付きました。

 上方は、私に医療をも兼任させようとしている。無理のある計画を可能と考えている。

 

「……失礼を承知で申しますが、難しいと思います。たった一年で、才能のある人達が数年で学ぶことは現実的ではないでしょう。きっと、中途半端な知識だけを持った未熟な小娘ができるだけです」

 

 私が意見しているときの、彼の視線は一体どういったものだったか。

 これは一重にある種の侮蔑を浮かべていたことと思います。

 

「こういっては何だがね、私はそれでも良いと思っているのだよ。私も上の方から色々言われているのだ。可能な限り金を使うな、軍医とは別に衛生要員と軍医補佐を用意しろってね。別に君の能力は、魔法以外は期待していない。名ばかりでいいんだ。どうだね?」

 

 ジョッシュさんの発言を、私はど屑だと思いました。

 以前フランツさんは、極地での人のバックアップ的存在は医療と衛生だと言いました。

 それを酷く軽視した、愚かな考えです。狂気的だと思います。

 

 失敗を厭わないのではない。失敗を挽回する手段を手放しているのです。

 背水の陣というと聞こえはいいです。

 しかし、実態はただの人命軽視の凶行です。

 

「どう、と言われましても」

 

 頷くことはできず、言い淀みます。

 納得はできません、けれど逆らう訳にはいきません。

 結局ジョッシュさんは官吏で、私は一国民です。それも国への奉公を義務付けられた魔法使い。

 

「そうか、それじゃあ仕方ない。一つ交渉をしようじゃないか」

「交渉、ですか?」

「君は君の両親がどうして死んだかを覚えているだろう?」

「……何が言いたいんです?」

 

 煙たくなった部屋の奥で、ジョッシュさんは醜く笑って言った。

「私の方で独自に調査をしたんだ。君があった方の実行犯、彼はすでに処刑されてしまったがね、もう一人の生き残り、彼を尋問した。その結果、彼らに情報を偶然を装って渡した人物がいることが判明したのだよ」

 

 意味の分からない発言だと思いました。

 とっくに終わった事件、終わらせた事件です。

 どうしてそれが今更ぶり返されているのでしょう?

 

「誰ですか?」

「さあ、君が協力してくれるのなら教えてやろう」

 

 私は悩むことなく返しました。

「分かりました。乗りましょう」

 

 紫煙の奥、そこにはやはり醜く笑った男がいました。




ちょっとした補足 
主人公のお国の政治形態は、貴族院と庶民院の二院制による議会君主制です。
でも、実質は貴族制です。労働者階級に選挙権ないですし。
これは特に覚えなくてもいいですが、後日譚として使おうと思ってる設定です。
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