ジョッシュさんと対面してから、一週間ほど経った頃合いの話です。
その日、部屋に訪れると、そこには知らない人物がいました。
「あの、申し訳ありませんが、貴方はどちら様でしょうか?」
彼はこちらを急いだ様子で向きます。
第一印象は、頼りにならなさそうな大人でした。
「あっ、えっとだね。僕はヘンリー・グッドマン」
ヘンリーさんは、名乗るとこちらに手を差し出してきます。
その手を取りながら、やはり理解ができないことがあり、口を開きます。
「何かご用ですか?」
ヘンリーさんは、さあ、というように肩をすくめます。
「僕は上司から、ここに来いと指示されただけさ」
「はあ」
彼の上司さんは一体何を考えているのだろうか? ここが空き教室だと思っていたのかな、と疑問を抑えきれませんでした。
「それで、君はどうしてここに来たんだい?」
ヘンリーさんは、思い出したように問いかけてきます。
「えっと、私はいつもここで授業を受けていまして……」
「授業? もしかして、君は生徒さんかい?」
「はい、一応は……」
ヘンリーさんは、目を見開いて言います。
「それは凄い!」
私の能力によるものではありませんが、褒められると少しうれしかったです。
「そうですかね……」
「僕はこういった所に、三十近くになるまで入れなかったから。君は本当に凄まじいよ」
「そうなのですか?」
「実家にあまりお金がなくてね……。それに、熱心な宗教論者だったからね」
嗚呼、なるほどと心中で納得します。
ここランダイン学校は、珍しく無神論的な学校です。
ですから、彼の両親は看過が出来なかったのでしょう。
「でも、学校には行けたのですよね?」と、問いかけます。
親が許さず、そしてお金もないということは貴族でもないのでしょう。その状態で、どのようにして学校に通えたのか、と気になりました。
「十八かな、そのくらいでこっちに出てきて、医者の下で働かせてもらったんだ。そこで十二年ちょっと頑張ってお金をためて、大陸の大学に行ったんだよ」
「それは、凄い大変な道筋ですね」
「いや、そこまでだよ。働いてた時も楽しかったし、大学も楽しかったからね」
さて、そのように駄弁ってると教室の扉が開かれます。
「あっ、おはようございます」と入ってきたフランツさんに頭を下げます。
フランツさんは、私とヘンリーさんを順に見ます。
それから口を開きました。
「待たせた。シア、そしてグッドマン少尉」
少尉と呼称されたヘンリーさんを一瞥します。
やはり軍人らしくはない印象を受けます。
「さて、グッドマン少尉、話は聞いているかね?」
フランツさんの問いかけに、ヘンリーさんは頷きます。
そして間を開けて、驚いたような表情を見せます。
「えっと、クロージャー中尉、この子なのですか?」
フランツさんは頷き、困ったような表情で私に言いました。
「これから君の授業は、彼に委任された。軍医のグッドマン少尉だ。よく彼から学び給え」
急にこのように言われても、困ってしまいます。
私はきっと目を見開いていたに違いありません。
この驚きをよくよく覚えています。
さて、その様子にフランツさんは渋い表情をしてから、私と視線を合わせるように膝をつきます。
これにも驚いたのを覚えています。
「こうなってしまったのは、正直言って私にも分からない。けれど、結局は教える人間が違うだけで、事柄は大体同じだ。だから、これからも頑張りなさい」
そう言い切ると、フランツさんはすぐに立ち上がって口を開きます。
「私はこれから他の仕事がある。頼んだ、グッドマン少尉」
フランツさんが去ったあと、直ぐにヘンリーさんが声を発します。
「えっと、まあ僕の自己紹介はしたから……。あっ、まだ君の名前を聞いてなかった」
言われてみれば確かに、と気づきます。
「あっ、すいません。忘れていました。私はシア・アトウッドです。浄化の魔法が使えます」
軽く自己紹介をすると、ヘンリーさんは小さく頷いてこちらを一瞥します。
「一つ君の魔法を見せて貰えないかな? 僕は魔法を使えないけど、それがどれくらいの能力なのかを知っておきたい。報告書を貰ってはいるけど、信用はできないからね」
「大丈夫ですけど、何か汚れたものはありませんか?」
「そうだな……。医学の畑の人たちから借りれないかな?」
「分かりました。それで、その方たちはどちらにいますかね?」
医学を学んでいる人たちの所へ行こう、と考えているとヘンリーさんは焦った様子で言います。
「いや、君はここで待っていて」
「えっ、どうしてですか?」
「何というのかな、僕が持ってくるから」
「わざわざここでやる必要性もありませんし……」
ヘンリーさんは悩ましそうに唸ります。
そして、意を決した様子で言いました。
「魔法が認められてきているけど、やっぱり受け付けないっていう人が何処にでもいるんだ。だから、見せないことに越したことはない」
「そうなのですか?」と、理解できずに呈します。
確かに宗教の熱心な信者だったらあり得るかもしれませんが、ここはそこまで宗教の色が強くはありません。だから、大丈夫なように思えました。
「まあ、絶対とは言えないけど、できる対策はなんでもするべきだろう? それじゃあ、待っててね」と、言い残すとヘンリーさんは部屋から飛び出していきました。
何だか釈然としたないものが残っていた気がしました。
ヘンリーさんを疑う気持ちがありつつ、けれど否定もできません。
何事も絶対というのはありませんから。
さて、室内では遠ざかっていく足音ばかりが聞こえました。