【完結】跡に残るは雪ばかり。   作:朝日橋立

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修正
「ミス・フランク」→「ミス・クロージャー」


閑話七 二百年前に思いを馳せる。

「ふう、寒い」と、白い息とともに言葉を吐き出す。

 

 少しの欠伸を噛み殺し、顔を上げる。

 流れていく眼下には、一面の銀世界が広がっている。

 これは日焼けしてしまうなー、と思いながらもフードを目深に被りなおす。

 

「先生、今日は一段と寒くありませんか?」

 夏だというのに、という文句を我慢しながら、横に立つ男に問いかける。

 彼は頷きながらも、遠い地平線の向こうを眺めている。

 

 アダム・ハイツマン、これが彼の名前である。

 聞くところによると、だいぶ前の方にグラテンのルーツがあるクリスティーナ合衆国人らしい。

 といっても、それも随分前の話で、私にはその片鱗さえも分からない。

 

「そもそも本当にここら辺にあるんですか?」

 ふと思った疑問を口にする。

 

「さあな。ただ何らかの影は映ったんだ。ゼロから当たりをつけていくよりかはましだろう」

 ハイツマン先生は、依然として地平線の彼方を見回しながら言った。

 

 私がここにいるのは、ちょっとしたつぶやきが始まりだった。

 何とはなしに、海外旅行に行きたい、そうつぶやいたのだ。

 それを曲解し、私をここに連れてきた男は、そうハイツマン先生である。

 

「そもそも、どうして船を探すんです?」

 彼の行動原理が分からずに問いかける。

 大体200年ほどの大昔、窮地に立たされたグラテンの打開の策、新たな航路の発見。

 それを目指した探索隊は、此処でその消息を絶った。

 

 しかし、それは200年も前、今の私らには何ら関係のないことなのだ。

 そもそもハイツマン先生も、そういったことを専門に研究しているのではない。

 

 呈された疑問に、彼はこちらを向く。

 そうして口を開いた。

 

「私の祖先に、ヒューっていう男がいたんだがね。まあ、そいつはたいそう怠惰な野郎で、クズな男だったわけだ」

「それがどうしたんです?」

「いや、彼は探索隊の一員だったらしくてね。一応は顔を知らずとも、私と同じ血が流れてるんだ。弔えるチャンスがあるなら弔いたいだろう」

 

「はあ」

 的を射ているようで、どこか的外れな回答に惚けた声を返す。

 

 さて、そんな緩い空気を引き裂くように、大きな声が聞こえてくる。といっても、叫ぶようなものではなく、遠くにいる人を呼ぶ程度のものである。

「ソナーに何か映りました!」

 

「今行く。君も準備しろよ。ミス・クロージャー」

「何ですか? その畏まったような言い方」

 

 少し笑いながらも、眼下の海を眺める。

 どう見ても寒い海は、どうにも入りたいという欲求が湧いてこない。

 けれども、これも仕事である。頼まれたのだから、やり遂げるのが礼儀だろう。

 

 

 

 ────

 

 

 

 冷たい冷たい海の下、そこには古めかしい木造船が一隻あった。

 かつての先鋭の影はなく、しかし威厳だけがただ残った船。

 その廃船の船尾には消えかけの文字がこう記されていた──HMS・ノクス。




この閑話は供養で書いています。
本作を書き出す前に、同じ内容で書こうとして挫折し、消えてなくなった作品が実はありますので。
その作品で、本作のシアにあたる人物が今回の閑話のミス・クロージャーさんです。
そして、過去編の主人公に当たるのがヒュー・ハイツマンさんです。
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