「ミス・フランク」→「ミス・クロージャー」
「ふう、寒い」と、白い息とともに言葉を吐き出す。
少しの欠伸を噛み殺し、顔を上げる。
流れていく眼下には、一面の銀世界が広がっている。
これは日焼けしてしまうなー、と思いながらもフードを目深に被りなおす。
「先生、今日は一段と寒くありませんか?」
夏だというのに、という文句を我慢しながら、横に立つ男に問いかける。
彼は頷きながらも、遠い地平線の向こうを眺めている。
アダム・ハイツマン、これが彼の名前である。
聞くところによると、だいぶ前の方にグラテンのルーツがあるクリスティーナ合衆国人らしい。
といっても、それも随分前の話で、私にはその片鱗さえも分からない。
「そもそも本当にここら辺にあるんですか?」
ふと思った疑問を口にする。
「さあな。ただ何らかの影は映ったんだ。ゼロから当たりをつけていくよりかはましだろう」
ハイツマン先生は、依然として地平線の彼方を見回しながら言った。
私がここにいるのは、ちょっとしたつぶやきが始まりだった。
何とはなしに、海外旅行に行きたい、そうつぶやいたのだ。
それを曲解し、私をここに連れてきた男は、そうハイツマン先生である。
「そもそも、どうして船を探すんです?」
彼の行動原理が分からずに問いかける。
大体200年ほどの大昔、窮地に立たされたグラテンの打開の策、新たな航路の発見。
それを目指した探索隊は、此処でその消息を絶った。
しかし、それは200年も前、今の私らには何ら関係のないことなのだ。
そもそもハイツマン先生も、そういったことを専門に研究しているのではない。
呈された疑問に、彼はこちらを向く。
そうして口を開いた。
「私の祖先に、ヒューっていう男がいたんだがね。まあ、そいつはたいそう怠惰な野郎で、クズな男だったわけだ」
「それがどうしたんです?」
「いや、彼は探索隊の一員だったらしくてね。一応は顔を知らずとも、私と同じ血が流れてるんだ。弔えるチャンスがあるなら弔いたいだろう」
「はあ」
的を射ているようで、どこか的外れな回答に惚けた声を返す。
さて、そんな緩い空気を引き裂くように、大きな声が聞こえてくる。といっても、叫ぶようなものではなく、遠くにいる人を呼ぶ程度のものである。
「ソナーに何か映りました!」
「今行く。君も準備しろよ。ミス・クロージャー」
「何ですか? その畏まったような言い方」
少し笑いながらも、眼下の海を眺める。
どう見ても寒い海は、どうにも入りたいという欲求が湧いてこない。
けれども、これも仕事である。頼まれたのだから、やり遂げるのが礼儀だろう。
────
冷たい冷たい海の下、そこには古めかしい木造船が一隻あった。
かつての先鋭の影はなく、しかし威厳だけがただ残った船。
その廃船の船尾には消えかけの文字がこう記されていた──HMS・ノクス。
この閑話は供養で書いています。
本作を書き出す前に、同じ内容で書こうとして挫折し、消えてなくなった作品が実はありますので。
その作品で、本作のシアにあたる人物が今回の閑話のミス・クロージャーさんです。
そして、過去編の主人公に当たるのがヒュー・ハイツマンさんです。