【完結】跡に残るは雪ばかり。   作:朝日橋立

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第三十八話 忍び寄る足音です。

 その日もラッパよりも早く起きてしまい、甲板へと出ていきました。

 早朝の清々しい風が頬を撫でて、体全体が目覚めていく感覚があります。

 

 一つ小さな欠伸をして辺りを見渡すと、ポツポツと辺りに人が居ます。

 彼らはきっとこれから寝るのでしょう。

 お疲れ様だな、と思います。

 

 さて、その中でよく知った顔が見えました。

「おはようございます。ヒューさん」

 声をかけられた青年は、ゆっくりとこちらを振り向くと敬礼をしました。

 掌をこちらに見せない海軍式の敬礼です。

 

「構いませんよ」

 落ちないように気を付けながら、右舷から海を見下ろす。

 切られた海が船を叩いていた。

 

「そういえば、皆さんもですがどうして緊張してるんですか?」

「貴女が上官だからです」

「なるほど……」

 

 そういえば私は伍長、下士官だったことを思い出します。

 当然、関わり辛いのでしょう。

 

「それに、いつも気張った格好をしているからでは?」

「気張った格好ですか」

 

 気になって自分の格好を見ると、しっかりと軍服を着た自分が見えます。

 ……軍帽が問題でしょうか。

 確かに皆様軍帽は被っていませんし……。

 

 軍帽を脱いで、彼に問いかけます。

「これならどうですか?」

 きっと胸を張っていたと思います。

 

 しかし、ヒューさんは端的に答えました。

「そう変わりませんよ。帽子を脱いだ程度で。……多少威圧感が減るくらいです」

 

「なっ、なるほど……」

 どうしたものか、と悩んでいると、ヒューさんが口を開きます。

 

「その軍服を脱いだらどうです」

「軍服ですか? でも、フランツさん……えっと、クロージャー中尉もこれですし」

「シア伍長は、中尉と違って指揮官ではないでしょう。ですから、そこまで偉ぶる必要はないと思いますよ」

 

 確かに、と心中納得をしながら、軍服の上着を脱いでシャツになります。

 今度こそは、と胸を張って問いかけます。

「これでどうです!」

 

 ヒューさんはまじまじと見ると、冷ややかに言いました。

「良いんじゃないですか」

 

 よし! これからはラフさを意識しよう、と思っていたはずです。

 そして、その日はいつもに比べていろんな人に声をかけて貰った記憶があります。

 とても嬉しく、そして楽しかった気がします。

 

 

 

 私自身、運命なんてものは嫌いです。

 けれども、楽しみのあとにこうもわざとらしい凶事があるのです。きっと運命はあるのでしょう。

 

 一週間ほどあとのことです。

 四人体調不良が出ました。

 そのうち三人ほどは、以前腹痛を訴えていた方で、もう一人は新規です。

 症状は軽度の貧血が三名、新規の方は嘔吐と大変な腹痛です。

 

「食中毒ですかね?」

 医務室にて、ベッドの上の人物を見つつ、ヘンリーさんに声をかける。

 

「現状では何とも言えないが、そうかもしれないね。食料を変える必要があるかもしれない」

「そんな暇はありますか?」

「あと一週間もすればグランドラウンドに寄港する。その時に食料を変える暇はあるだろう」

「……そういえば、他の船では何か被害の報告はないのですか?」

 

 ふと気になって、旗艦のノクス号とその他幾つかの輸送船を思い浮かべます。

 彼らも同様の食料品を積んでいる筈です。

 

「今のところその話は聞かないな。彼らが情報を抑えているか、それとも何かこの船は呪われているのかもね……」

「非科学的過ぎですよ」

「ハハ、そうかもね」

 

 ヘンリーさんは笑うと、すぐに私に言いました。

「でも世の中案外に、非科学があるものだよ。魔法だってそうさ。さて、僕はクロージャー中尉に報告してくるから、もし彼が苦しみだしたらモルヒネを投入してやりなさい」

 

 少し投げやりな指示に、顔を顰めながらも頷きます。

 現状、彼は安定していますが、またいつ症状が悪化するか不明なため、モルヒネを出しておきます。

 

 準備を終えた後、少し思考を巡らせます。

 果たして彼の持ち場はどこであるのか……。

 配られている缶詰自体は、どこも同じはずですから、考えるに持ち場に原因があったのでしょう。

 

 しかし、そう考えると不明です。

 一体どうして食あたり的症状が出るのでしょうか?

 もしかしたら壊血病? いえ、ですがこれはおかしいです。レモン汁はあります。それに、歯茎にも異常は見られません。

 

 だとすると、原因は何でしょうか?

 もしかしたら、本当に呪いなのかもしれませんね。

 ハハ、そんなわけ……。

 

 ベッドの上を見ます。

 彼は顔を顰めて、苦しそうな様子を見せています。

 

 普通に考えれば、この状況ではモルヒネを使うべきではないでしょう。

 薬学書でモルヒネは、胃腸の働きを一時的に弱めると見たことがあります。

 食中毒を疑われる現状は、使うべきではないでしょう。

 けれども、……仕方ない。

 

「もう少し耐えてください」と、彼に声をかけた後、銀の注射を取り出します。

 太い針を少し見つめた後、綺麗にするために魔法を掛けます。

 それから、ガラス瓶の中のモルヒネ溶液を移して、患者へと打ちました。

 

 意識は残っているのか分かりません。

 ですが、自己満足のために声を掛けます。

「あともう少しです。もう少し頑張ってください」

 

 さて、そうこうしていると医務室の扉が開きます。

「シアちゃん、上で会議するらしい。僕は少しノクス号の方に行ってくる。彼を任せた」

 

 走り去っていくヘンリーさんを横目に見て、どうにかしてこれに片を付けなければ、と思います。

 原因不明が一番よろしくない状況です。

 変に噂でもされようものなら、規律崩壊に一歩近づきます。

 しかし、なかったことには出来ません。

 

 徐々に緩まっていく船の速度に、不安を膨らませながらも、ヘンリーさんやフランツさん、上の人たちが解決策を提示することを期待していました。

 ……蠟燭の火は妙に揺れています。

 何か忍び寄るものに揺らされているように思えました。

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