【完結】跡に残るは雪ばかり。   作:朝日橋立

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第四十一話 恐ろしいことです。

 寒さに体を震わせ、遠くの海を眺めます。

 散らばった石の隙間に生えた雑草のチクチクとした感覚から、故郷の心地よさを思い出します。

 思うに、ここは寒すぎるのです。それゆえに、草が生えず目に見えるのが岩肌だけです。

 一体これのどこがグランドラウンド、偉大な土地だというのか……。私にはどうも理解のしようがありませんでした。

 

 それに、此処には何もありません。

 先に来ていた方々による仮拠点はあれど、それ以上のものは期待するのも酷です。

 効くところによると、もっと南に行けばあるそうですが、向かうのは無理でしょう。ただでさえ寒いのですから、つく前に間違いなく凍死してしまいます。

 

 遠くの流氷を眺めるのをやめ、再び医療テントへと戻ります。

 現在此処に、遠征隊は五人います。一人はせん妄の男、二人は以前タナトス号で体調不良を訴えた方々、そして最後の二人はノクス号での体調不良者です。

 

「戻りました、ヘンリー少尉」

 忙しなく動いている彼に声をかけると、ゆっくりとこちらに顔を動かします。その表情は大変に疲れた物でした。

 

「シアちゃん、いつでもモルヒネを入れれるようにしておいてくれ」

 ヘンリーさんは多少落ち着いたように見える患者たちを前に、そう命令を下します。

 現状、ノクス号の二人とせん妄の方は軽い症状ではありません。局所的な強い痛みと、吐き気、あとは総じて幻覚に近しい症状があります。

 

 注射の準備をしながら、口を開きます。

「出発はもうすぐですよね。この方たちはどうなるんでしょう?」

 ヘンリーさんは、尚も患者たちを見ながら答えます。

 

「明日には現地組の準備が整うと思う。だから、彼らは街の病院に行けるはずだ」

「病院と言っても、まともな病院があるのですか?」

「何よりもここよりかはマシさ」

 

 確かにマシなのでしょう。

 しかし、此処から運ぶということはきっと犬ぞりです。

 ですからこそ、彼らは寒空の下で遠い町まで運ばれることになる。

 果たして体力が持つのか……。

 

 疑問を飲み込みます。

 私が思いつくことを、ヘンリーさんが思いつかないはずがありません。

 きっとそのリスクを承知しているのでしょう。

 

「僕たちは何時までもここで足踏みをしていられない。これは感情の問題ではないんだ。僕たちは期待されている。これの為に沢山のお金が使われている」

 ヘンリーさんは独り言のように呟きます。

 果たしてそれが私への説明であったか、それとも彼が納得する為の言葉か。今や分かりようもありません。

 

 

 

 

 

 

 さて、それから幾許か経って、再び休憩の時間が訪れます。

 これまで患者さんたちが大きな苦痛を負っている様子はありませんでした。

 ですから、きっとまだ大丈夫でしょう。

 

 ノクス号の船医たちは、まったく信用していません。

 陸に到着するまで、ヘンリーさんを含めタナトス号の船員は、ノクス号では原因不明の奇病が発生しているという話を一つとして聞いていません。報告されていないのです。

 これが果たして船医の怠慢か、それとも上層部の怠慢か、これは知れません。

 

 しかしです。

 きっとこっちに連絡する機会、方法はあったはずで、これを怠ったノクス号の船医を一体どうして信用が出来るでしょうか。

 

 感情的な判断で、心中怒りを蓄えながら、また別の仕事を進めます。

 薬品類の在庫の確認、これを終わらせるまでは休むわけにはいきません。

 それに、ヘンリーさんもまた別の仕事をしているのです。尚更休むことが出来ましょうか。

 

 多少の頭痛がします。

 しかし、耐えられる程度です。

 まだいけます。

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