【完結】跡に残るは雪ばかり。   作:朝日橋立

51 / 75
第四十二話 お祈りとおしゃれです。

 椅子に深く腰掛け、溜息をつきます。

 目前にある火の穂が、それに合わせて小さく踊っています。

 

 先程、病人の皆さんは犬ぞりで街の方へと運ばれました。

 少し肩が軽くなった気もしますが、同時に酷くお腹に鉛が流し込まれたように重いです。

 彼らが果たして無事に辿り着けるのか……。心配は絶えません。

 

 その心配もありますが、他にも私の悩み事はあります。

 今、目前には紙が何枚か置かれています。

 つい先ほど、この紙をヘンリーさんに手渡されました。

 此処が本国へ出せる最後の手紙らしく、よくよく考えて書きなさい、と言われたのです。

 

 本国の友人に伝えたいこと、これを考えるときっと沢山あります。

 しかし、いざ言葉にしようと思うとどうも思い浮かびません。

 

 一つ溜息を吐いて、甲板へと出ます。

 こう悩んでいては名案は浮かばないものです。それに、時間はまだあるのです。

 

 冷たい空気に体を震わせながら、遠くを見ます。

 流氷が緩やかに流れています。

 

「アトウッド伍長、何かありました?」

 

 声の方を向くと、重そうなものをもったヒューさんがいました。

 はて、あの荷物は何でしょうか?

 

「少し手紙の内容が思いつかなくて……。それで、その荷物は何ですか?」

「これですか? これは陸の方に簡易的な礼拝所を作ろうって話になったんですよ。どうやらノクスの方に、それはもう強い信心を持った奴がいるらしく」

「へえ、私も設営について行って構いませんか?」

「えっ、ああそういえば貴方も案外信心のある人でしたね」

 

「違いますよ」と、訂正をしつつも彼のあとを追って船を降ります。

 少し歩く速度の速いヒューさんに、小走りでついてくこと数分が経って、やっと目的地に到着します。

 後についていくことに必死で、気づいていませんでしたが、どうやら私は少し小高い所に登っていたようです。

 

 酷く遠い先、名前も知らない岬で波が砕け、その白く濁った穂先がまた次の波に飲み込まれていきます。

 それに時も忘れて、綺麗だと思いました。

 沈まない憎らしい太陽でさえ、この時は美しかったです。

 

 視界の端に映る白い息が、緩やかな風に吹かれ、散り散りになります。

 私の息の音だけが妙に響いて聞こえてきました。

 

「アトウッド伍長、そこから見てこれって傾いてます?」

 声に振り向くと、そこではヒューさんを含めて何人かが木の棒を地面に突き立てています。

 

「大丈夫です。傾いませんよ」

 少し遠くにいるので、大きな声で返事をして、彼らの様子を観察します。

 彼らは棒を立てると、そこに釘を打ち付けて、円状に加工された木を掛けています。

 それからは各々色々と飾り立てています。……果たしてあれは許されるのでしょうか? 敬虔な人に見られたら、なんとも怒られそうです。

 

「アトウッド伍長も何か飾りますか?」

 遠くで見ていると、ヒューさんが私に声をかけてきます。

 少し迷いました。信心は深くありませんが、冒涜だと怒られる予感がしました。

 しかしながら、私の眼にはこれが非常に魅力的に映りました。

 

 私は彼らに駆け寄りつつ、ポケットの中に何かないかを探ります。

 すると、何らかの布があることが指先から伝わってきます。

 

「どこに飾ればよいですかね?」

 近づいてみると、存外に高い棒に少し驚きつつも、助言を求めます。

 彼らは少し悩んだ様子を見せてから、円が吊るされた釘を指さします。

 

 御礼を言いつつ、そこに布を結びます。

 そう綺麗な布ではありませんでしたが、違和感のあるものではありませんでした。

 

 それからも色々と創意工夫をして、様々な飾りつけをしていると、登ってくる人が幾人かいました。

 この棒を見られると、少しまずい、と緊張に体をこわばらせていると、誰かが声を張り上げます。

「おおーい、こっちだ」

 

「彼らは?」と、ヒューさんに質問を投げかけます。

「ああ、あいつらが敬虔な煩い人たちですよ」

「えっと、怒られません?」

「さあ?」

 

 少し怒られる覚悟をしていると、駆け寄ってきた方の一人は言いました。

「いやあ、いいですね。面白いです」

 

 許されたことの驚きもありつつ、それから皆さんと一緒に沢山飾りをしました。

 確かにある一面から見れば、冒涜的なのかもしれません。

 しかし、神様だって時にはおしゃれをしたいものでしょう。

 

 ふと、私はこのことこそを手紙に書こうと決めました。

 きっと、皆さん驚きます。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。