お手紙を出した翌日、上から響いてくる足音の騒々しさに、欠伸を耐え切れずに零します。
今朝からは食料の搬入が始まりました。
あの美味しくもなければ、体調不良の原因の可能性もありうる缶詰です。
色々と不満はありますが、既に進言は無視されているのです。どうしようもありません。
ところで、私が何をしていたかと言えば、特に何事もしておりませんでした。
他の船員さんに比べて、二回りも過言なほどに身長差があります。
そもそも、私自身が同年代でも少し低い方なのですから、手伝うだけ邪魔だそうです。
それに、今は体調不良の方もいません。
ですから、一人寂しく医務室でウトウトしていました。
さて、その折です。
落ち着いた声が背後から聞こえてきます。
「時間はあるか?」
「あっ、はい。丁度」
急いで立ち上がって、フランツさんに返事をします。
彼は小さく頷くと、口を開きました。
「今から原住民の所へ行くが、付いてきてほしい。頼めるか?」
「えっと、一体どうして私なのでしょうか……」
「すまないが、それは私もよく分かっていない」
更に私を混乱させる言葉に、少し返事を詰まらせていると彼は続けます。
「フランク隊長、彼の指示だ。私には一切理由を知らされてない」
フランツさんの言葉に、一抹の不安を覚えます。
しかしそれも仕方のないことで、私はフランクさんのことが心底嫌いでした。
彼が私の両親の死について、何やら知っているということもそうです。ですがそれにもまして今は、何やら色々なことを企んでいるのにもかかわらず、何事も中途半端ところが嫌悪に値します。
先述の通り僅かな不安はありました。けれども、私はフランツさんについていくことを決めます。
そもそもとして今は時間があり余っています。それに、頼られたのですから断るというのも忍びないものです。
寒空の下、フランツさんの後を追って歩きます。
どうやら犬ぞりを使わない程度の近い場所にあるようです。
「原住民ってどのような方々なのですか?」
ふと気になったことを口にします。
「よく未開の蛮人だと言われるが、彼らは気の良い隣人達だ」
「へえ、どうしてそのように言われるのです?」
「生肉を食べる必要性もない連中のざれことだよ」
フランツさんの言葉に耳を傾けていると、引っ掛かりを覚えてその単語を反駁します。
「生肉?」
「ああ、そうだ。彼ら、スノー族の文化だ」
「へえ、美味しいんですか?」
「私は好きだな。多少血生臭さもあるが、それも一つのアジだろう」
「食べたことあるんですね。どういった経緯で食べることになったのです?」
フランツさんは一度考えるような素振りを見せます。
この時、なんとなくではありますが無粋な質問をしたことに気付きました。
「何度か前の遠征、私が士官候補だった時のことだ。あの時、私の乗っていた船が沈んでしまった。不幸なことだった。無事な船に乗り込んだのだがね、どうにも食料が足りなかった」
一体どうして生肉を食べることになったのかが、此処までで大体わかったような気がしました。
しかし、そのような空腹というのは中々つらいことでしょう。何とも味わいたくないことです。
さて、再びフランツさんが口を開こうとしたところで、石が滑る音が前方から聞こえてきます。
少し驚いて、視線を音源へ移すと、そこには一人の少女がいました。
分厚い防寒着のフードの中から、短く黒い髪が見えます。
彼女のことは最初、格好良い子に見えました。
「失礼、君はスノー族の子かい?」
フランツさんが彼女に声をかけると、彼女はゆっくりと顔を縦に振りました。
こちらの言葉が分かるということは、きっとお話が出来そうです。
「私はフランク遠征隊副官、フランツ・クロージャー中尉だ。君たちの本拠地へ案内をしてほしい」
フランツさんの呼びかけに、彼女は付いてこいと言うような素振りを見せ、歩き出します。
その速度は私よりも少し大きいとはいえ、速かったなと思います。
足を滑らせないように、必死彼女の背中を追うと、動物の皮で建てられたらしき家が幾つか並んでいます。
その数は大体十個ほどです。
集落にしては少し小さいです。
どうやって作っているのだろうと、疑問を抱きつつも集落の方から歩いてくる人に気付きます。
目前の少女と同じ防寒着を着た男性です。
「君たちは誰だね?」
近くに至ったところで、男性は口を開きます。
その男性に、少女は耳打ちをします。
「嗚呼、嗚呼、フランク隊の方でしたか。お待ちをしていました。立ち話も何でしょう。どうぞどうぞこちらへ」
男性の背中を追っていると、彼の細い目が私を見ます。
その眼には疑問があるように思えましたが、飲み込んだのかすぐに前を向いてしまいます。
連れていかれた家の中で、どのような話をしていたのかは知りません。
私自身、話をしっかりと聞いておこうというつもりがあったのですが、最初に出会った少女とでも遊んでおきなさい、とフランツさんに言われた形になります。
しかし、その少女と話が出来たかと言えば難しいものがありました。
そもそもとして、私がそう対話が得意な人間ではないということもあります。ですが、それ以上に彼女と対話をするのが困難だったというのがあります。
彼女が何を考えているのかが、まったく私には不明でした。
気まずいとばかり感じつつも、必死に声をかけたのですが、反応は芳しくない。
これでは何ともつまらない、と少しばかり悩み始めたところで、丁度フランツさんが帰ってきます。
その時のフランツさんの何とも困った顔。これを忘れることは出来ません。
そして彼は私を手招きして言います。
「あの子が北方の案内役、その一人らしい。彼女の世話を任せても構わないか?」
「えっと……」
意味の分からない言葉に、当惑をします。
すると、彼は頭を下げて言いました。
「すまない、私自身もよく理解できていないんだ」
それに、と彼は続けました。
「私にはどうも年ごろの娘との関わり方が分からないんだ」