出航がすぐ目前に迫ったところで、私は船内を駆けずり回っていました。
中々重いものを手に持ち、船内を往復するのはどうも疲れました。
それに、体力が落ちていたのだと思います。息も絶え絶えに、数度目の往復を終えたところで、休憩の許可を頂けました。
甲板へと這い出て、息を整えます。
その中で、忙しなく動く方々を観察します。
出航が明後日に迫った今日、遠征の成功を祈るお祭り騒ぎをするのです。
祭りを楽しみにしつつ、少しだけ憂鬱な気持ちが湧きあがります。
もうすぐ私たちは危険な場所に足を踏み入れるのです。
勿論、フランツさん含め経験者も多いのですから、安全性はあるのでしょう。
しかしながら、絶対的に安全とは言えなくなるのです。
目前に迫った何か大きな生物の口、それに私たちは進もうとしているように思えます。
「黄昏れ出してどうしたんですか? アトウッド伍長」
悩んでいると、なんとも生意気な言葉が聞こえてきました。
「ただ休憩しているだけですよ。ヒューさん」
声の主の方を向くと、彼は何とも重そうな荷物を持っています。
あれは大変そうだな、と他人事のように思いました。
「ここで休憩していたらどやされますよ」
「もう慣れましたよ。話していたらヒューさんこそ怒られちゃうのでは?」
「僕はそんなに怒られませんよ。目をつけられてるのは、アトウッド伍長くらいでしょ」
この時話していたのは、いわゆる陰口というものです。
人の悪口を言うな、と言われたのは出航の時だったか、もうまともに守っている人はいなかったと記憶しています。勿論、この禁止令を出したフランツさんの前で言う愚者はいませんが。一人を除いて。
その愚か者というのは、今私が陰口をたたいている人。ヒッキー・ウォーカーです。
いつもいつも所かまわず私の風説を流し、それで何度も私に害をなす人。端的に言えば、嫌いで仕方のない人でした。
このまま彼の悪口を言っているだけだと、なんとも気分が悪くなります。
せっかくの休憩が嫌な話です。
「あっ、ここで少し待ってもらえます? 私も仕事を手伝うことにします」
「分かりましたが、早くしてくださいよ」
「もちろんですよ」
軽口を交わした後、甲板の下への走って戻っていきました。
これから退屈な仕事を冗談を言いながら頑張った記憶があります。
さて、準備が終わって幾許か、偉い人達の挨拶も終わってお祭りが始まりました。
久しぶりに新鮮なお肉を食べてたはずです。
この時、本国から持ってきた牛を何匹か締めています。私はその牛を見たことはありませんが、お肉は美味しかった記憶があります。
並ぶ二つの船を眺めていると、楽し気な楽器の音が聞こえてきます。
フィドルとフルートの音色に惹かれ、音のなる方向へと歩いていきました。
すると、火を囲って楽しそうにしている方々が目に入ります。
「いやあ、上手ですね」
楽しそうに弾いている隊員を見ながら呟きます。
フルートの人は見たことがありますが、フィドルの人は見たことがありません。きっとノクス号の人でしょう。
「そうだろ、あいつらこの為だけに此処に来たような奴らさ」
私の独り言に、フリッツさんが声をかけてきます。
少しだけ、その冗談に笑います。
「嬢ちゃんも何かやるかい?」
「いえ、特技も何もない人間でして。フリッツさんは何かやります?」
「俺も似たようなもんさ、特に何もしない」
「へえ、何かするものだと思っていました。力自慢でしょうし、腕相撲大会とか」
確かにその手があったか、というような表情を見せた後、フリッツさんはニヤリと笑いながら言います。
「やるかい?」
「分かりました。手加減してください」
「おお、乗るとは思わんかった」
「気まぐれですよ。勝てたら貴方の分のお肉でも少しくださいな」
「おうよ」
それから始まった腕相撲でありますが、勿論敗北しました。
流石に無理があったのです。そもそも身長差がすごいですし、彼は火夫です。絶対に勝ちようがありませんでした。
少しだけお肉を献上した後、楽器の演奏を眺めました。
そもそも結構お腹がいっぱいだったので、丁度良かったのかなと思っていたはずです。
「何かリクエスト、リクエストありますか?」
フィドルを持った方が、こちらに問いかけてきます。
「えっと、私歌謡に聡くなくて」
「じゃあ、民謡なんてどうです? 歌えますか?」
「えっ、歌うんですか」
私の返事を待たず、彼は演奏を始めます。
賑やかな伴奏に少しずつ緊張を高めながら、頑張って歌った記憶が残っています。多少下品な歌ではありましすが、きっと場にあっていたのだと思います。
海に出ていく男の人を待つ、そんな女性の歌は少し恥ずかしかったです。
さてそれから、色々な曲を歌ったのを覚えています。
人類はみんな兄弟だなんて歌から、国歌。
太陽は燦々と空に煌めいていて、何とも雰囲気には合わないものでした。しかし、またこれをこの人たちと出来たら、と思っていたに違いがありません。
皆さんきっと良い人達です。
分かり合える良い隣人だった筈なのです。