その日は、ゆっくりと揺れる炎に欠伸を零しながら日記を書いていました。
内容は古い友人についてです。
思えば、まだ一年も経っていないのです。
国を出て、いまだたったの数か月。そして、この夏の間には北方を抜けてもっと太平な海へと出る。
そう考えると、何とも興味深いものです。
今頃、皆さんは何をしているでしょうか。
チャールズ男爵はもう眠ってしまったでしょうか。
レイラさんは既に国を出ているのでしょうか。
日記を書いていると、幾つもの答えを知ることが出来ない疑問が湧いては消えていきます。
物悲しいものです。
既に私は遠くに来てしまったのです。幾ら振り返っても誰にも気づかれないほどに。
ただ涙が出るかと言えば、そういったわけでもなく、黙々と日記を書き進みています。
ふと、背後からの寝息が耳に残りました。
寝息を立てているのは、ついこの間同室となったサヴィクさんです。
よく眠っているな、と彼女の寝顔を眺めます。
大きな目は閉じられ、起きているときとは違う綺麗さがあります。
これを私は何と形容すべきかは知りません。きっと、遠い存在への羨望です。
「あっ」
一度船が大きくうねりました。油断していた私は、インクを零してしまいました。服と日記帳に。
どうにかして落とさないと、と焦って近くにあった布巾でこすりますが、どうにも落ちそうにはありません。
これはだめかもしれません……。
焦る私を脅かすように、扉が強く叩かれます。
今までに聞いたことのないほどに、大きな音が響きました。
「嬢ちゃん、毛布を準備してすぐに甲板へ来い、落水が出た」
火夫のヘンリーさんは、焦った調子で叫ぶと、そのまま医務室から走っていきます。
今は確かに夏です。しかし、水温はきっとゼロ度に近いでしょう。
急がないと、死んでしまう。
毛布を搔き集め、甲板へと走ります。
さて、そこで見たものと言えば、真っ白な空間でした。
吹雪です。ついこの間まで降っていた雪が、いつの間にかその勢いを増していました。
ゾワッとした感覚とともに、出てきた汗はきっと冷汗でした。
辺りには沢山の人の怒号が響いています。
「おぉーい、どこだ! 声を上げろ!」
雪の先で響く怒号に合わせ、淡い光が揺れます。
しかし、何よりも風と雪で何も分かりはしません。
既に船は停止していました。
しかし、強い揺れは依然と続いています。
何か行動をしなくては、と人の集まっている右舷へと走り、海を見下ろします。
そこに見えたものは、大きな雪の礫が船体を叩きつける残酷な現実でした。
捜索は大体二十分ほど続けられました。
皆さん諦めるつもりはない様子でしたが、クロージャーさんからの捜索停止の命令が出されたためです。
現実的には、きっと落ちた人は助かりはしないでしょう。
とっくに低体温症で意識を失って、死んでしまっています。
だからといって、諦めることができるかと言えばその限りではありません。
私たちは結局のところ、突き詰めれば他人にすぎません。
しかしながら、家をともにする家族であるとも思います。
さて、船内が沈痛に包まれる中、一人無表情に笑っていた男を覚えています。
無表情と笑うというと、矛盾しているように思われるかもしれません。
ですが、彼は笑っていたに違いがありません。
ヒッキー・ウォーカー、彼は私の耳元で囁いたのです。
「随分と仲がよろしいことで」