暗い船内で、欠伸をしながら薬品の確認をしています。
薬品に向けられた指先は、小さく震えていました。
ここでは仲間の話声と、甲板を雪が叩く音がよくよく聞こえてきて、嫌気が差してきます。
近頃はずっと吹雪き続けています。
ただでさえ寒い気温は、底を知らない様に下がり続けて、缶詰の水分が凍ってしまうらしいです。実際、私は見たことがないので眉唾ではありますが。
ところで、本格的に冬になる前、探検に出ていったサヴィクさん達の探索隊ですが彼らは少し前に帰ってきました。
もっと早く帰ってくる予定でしたから、色々と変な噂が出ていましたが、どうやら前進をしすぎてしまったらしいです。
何とも恐ろしいミスをしているな、と思いますが、迷わずに帰っただけで称賛に値するでしょう。
私は同じ景色どころか、一寸先すら見えない場所ではすぐに迷って、生きては帰れないと思います。想像しただけで、寒さとは別種の震えが湧いてきます。
私は死ぬことが怖いです。きっと、直接的に死ぬこと以上に、それまでの苦しみが怖いのだと思います。
死んでしまうときには、もしかしたら人生を後悔するかもしれません。いえ、することでしょう。私はそれが恐ろしいのです。
さて、少々肌を粟立たせながらもやっと薬品を数えるのが終わりました。
やはり沢山あると、数えるのが大変です。
少し欠伸を噛み殺します。
この頃はどうにも調子が良くない気がします。白夜も嫌なものがありますが、極夜のこの頃の方がどうにも陰鬱で仕方がありません。
はあ、とため息をついていれば、こちらに顔をのぞかせる少女に気付きました。
「どうかしましたか、サヴィクさん」
一体どうして戸口でこちらを覗いていたのか理解できませんでしたが、声をかけると彼女はすぐに部屋へと入ってきます。
「喧嘩があったから、シアを呼んでって」
「またですか。仲裁ですよね」
「違う。怪我したらしいから」
「ええ、それはまた」
ただでさえ最近は喧嘩が増えているのに、今度は怪我ですか。これはきっと大変に殴られてしまうでしょうに、と少しかわいそうだなと思えました。
準備をしながら、質問を投げかけます。
「今回は誰と誰の喧嘩ですか」
「ヒューと性格の悪い人」
「……ああ、でもヒューさんが喧嘩するとは」
サヴィクさんが性格の悪い人と形容するのは一重に、ヒッキー・ウォーカー、航海の途中でノクス号からこちらのタナトス号へと移ってきた男です。全く信用のならない、胡散臭い男です。
それに、とてもまともではないので私は彼が嫌いです。
「さて、準備も終わりましたし、尻拭いをしに行きましょうか」
「うん」
ちょっとした消毒やガーゼなどを持って、船の一番下の方へにある所謂独房というべきところへと向かいました。
個人的にはあれを独房というのも過言な気もします。
大体立つのがやっとなところを牢屋というの変だと思いますし。
「あっ、そういえばサヴィクさんはお仕事は大丈夫ですか」
「うーん、たぶん」
「まあ、信じましょう。怒られてももう私は庇いませんよ」
「酷い、シアのお手伝いをしてるのに」
駄弁って暗くて狭い道を進むと、仲裁をしてくださったであろう方が見えました。
「待ちましたよ、アトウッド伍長」
「すみません、ちょっと準備に手間取ってしまって……。それで、何か理由を話していましたか」
「えっと、それがですね……。ちっと言い難い事なんですが」
「大丈夫です」
「ヒッキーの野郎が、伍長のことを魔女だって言い出して」
魔女、……魔女? 少々懐かしい言葉に、目を見開いた記憶があります。
大変古風な表現と言いましょうか、今時使わない言葉ですから。
「それで、喧嘩ですか?」
「えっと、それからヒッキーがヒューの奴を馬鹿にしだして。そこで堪忍袋の緒が切れちまったらしく、殴りかかってしまった形っす」
「なるほど……。事情は何となく分かりました。それじゃあ、まずヒューさんの方を開けてくれます?」
「ああ、勿論っすよ」
明らかに重そうな扉に鍵が差し込まれ、ゆっくりと開きます。
その中に居たヒューさんの顔は思ったよりも無事でした。
「あれ、そんなに怪我していませんね」と、呟くとサヴィクさんが口を開きます。
「ヒューの方が強かった」
「なるほど……」
何となくわかりませんが、とりあえず軟膏を手に持って問いかけます。
「怪我した大丈夫ですか?」
「ああ、はい。まあ大丈夫です」
「なるほど、後ろも向いてください。……はい、大丈夫そうですね、本当に」
実際おかしな話でヒューさんの体には全く傷がない様子でした。
不思議でしかありませんが、とりあえず無視することにします。
「えっと、はい。取り敢えずまたそこに戻って反省をしてください。鞭で打たれるかは分かりませんが、多少は怒られると思います」
さて、それから今回の喧嘩の原因ヒッキーです。
彼は扉を開けられても不貞腐れたように出てきませんでした。
しかし、放置するというのもダメですから、どうにかしようと権威を振りかざすことにしました。
「ヒッキー・ウォーカー二等兵、これは命令です。直ちにそこを出てきなさい」
これに効果があるかは何とも微妙なものでありましたが、彼は出てきてその腫れた顔を晒しました。
心中で多少驚きながらも、軟膏を塗ろうとしたところ、不服そうな目で睨まれます。
……さて、どうやら私は嫌われ過ぎたようです。
戸惑っていると、やっとヒッキーが口を開きました。
「私は魔女に施しを受けない、私は魔女と取引をしない」
どうにも古風で可笑しな、古い物語の騎士のような言葉に笑いがもれました。