【完結】跡に残るは雪ばかり。   作:朝日橋立

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第五十二話 ちょっとした良くない出来事。

 つい先日私たちの航海は再開することになりました。

 薄くなった氷の隙間を抜けて、船は先へ先へと進んでいきます。

 ただ氷まみれの場所を行きますから、どうしても停泊する機会も多くって、今日もいつも通りに停泊することになりました。

 

 私の役割と言えば、医務室で怪我した人を待つばかりです。

 大変に退屈でありますが、忙しい日々を望むのは不謹慎ですから当然望んではいません。

 

 けれども、どうしても退屈なのは変わらず、甲板の方へと顔を出していました。

 怪我した人が出た時、いち早く対応もできるだろうと自分に言い訳をして、氷の上へと降り立った人達を見ます。

 

 船体はへこみが目立って、とてもおんぼろに見えます。

 それに応急処置をしている人たちの努力も虚しく、これはどうしようもならないだろうという予感がしました。

 

「よっ、嬢ちゃん」

 火夫のフリッツさんが声をかけてきます。

 彼は少し疲れているように見えました。

 

「こんにちは。修理はどんな感じですか」

「いやあ、中々中々って感じよ」

「へえ、じゃあ今日はもう進めないのかもしれませんね」

「ああ、たぶんな」

 

 フリッツさんは、それに、と言葉を付け足します。

「ラダーもいっちまったみたいだしな」

 

 ……ラダーというと舵のことでしょうか。

 それは果たして壊れてしまって大丈夫なのでしょうか。

 

「不安そうだな」

 私の不安を見抜いたのでしょう。フリッツさんは強かに笑います。

 

「不安ですよ。実質的に足がなくなったようなものでしょう」

「ハッハ、面白いことを言う。まあ、安心しな。あと百回壊れようと、必ず直して見せるさ」

「フリッツさんは火夫さんでしょう。関係ないじゃないですか」

「仲間を信頼することも、一つの仕事だろう」

 

 その通りだとは思いますが、なんとなく納得は出来ませんでした。

 そんな私の心を表すように、ただ船の軋む音がよく響きます。

 

「……大丈夫ですかね。何だか圧壊しそうです」

「さあな、ただ壊れた時はそん時に考えればいい。最悪俺たちは、南に向かって歩くだけさ」

 

 楽観主義的なことに、更に不満を募らせていると、大きな声が響き渡ります。

「フリッツさん、ボイラーが死にました。修理手伝ってください」

 

「……大丈夫ですか」

「大丈夫さ、俺が一番この船に詳しいんだ。博士さ、博士」

 

 フリッツさんが所謂博士らしい恰好をしている姿を想像して、何だか笑えてきました。

 どうにも似合いません。

 

「頑張ってください。応援してます。すぐ直してくださいよ。今でさえ寒いのに、ボイラーが死んだままだと更に寒くて死んじゃうかもしれません」

「ハハハ、面白いことをいう。きっとお前は死なないよ」

 

 私に似合わない冗談でしたから、少しどきどきとしました。

 ただいつも通りの返答で安心をしたのも事実です。

 

「それじゃあ、何かあったら呼んでくださいよ。私が専門家として必ずや仕事をします」

 

 言葉を選ぶ中で、私にはどうしても必ず直してみせるとは言えませんでした。

 物事をよく虚しいだなんていう詩人さんがいますが、きっとその通りです。

 自分の言葉が過言だと気づいたとき、虚しさの正体に気付くのです。

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