久しぶりに太陽が沈むのを見た時、私は果たして何を思ったのでしょうか。
感動でしょうか、それとも驚きでしょうか。
……現実に思ったのは、名前も知らない情動でした。
恐怖とは少し違う、ただそれと全く似ていないかと言えばその限りではありません。私の感情の一端に、確かな恐怖がありました。
何というのでしょうか、最も近い感情はきっと絶望でしょう。
何もかもが想定よりも進んでいませんでした。
フランツさん含め首脳陣が考えていた計画に、大幅な遅れが出ているのです。
それなのにもう夏が終わったのです。
「この航海ってどうなるのですかね」
医務室で呟くように、ヘンリーさんに問いかけます。
「どうだろうね。ただ、まだ進むと思うよ」
「進めるんですか」
「まあ、進むしかないだろうね。僕らはあと一年と少しの分の食量しか持っていないからね」
だからといって、新しい危険に足を入れているだけではないか、と思えてしまいました。
ただこの時の言葉は、何もせずに死ぬことを拒む言葉だったのだろうと考えています。
何事もせずにただ死を受け入れるというのは、きっと楽なのだと思います。でも、納得は出来ないものです。
「そうです、確かにその通りです」
返事をしながらも、多少の不安が萌芽しました。
きっと皆さんこの不安に苛まれていたのだと思います。
それに、夜というのもきっとよくありませんでした。
段々と不安に飲まれて行ってしまいます。
そして不安も絶望も、良くないものは良くないことを引き込みます。
朝に何とか航海を続けた私たちの船団は、旗艦のノクス号が完全に氷に嵌ったことを起因に、完全停止を余儀なくされました。
どうにかできないものかと出張った私達タナトス号組は、ノクス号の様子を見て諦めざる負えませんでした。白く固まった氷は、食い込んだノクス号を殆ど取り囲んでいます。
それによって私たちの二度目の越冬が始まりました。
想定外の末に出来上がった冬です。
「大丈夫ですか? サヴィクさん」
医務室のベッドで寝ている少女に声を掛けます。
この夏、原因不明の病魔は少しずつ手を広げていきました。現実に目前にいるサヴィクさんもその一人です。
「うん」と、答える声は少し弱弱しく感じました。
「何かあったらすぐ言ってくださいね。私は病気と怪我の専門家です」
全くもって嘘のことを言います。
私は断じて病気も怪我も専門家ではありません。
たった二年、たった二年学校で勉強しただけです。それも二年間全てではありません。
私は全く専門家ではないのです。
ただ、私を含めた人を騙す言葉を口にしていたにすぎないのです。
思えば、私は罪を犯し過ぎたのかもしれません。
以前、誰かに罪を犯すのは人なのだから、人が罪でないことはあり得ないと言いました。
私は、いえ私が罪だったからこそ、罰があるのです。
「うん、シアかっこいい」
サヴィクさんは笑顔で言います。
私よりも大きな筈の少女が何だか小さく見えて、元気いっぱいのはずの彼女がこうも疲れていて、苦しそうで……。腹の底に何だか違和感がありました。
腹の奥に鉛が注がれたような重い、そして鮮烈な違和感です。
「そうでしょう、ですからすぐに頼ってください。頑張りますから」
そう言って笑顔が出来たはずです。
ええ、きっとそのはずです。