既に太陽の光を見なくなって何日が経ったでしょうか。
船全体に蔓延した不安は、確かにこの肌で感じることが出来ました。
……それに、吹雪く夜は、どうも寂しくて仕方がありません。
少し欠伸をして、日記を書きます。
今まではペンで頑張って書いていましたが、つい先日鉛筆を頂いたので、それに慣れる意味もありました。
鉛筆はどうも便利です。わざわざインクを体温で溶かす必要性がありません。加えて、そこまで滲むこともありません。
この頃は寒すぎて手の震えが止まりませんから。
それにしても寒いです。
ボイラーから蒸気が送られてくるパイプに近寄っても、依然として寒さは変わりありません。
いっそのことボイラー室に押しかけてしまおうか、と思いましたが流石にやめました。
「寒くないですか」
サヴィクさんに問いかけると、彼女は小さく頷きます。
それに少し不安を抱きながらも、自分の荷物を広げます。
そこからある程度分厚い制服を彼女に掛けます。
それから再び机に向き直って、日記を書きます。
私はたぶん日記を書くのが好きです。もしかしたら、文章を書くのが好きなのかもしれません。
そう考えると、全てが終わったら小説家になるというのも良いかもしれません。
未来について良い妄想をしていると、いつも通りの良くない現実が飛び込んできます。
「アトウッド伍長、お時間はありますか」
そう言い医務室に訪れたのは、ヒューさんでした。
「ありますよ、どうしました」
「ノクス号の方の病人がこちらに来ました」
「はい? どういうことですか」
「あっちで溢れたらしく」
「ちょっと待って下さいよ」
言葉は分かるはずなのですが、意味が理解できませんでした。
そもそもとしてこちらもそう余裕はありません。
「えっと、ヘンリーさんはどこですか」
どうにも考えるのが嫌になって、上司に相談することにしました。
もう解決策を思いつきはしないだろう、と分かったからです。
「甲板の方です」
「分かりました。誰か来たらその時はよろしくです」
寒い中を駆け抜けて、ヘンリーさんを探します。
暗い夜は吹雪も合わさって、もう何も見えませんでした。
必死に目を凝らせば、少しばかり淡い光が見えたような気がして、そちらの方へと歩いていきます。
「ああ、アトウッド伍長」
男性の声で、やっと誰かがいることに気付きました。
ただそれはヘンリーさんの声でなかったのは確かです。
「ヘンリーさんはどこ行きました?」
男性の側によって問いかけると、彼は船の下を気に掛けながら答えます。
「グッドマン少尉は、船長室に受け入れるか否かの話し合いをしに行きました」
「なるほど、それでノクス号からのお客さんは?」
「あちらです」
そう言って男性が示した先は、彼がずっと気にしていた左舷の下でした。
そこには言われてみれば、何か光があるような気がしました。
「今回、誰がこんな指示を出したのか聞いてますか」
「さあ? でも、こんな無理な命令を出すんですから、きっとフランク大佐ですよ」
この遠征隊の隊長の名前に、少々目を丸くすると、男性は続けます。
「あの人の噂知ってますか? 部隊が全滅して、ブーツを食ってまで帰ってきた意地汚い男らしいですよ」
その話はどうも眉唾に聞こえました。
フランク大佐は、そう尊厳を捨てられる人間に思えなかったからです。
彼の印象としてはプライドばかりで、それ以外の何物も持たないそんな男です。
しかしながら、実際に彼がそんな男であったかというのは今となっては分かりません。詳しく言えば、分かることはあり得なくなりました。
彼はこの日の翌日、偶然裂けていた氷から落ちて死にました。