【完結】跡に残るは雪ばかり。   作:朝日橋立

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第五十六話 色々と足りませんね。

 太陽は確かに空に登り続けています。

 青白い世界が何だか不気味に思えて、去年よりも寒すぎる空気に体を震わせ続けます。

 そう、今年の夏は寒すぎました。

 

 私からしたら珍しく氷の上に立っていました。

 つい先ほど狩りをしてきた隊員さんが帰ってきて、獲物を解体したところで、その肉を船内に運ぶことのお手伝いをするつもりでした。

 

 ……私の言葉から分かるかもしれませんが、結局のところ成果は全くありませんでした。

 いうなれば無駄足だったのです。

 しかしながら、これも数日目ですから別にとやかく言うほどでもありません。そもそも、あまり期待をしていないのですから。

 

 さて、現状を何とかしなくてはいけない、というのは食料面に限らずある話です。

 例えば、私がいる医務室は少々仕事量が過多になりすぎたところがあります。

 ノクス号とタナトス号の二隻の病人がいるということに加えて、段々と病人が増え続けているということも原因でしょう。

 

 増えているもので、風邪による発熱なんてものは、こういうのも可笑しなところですが基本的に幸運でしょう。

 ただそういう幸運な人は少ないようで、腹痛から始まる病魔に犯される人が多いです。

 

 また仕事量に限らず、薬の在庫の問題が表面化し始めました。

 現状では鎮痛剤の投薬を薄めて使っていますが、これでもいつなくなるかは分かりません。

 

 何もかもに問題が生じています。

 どうにも胃の底からよくない感情が込み上げてきます。

 

 しかし、何事も悪い方向へ転がっているというのは過言でしょう。

 今のところ一つだけではありますが、良いこともありました。

 

 扉を叩き、了承を得てから船長室へと入ります。

「失礼します、クロージャー隊長」

 

 仕事をしているフランツさんに使った敬称の通り、彼は隊長に繰り上がりました。

 これだけが唯一の良いことでしょう。

 

「何か取れたか」

「いいえ、今回も全くでした」

 

「そうか」

 そういうフランツさんの声は、溜息混じりのものでした。

 

「実際、獲物を捕ることは可能なのでしょうか」

 ふとした疑問を呈します。

 フランツさんはゆっくりと顔を縦に振りました。

 

「ああ、可能だとも。ただその確率が低いだけだ」

 

 餓死の未来を想像して、身体を震わせます。

 依然としてフランツさんは、疲れた顔でした。

 

「もしかしたら、私たちは船を放棄するかもしれない」

「放棄ですか。すると、どうやって国に帰るのでしょうか」

「歩くんだ。最悪の場合には、ここから南下して合衆国に行く。それからは本国の外交的努力次第だろう」

 

 何だか遠い現実のように思えました。

 あり得ない、想像したくないことです。

 こんな寒い中をクリスティーナ合衆国につくまで歩き続けるというのは、きっと地獄のようなことです。

 けれど、その地獄が一定の現実味を得ていて、ただただ恐ろしくありました。

 

「もしそうなったら、病人の方はどうなるのでしょうか」

 今ですらだいぶ無理をさせている方々のことを思い出し、問いかけます。

 

「歩けないのなら置いてくことになる。忘れてはいけないことだが、全滅より一人でも多く生き残ることをするしかないのだよ」

 

 確かにその通りです。全くその通りです。

 ええ、反論の余地もなければ、そのつもりもありませんでした。

 けれども、以前フランツさんが船員を全員が家族だといったことが思い出されて、言いようのない何かがありました。

 

「仮に船の放棄を決定するときは、いつ頃になりますか」

「来年の夏だろう。その時点でノクス号がいまだ氷から抜けれず、加えて氷が解けない様だったら私たちは南下を始める」

 

 来年の夏までに、病魔の原因を見つけて、それの根本的解決をし、罹患者を全員治療する。

 無理なことを考えて、眩暈のようなものがしました。

 

「まあ、私が死んだら分からんがね」

 フランツさんは久方ぶりに笑いました。縁起の悪いことで、どうにも笑うことは出来ませんでした。

 

 

 

 

 さて、結局のところ、今年の夏は全く動くことは出来ず、遂には日が落ちてしまいました。

 長くて辛い、そして何もかもが悪い方向へと転がる冬が始まってしまったのです。

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