必要のなくなった木箱を崩していました。
石炭も有限ですから、適当なもので間を持たせるためです。
一時期、死体を燃やそうと仰る人も居ましたが、フランツさんとグッドマンさんの強い反対によってなくなりました。
そのため他の何かを燃やすことになり、船内の木材を剥がしたり、木箱を壊したりと続けています。
本来医務室の私は仕事に駆り出されないものですが、体調不良が多いため手伝わされていました。
個人的に、死体を燃やすのはデメリットが多いですから、自主的に手伝っている節もあります。
身体を燃やすよりも、余程木材を燃やす方が楽ですし、無駄はありませんから。
幾つか木片を適当なところに積み上げ、少し欠伸をしていると、アトウッド伍長、と名前を呼ばれます。
「どうしました? ヒューさん」
珍しくある程度健康体のため、この頃忙しそうにしている彼に返事をします。
なんだか彼のことを少しかわいそうに思えてしまいます。
ノクス号に度々出向いたりもしていますので、道中でいつ道を見失って凍死する可能性もありますから。
「だいぶ痛いって煩い奴がいるんで、鎮痛剤をやって貰えないかと思いまして」
「そうですね。その人って誰ですか?」
「ベン・ホーナーです」
少しその名前を思い出す努力をします。
結果として思い出すことは出来ました。
「却下です」
「どうしてですか」
「記憶が正しければ、彼は夏頃からの人でしょう。直に死にます」
「ですが、ちょっとだけ痛みを和らげる程度でも」
「仮に資源が多量にあるなら視野に入れますが、リソースは有限です。意味のある方向に注がなくてはいけないでしょう」
冷たいことを言っている、という自覚は何となくあります。
きっと、皆さん苦しんでいるのでしょう。痛みを耐えているのでしょう。
ただどうせ死ぬ人に使うより、今夏の為に蓄えていた方が理性的な気がします。
今夏が冷夏であるか否かに限らず、たぶん私たちは航行能力を完全に喪失しています。
十中八九、私たちは歩いて南下することになります。
実際この予想が当たっていたかどうかというと、案の定でした。
極夜の始まった日に、グッドマンさんが艦長室に呼ばれていました。
珍しいことに、この日動ける士官が全員集められていたと思います。
その会議の間、船内では何となくこの後が分かっていたと思います。
ですから、艦長室から出てきた士官が、南下の準備の指示を出した時も、あまり大きな動揺はありませんでした。
ただ何かしらの感情はあったはずで、仮に近しいもので形容すると、安堵でしょう。
この船内というのはどうにも苦しむ人の喘ぎ声で落ちつけず、いつ自分もああなるのかも分からない。
南下しようがいずれ死ぬのかもしれませんが、死ぬにしてもここよりもマシだと思えたのでしょう。何もしないよりかは、幾分もマシだと思えたのでしょう。
さて、いずれにしろ指示が出たのですから、何か準備をしなくてはいけません。
医務室に立ち返って、色々と薬を手にとっては戻します。
どうにも必要なものがよく分かりません。
持っていけるのなら大半を持っていきたいのですが、全てを持っていくのは不可能です。
「シア、どうしたの?」
不思議そうな顔をしたサヴィクさんが、ベッドから声をかけてきます。
何だかその声が、迂遠なものに思えました。
「そうですね。ついさっきこの船を放棄することになりました」
「そうなんだ。シア、頑張ってね」
「サヴィクさんは歩けませんか?」
「うーん、迷惑になっちゃいそうだから」
「そうですか」
思えば、私はどうやら彼女に情を移し過ぎたようです。
何だか恐ろしく思えてきました。
とても短かった気がします。色々なことが一瞬にして過ぎ去った気がします。
手を止めていると、グッドマンさんが叫ぶように言います。
「シアちゃん、包帯と幾つかの鎮痛剤をお願い」
「あっ、はい。分かりました」
寒さで鈍くなったのでしょうか。思い通りに動かない手で頑張って準備を進めました。
それを終えてからは自分自身の準備も進めます。ちょっとしたペーパーナイフばかりは許されるだろう、と思ったのです。
実際、此処に来る前にチャールズ男爵に貰ったこれを捨てるのは惜しく思えました。
さて、全ての準備が終わったてから、少し暖かいところで温まり、皆さんの準備が終わるまで待ちます。
その折でしょう。忌まわしい大声をあげる人が船に居ました。
ヒッキー・ウォーカー。憎たらしい忌むべき男です。
「この船を放棄するのはおかしい。そう、おかしい。クロージャー中尉は皆殺しにしようとしてるんだ」
陰謀論です。
いやそれにも満たない馬鹿たらしい妄言、妄執、妄想です。
「そうだ! その女、魔女を見ろ。アイツはクロージャーが連れてきたじゃないか。あの魔女が疫病を広めたんだ」
彼は火夫のフリッツさんに殴られ、意識を失っていました。
ただ、彼の残した妄動はきっと毒でした。
特に殆どともに過ごしたことなく、そして私自身も嫌っていたノクス号の船員からしたら、私は魔女に見えたことでしょう。
……船の軋む音だけが、妙に響きました。