遠い昔のことである。
海沿いの街の、ただ青い空は何処までも高い。
寄せては去る波を見て、憂鬱な気持ちを抑えられずに、砂浜に寝転ぶ。
本国の空というのは、これより大きいのだろうか?
そんな疑問がふっと浮かんで、青空に消えていく。
私は、ここ合衆国で生まれた。
この国は酷いところだ。
みんながみんな冷たい人。人を犠牲に笑ってる。
私の両親は、グラテンで生まれたらしい。
グラテンというと、世界の覇者である。
偉大な戦争、世界大戦の圧倒的勝者だ。
きっと古都を沢山持つあの国は素晴らしいのだ。
見ず知らずの土地で見る海を想像して、心を躍らせていた。
私の夢はグラテンだった。
遠い祖国、本当の祖国。
しかし、どうにも行く機会に恵まれず、あの海岸で夢を描いた。
「ねえ、お嬢さん」
そんなときだったろう。
1人の女性が私の横に座った。
図書館で働く司書さんである。
「こんなところで何してるの?」
「えっと」
言葉に迷う。
ここはグラテンを嫌ってる人が多い。
独立した頃からの気風を保っているのだ。
「何でも話して下さいな」
どうにものほほんとした声に絆されたのだ。
もしかしたら、彼女が笑った皺がどうにも可笑しく見えて、話したくなったのかも知れない。
「私、グラテンに行きたい」
初めて人前で言葉を吐露した。
あのドキドキを覚えてる。
「ふふ、懐かしい名前ですね」
彼女は笑って、少し欠伸をしてから寝転がった
すると、こちらに笑いかけて言う。
「遠い場所でしょう、どうして?」
その質問に口籠る。
大きな理由などないのだ。
「ふふ、憧れかな?」
推測をして、彼女は眼を瞑って言う。
「あそこは良いところだよ。綺麗な森があるし、大きな鉄道も、輝く街灯も、何もかもがある」
「っじゃあ海は!?」
彼女に覆い被さるように身を乗り出す。
どうしても知りたかったのだ。ここで見る海と違いのかを。
「どうだろう。たぶんこっちの方が何千倍も綺麗だね」
「えっ」
「でも、あっちの方が何万倍も美しいよ」
彼女はニヒルに笑った。
「ホント!?」
まだ見ぬ世界への昂ぶりを、また募らせる。
思うに、私はこの妄想が好きだったに違いない。
「どんな感じなの」
脳内の情景に、肉付けをするために興奮したままに問いかける。
彼女はゆっくり瞬きをしてから口を開く。
「秘密だよ」
「どうして!」
「私にはこれを形容するための言葉がないから」
「司書さんじゃん」
どうにも納得が出来ずに、小言を言う。
彼女は図書館の司書であることに加えて、ここの近くの子供たちに読み書きも教えているのだ。現に、私も彼女から教わった。
だからこそ、納得が出来ないのだ。
思えば、彼女は中々変な人だったと思う。
聞けば、グラテンの中でも名門の大学の生徒だったらしい。しかも医学を学んだというのに、なぜかこんな田舎町にいる。
空を眺める彼女は、どうにも楽しげな様子である。
それに疑問があって、彼女の名前を呼ぶ。
「ねえ、司書さん」
「なんですか?」
「貴女のような優秀な人がどうしてこんなところに居るんですか?」
「さあ? なんででしょうね。私にもよく分からないよ」
「何それ?」
「沢山の不幸と、沢山の幸運の結果ですもの」
彼女は笑うと、立ち上がって言う。
「そうだ、グラテンの面白い歴史の授業をしましょうか」
「どうしてそんなことを知ってるの?」
「さあ、なんでだと思います?」
再び笑うと、彼女はゆっくり私の前を歩いていく。
さて、私は夢を抱いていた。
新しい生活の夢である。
遠い祖国の、知らない土地の夢である。
いずれ誰かの夢となるかもしれない、そんな夢である。
もっと、詩的なことを言うと、そう! きっと私は種をまいているのだ。
誰もがその歩ている中で、幾つもの種をまいている。
そして、その種がいずれ萌芽して、新しい生活を形作る。この生活というのは、きっと私たちの生活であり、また遠い誰かの生活なのだ。
ふと空を見ると、空はどこまでも青く、高く、そして広かった。
これにて本作「後に残るは雪ばかり。」は完結になります!
長い話でございましたが、お付き合いいただきありがとうございました。
私自身、この作品は元々はまた別の形態を持っていたとどこかで書いた気がします。
実際その通りでして、もともとはダブル主人公で過去と現在を交互に見て、この遠征を見ていく形にしようと考えていました。
結果として、それは頓挫したわけですが、それによって本作も一度流れることになりました。
ただ、本作色々な挑戦の実験作としてまた生まれることになりました。
プロットを立てる実験であったり、一章を12話として制限して間延びを防ぐことなど。
これらの実験の結果、幾つかの改善点も見つかり、次回作に生かしていこうと思っています。
さて、これ以上は長すぎるので、書くとしたら活動報告で書いて、ここでは打ち切ります。
一章一章の期間が長すぎるなど、私自身自覚していることも多くて、申し訳なさもあります。
でも、今はここまで読んで下さったことが一番の喜びです。本当にありがとうございました!