「ザニス。お前に【
主神の私室。先日の神会によって正式にレベル2へのレベルアップが発表され、それに伴い与えられた二つ名が付けられた。オラリオの酒を支配するファミリアである我々に喧嘩を売れる奴がいないのか、しっかりとまともな二つ名が与えられたことに安堵したのも少し前の話。
「いえ、目標は変わりません。このソーマ・ファミリアをオラリオで一番にする。そこは変わりません」
「そうか」
「ただ、ソーマを使ってどうこうというあの時の考えは最終手段だなと考えています」
「というと?」
「あの日神ソーマから頂いた
「探索系としてロキ、フレイヤ・ファミリアを越える。商業系としてデメテル、ヘファイストス・ファミリアを越える。その二軸をはっきりとさせ、このソーマ・ファミリアでの地位を得る。それが今の私の目標です」
「具体的なヴィジョンはあるか?」
「探索部として、
「商業部としての目標は?」
「商業部売上のみによる商業部運営の自立化」
ソーマ・ファミリアが販売する【シャシン】シリーズの売り上げのみで生産、流通、商品開発含め人材も何もかもをソーマ・ファミリアだけでこなせるようにする。
「ふむ。確か名前に出したヘファイストスのところが鍛冶の売り上げのみで運営している。故の発言か」
「はい。結果としてよりソーマ・ファミリアの価値は上がります。私の持つ酔いは、
言い切ったザニスの顔は晴れやかであった。
ただ、その酔いはソーマ自身の酔いと似通っていた。
「【酒守】なんて二つ名より、【
「いえ、あなたの作る酒を守れるように今後精進いたします」
その言葉に、これまでザニスが伝えた言葉に嘘はない。
言葉通り、ソーマ・ファミリアの核として活躍してくれるだろう。
「そうだ、以前飲んでもらった酒を覚えているか?」
「酒? 誰のことでしょう。商業部にもよく顔を出す兼ね合いで色々飲んでおりますが」
「試作していた酒だ。喉が焼ける飲み薬。お前がそう評していたアレだ」
記憶の海を巡って思い出したのか、小さくアレですか……。と少し嫌そうな顔をしたザニス。そんな彼の前に俺は二つのグラスを置いた。
「アレは神酒が持つ中毒性を打ち消す反神酒だ。その研究がひと段落ついてな」
「早い話、毒味と言うことですか」
「理解が早くて助かる」
二つのグラスに神酒と反神酒を注ぐと、ザニスは隠す様子もなく嫌な顔をする。
「飲みたくないか」
「はい。まだこの酒で酔えるほどの価値が私にはないので」
「ただ、お前があの日飲んだ試作品のおかげで研究が進んだのだ。感謝している」
そう伝えると、意を決してグラスを手に取る。
「ソーマ自体も改良されていると思いますが、それでも効果はありますか?」
「おそらく。ただ、神酒をただの美味い酒と思えることは保証する」
ぐいっとグラスを傾ける。口の中に神酒が入り、体をめぐる。
はるか昔に飲んだ味を思い出し、研鑽された味に驚く。
香草が織りなす複雑な香りと、それをまとめ上げ締める程よい酒精。鼻を通り抜ける爽やかさと対照的に喉と胃を震わす味わい。
「これが
もう一杯欲しい。もっと欲しい。
飲み干したと同時に感じる喉の渇き。体が神酒のみを唯一認め、命の水であると宣言しているかのような渇き。
「 ッ!」
脳が、喉が、体全てが飲み干したグラスを舐めてでも次の一滴を求めるのを振り払い、ザニスは薄く透き通った反神酒の入ったグラスを煽った。
「ソーマ様。あの神酒の完成度、だいたいどれくらいですか……」
息も絶え絶え。そんな表現が似合うほど疲弊した表情の彼に俺は答えた。
「未だ半分」
ザニスは口を閉ざした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
バルでの営業、酒造作業も止めたこの日、俺の前にはリリルカなど一部子供を除いたほぼ全ての団員が集まっていた。
総勢で言えば200人ほど。所狭しと並んだ彼ら彼女らは少し緊張した表情を浮かべていた。
俺の横にはネクタルとザニスの二人。
「こうやって皆を前にするのは抗争の日以来だな。まあ、あの日は
つい昨日のように思い出せる『死の七日間』を目前に控えたあの日。あの時は【シャシン・アガヴェ】を使い、ファミリアのため、オラリオのため動いてもらったが、今日は違う。
「この中に、神酒を飲んだことがあるものはどれくらいいる」
そう尋ねれば、旧体制から所属しているものが多い探索部ではそのほとんどが手を挙げ、商業部でも少人数が手を挙げている。
「降ろして良い。次に、神酒を飲みたい奴は居るか?」
俺の質問に真っ先に手を挙げたのは探索部の犬人、カヌゥ。そして探索部から伝播して商業部も全員が手を上げた。
「飲めるってことか? アレを」
「ああ。その為に聞いている」
「おいネクタル。ザニス。こいつ狂ったか?」
「思うことはあっても主神だ。敬意を持てカヌゥ」
「良いネクタル。今更だ」
ですが! と食い下がるネクタルに手を挙げて制した俺は、言葉を繋げる。
「改めてだが伝えよう。俺はお前たちに恩恵を授けたこのファミリアの主神。酒と月の神ソーマだ。だが、俺がお前たちに求めるのは主神と眷属という上下関係ではない。お前たちの酔いを受け、俺の酔いを与える対等な立場だ。尊敬したければ尊敬すれば良い。対等でいたければそれで良い。求めるのはただ一つだ。俺の酔いをお前たちに知ってもらう」
そして出したのは酒で満たした二つの瓶。
「ここに入っているのは神酒だ。未だ完成せず、終わりの見えない研究の最中にある神酒だ。かつてのお前たちに与え、その中毒性に絶望しお前たちを拒絶した原因でもある」
誰かが生唾を飲み込んだ音が聞こえるほど静寂に包まれる。
「そしてもう一つ。神酒の中毒性を打ち消し、神酒をただの酒として味わえるようになる薬酒。
「そんなもん作ってたのか」
「ああ。お前たちが酒に溺れるのが醜く無様だと絶望していたが、お前らの弱さを嘆くのではなく、お前らが飲めるように酒を進化させることをずっと考えていた。こんなものを作らず、神酒の改良ができれば良かったが残念ながらまだできない。だが、これがあればお前たちは神酒を
酒を飲む為に訪れた店に並ぶ数多くの酒瓶。
今日はどの酒を飲もうか。仕事で疲れたから。ダンジョンで初めてあのモンスターを倒したから。あの女を抱けたから。あいつに負けたくないと思えたから。
そんなきっかけがあった日に、ジンにウォッカ。ワインやら清酒。そんな大量にある選択肢の中で思わず選んでしまう少しだけ特別な酒。俺は神酒をそんな酒にしたい。
「味わって飲んでくれ。そして忖度のない意見が欲しい。そして、お前たちの主神がたる俺がどんな酒を知ってくれ」
「ボロカス言っていいんだな」
「もちろんだ」
「あの酒が飲めるのか」
「改良を加えてるからお前らがかつて飲んだものとは一段と違うぞ?」
「酒の神が作った本気の酒」
「お前らが目指す酒の指標にしてくれ」
どんどんと瓶の中から反神酒と神酒が減っていく。
怖さを感じている表情。好奇心の表情。歓喜の表情。
「今日この日、ソーマ・ファミリアは酩酊から目覚め本当の意味で一歩を踏み出す。これまで死んでいった
各自が二つのグラスを飲み干した。
「ソーマテメェお前らの酒全部もってこい!!」
「抗争の終わりにたらふく飲んだろう。あの時に飲んだ分の補填がこの前終わったばっかりだぞ」
「今日くらいは良くありませんか? せっかくの日ですから」
「探索部全員を駆り出して手伝わせるか」
「はは。良いでしょう。それくらい」
「ネクタルまで……」
グラスを差し出した二人にグラスを合わせ、俺たちも酒を飲む。
「極東の酒を真似た奴が俺の部屋にある。まだ試作だから本数は少ないが、試しに飲む程度には良いだろう」
一部極東生まれの団員が叫ぶ中、空いたグラスを俺に出す眷属にどんどんと神酒を注ぐ。
「これも親子の形か」
いつにも増して騒がしい酒宴。その中心にある神酒。
想像する理想の断片が眼前に広がり、俺は笑みを浮かべた。
「さあ。飲め、酔え、笑え」
キリのいいところはここまで。
また書き溜めます。