気づいたら1年以上経ってたんですね。驚きです。
オラリオにおいて異常な速度で力をつけたファミリアがいる。
元より街の食に関わっていたデメテルと、治安維持を務めていたガネーシャの二柱に支えられ、ヘルメスの情報をもとに商品を売りさばき、瞬く間にオラリオに住む住民たちの生活に混ざったファミリア。
酒と月の神。ソーマが主神を務めるファミリアだ。
ファミリアの運営体制は他のファミリアと異なっていて特殊で、酒を取り扱う「商業部」と、ダンジョン探索を行う探索部で明確な線引きがあり、また、商業部にはファミリア外へ酒の販売を行う「外営班」。ファミリアの拠点に併設された飲食店の運営を行う「内営班」。そして酒の研究・製造を行う「酒造班」の3つの班で構成される。
この商業部の勢いがすさまじく、募集を掛けずとも人が集まり団員が増え、また新規団員がいるからこそ周囲に酒が売れる。
かつてのボロボロで、粗暴な集団だったソーマ・ファミリアのイメージはほとんど払拭されている。
現在、商業部と探索部を総監する団長は前団長のネクタルが降りたため空位だが、副団長と同義の探索部監督はザニス。同じく副団長と同義の商業部監督はリリルカが務めている。
細かいことを言うと、経営班たち3班の班長はそれぞれ、チャンドラ、ネクタル、ソーマである。
リリルカは若干15歳でありながら、商品の販路拡大などに貢献していたことから、レベル2に上がった13歳のタイミング商業部監督補佐に、そして昨年ネクタルを補佐として監督に就任した。
そんなファミリアの体制のため、商業部監督の立場にあるリリルカに降り注ぐ仕事の量は、探索部監督のザニスよりも非常に多い。
例えば、バルに勤める他派閥従業員の給与表の確認や、卸先からの明細の確認。新規の卸先についての報告や、新しい酒の試作に関する報告書の確認し、予算の分配なんかもする。
「疲れました……」
故に、執務室の机で書類に埋もれるリリルカが誰かの手によって定期的に発掘される。
「リリルカ……。また書類に埋もれてるんですか」
「補佐役のネクタル様が手伝ってくれないせいです」
「ネクタルはバルの改装で忙しいのでしょう?」
リリルカの頭の上に載っていた書類をザニスがとり、横によける。
日々日々販売場所が増える商品とその数量を把握する必要がある商業部はあまりにも大変だ。多少なりともファミリアの運営に関わることなのでザニスだってそれは理解をしているが、溜め込んだ仕事量を見てため息を付く。
「あなたももう監督なんです。顎でで使える部下の1人や2人見繕ったらどうです?」
「そうは言っても、新規入団の団員たちは酒造りに興味のある人ばっかりで」
「まあ、そういうファミリアですしね」
うぎゃー! と声をあげて天を仰いだリリルカは、そのまま脱力しふにゃりと背もたれに体を預ける。
「とりあえず、このままここにいても鬱屈とするだけなんですから、気分転換にでも街を散歩するなり、ダンジョンに行くなりしてください。ファミリアのことを考えない日も必要でしょう」
「それはそうですね。ちょっと出ます」
小さい体をさらに猫背にしてトボトボと執務室を出たリリルカ。その背中を見たザニスは、改めて一人小さくため息を付いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
リリルカ・アーデはオラリオにおいて、少しばかり知名度のある冒険者。ということになっている。
それは主に、種族柄冒険者として大成するのが難しい小人族でありながらレベルアップを成し遂げたこと。小さい体でありながら自身の身長を優に超す大きさの戦斧を携えて戦場に赴くこと。
そして、ソーマ・ファミリアの酒を配る仕事をしていたため市井の者に顔が知られていること。
「リリが冒険者なんて、まったく柄じゃないんですけどね」
レベルが上がった際につけられた二つ名は【
まあ、【ロリ酒】とか【幼女戦斧】とかよりは断然マシだが。
アイコンともいうべき肩に斧を担ぎ歩く。
ダンジョンに潜り始めた理由は、別に強くなったり、金を得たかったからじゃない。
ソーマ様たちの役に立ちたくて、いろいろと悩んだ結果であり。冒険をしたいだなんてことは当時も今も全く思っていない。
探索部の面々とダンジョンに入るときはサポーターとして大きなリュックを背負っているくらい。
ただ、他人からの見られ方は違うもので、小さい体に大きな斧というのは目を惹くもの。すれ違う冒険者はリリの姿に驚き、顔を見て理解をするのがいつもの光景。
「っと!」
壁から出てきたモンスターを斧で叩き潰す。
スキルである《縁下力持》のおかげで、重さ=強さを地で行くリリにとって、よっぽどの硬さを誇るモンスターでない限り歯牙にもかけない。
「にしてもモンスターが少ないですね」
気晴らしのために来た上に一人である状況から、特別深いところまで潜るつもりは全くない。
5〜6階層くらいまで行って満足したら拠点へ帰る予定だが、それにしても普段より湧き出てくるモンスターの数が少ないように感じることに、頭の中で異常事態の文字が浮かぶ。
いざとなれば逃げれば良い。リリのステータスなら問題ない。そう思いながら下へ下へと進んでいく。
ギャッ!
時には叩き潰し、
グビャッ!
時には殴り飛ばす。
重さを振り、重さに振られながらモンスターを倒し、恵まれたスキルのおかげで戦っていることを自覚しながら5階層に降りてしばらく、数度聞いたことのある猛牛の声がフロアに響いた。
ォォオン!!」
「この声、ミノタウロス?」
直感で危険だと感じた。逃げるべきだと感じた。
この階層では絶対に聞かない声であり、冒険を侵さないリリにとっては撤退の信号ともいうべきイレギュラー。
踵を返そうとしたとき、まともな装備もつけていない白い髪の少年が、ミノタウロスに追われているのを見かけた。
「っつ!?」
ダンジョンは残酷だ。理不尽が暴れ、こうして命が散る。名も知らぬ白髪の少年を助けられるほどリリは強くもなく、また見捨てないという選択肢を選べるほどやさしくもない。
名も知らぬ白髪の少年にとってのその日が今日だったのだろう。そう思った時、金色の風が吹いた。
見覚えのある金髪だった。
ここからは死角になっていて何が起きているのかまではわからない。ただ少なくともミノタウロスは倒されたであろうことは推測できる。
不思議な縁で繋がった彼女であれば問題はない。あとは、あの少年が生きてるかどうか。
「わぁーーあ!」
「えっ!?」
直後、全身が真っ赤に染まった少年が、奇声を上げながらリリルカの真横を通り過ぎた。目の色が特徴的な赤色だったので、文字通り全身真っ赤な少年が。両手を上げ、情けない声をダンジョン内に響かせながら。
「え?」
理解ができずもう一度声を上げれば後ろから腹を抱えて笑う狼人と少し不貞腐れた表情をした金髪少女。その後ろにぞろぞろと他の冒険者が集まる。
「あ! リリ!」
「お久しぶりです。ティオナ様。アイズ様やティオネ様も」
「リリ、いつもいってるけど様付けは要らないよ?」
「あはは、癖が抜けなくて」
集団の中にいたアマゾネスの少女がこちらに気づき、手を振りながら近づく。その声に気づいた他の冒険者たちもゆっくりとこちらに近づいてくる。
「リリがダンジョンにいるなんて珍しいね」
「リリもそう思います。ただ、ザニス様に気分転換して来るように言われまして」
「やあ。リリルカ・アーデ。元気にしていたかい?」
「お久しぶりですフィン様。普段通り過ごさせていただいてます。ところで、なぜミノタウロスが5階層に? それにロキ・ファミリアの第一級冒険者が勢揃いですし」
小人族の再興という夢を持つロキ・ファミリアの団長を務めるフィン。身構えないで欲しい。とよく言われるが、彼に会話のペースをつかませると知られたくもない事を聞かれる時があるため、無理にでもこちらから話題を提供する。
「先ほど下の方でミノタウロスの集団と接敵したが、ティオナ達が対応をしたんだ」
「その時にミノタウロスたちが逃げだしたんだ~。びっくりして急いで追いかけてたら気づいたらここ」
「なるほど。そういうことだったんですね」
「そんでアイズが人間のガキを助けたらビビッて逃げたってわけだ」
それであの少年が走り去っていったのかと理解する。
「リリ……」
「どうされましたかアイズ様」
「なんで逃げられたんだろう……」
「リリはその状況を見ていないので何とも言えません。ベート様が言うようにアイズ様に驚いたのかもしれません」
アイズ様はお綺麗な方ですから、案外惚れられてとか? なんて思うが、さすがにそんな状況じゃないかと選択肢から外す。
「あれじゃない? 男なのにアイズに助けられて恥ずかしくなったとか」
「なんにせよ、ミノタウロスの群れを逃がしてしまったのは僕たちの落ち度だし、結果的に彼を助けられたのであれば問題ないさ」
フィンの言葉に、少し軽く捉えてないかと疑問に思う。
ミノタウロスと戦う目安はレベル2。ギルドや探索部の人から聞くに、1対1で対応することはほとんどないという。
そんなモンスターが上層へと逃げ出したというのは明らかな異常事態だし、結果としてその原因であるのはロキ・ファミリア。
何体ミノタウロスがいたのかは知らないし、そのすべてを倒したのであろうが、それでも、実際に死にかけた冒険者がいるのであれば、たとえ零細ファミリアが相手だったとしても少なくとも直接謝罪くらいはするべきじゃないだろうか?
商業部で問題が発生し、ソーマ・ファミリア側に問題があれば、担当班の班長が実際に謝りに行く。場合によってはリリだって監督として謝罪に行くこともある。
まあ、自分のファミリアのことじゃないので口には出さないが。
「また会えるかな?」
「どうでしょう。あの白髪の冒険者様がダンジョンに潜り続けるのであれば会えるかと思いますが」
「ここで突っ立っていても仕方がないし地上に戻ろう。リリルカ。君はまだ潜るかい?」
「いえ。今日は引き返します」
「じゃあ一緒に戻ろっ!」
ティオナとアイズの二人に挟まれながら通路を歩く。後ろにはティオネとフィン、それにリヴェリア。オラリオが誇る第一級冒険者たちに囲まれるのは正直怖い。
出てきたモンスターはロキ・ファミリアの第二級冒険者たちの手によって生まれた瞬間に倒されるという状況も正直怖い。
正直場違いだなと感じながら斧を担ぐ。
「リリはずっと斧だよね?
「はい。重い方がスキル的に都合が良くて。その分速さはないですが、種族柄パワーが足りないのでちょうど良いです」
「私今回の遠征でウルガ壊しちゃって」
第一級の冒険者が使う武器が壊れるほどのモンスター。
想像するだけで恐ろしい。少なくともソーマ・ファミリアの面々が対峙することはないだろうモンスター。
「腐食液ってやつよ。武器が溶かされちゃったの」
「そうそう。芋虫みたいな。おかげでまた借金だよ。リリのは全然壊れないね」
「そもそもで使う頻度が皆様とは違いますから。時々ダンジョンに来て使うだけですし、ソーマ・ファミリアの団員と潜るときはほとんどサポーターとして動くので、クロスボウを使ったり罠を張ったり」
「本当に器用だよね」
「うん。リリは器用」
道中問題なく上へ上へと進んだリリたちは、たいして時間もかからず地上へと戻る。出現したモンスターはロキ・ファミリアの第二級冒険者たちが生まれた瞬間に倒し、さながら護衛されてるような状態。
「そういえばリリルカ。ロキが今度ソーマを貰いに行くといっていたよ」
「神酒ですね。わかりました。ソーマ様とやりとりができてるなら問題ないです。ただ、いつも見たく強請りに来るだけであれば渡さないよう言われてまかが良いですか?」
「そこら辺は気にしなくて良いよ。何かをする前払いとしてもらうって話だったはず」
「リリはこんなちっちゃいのにしっかりしてるね。副団長でしょ?」
「はい。生まれも育ちもソーマ・ファミリアですしね。最近悪ふざけか新人の団員に姐さんと呼ばれてリリも困ってます」
他愛もない話をしながら歩き続ければ気がつけばもう外。
「思ったより長い事いたんですね……」
昼過ぎに拠点を出た認識だったが、少し陽が傾いている。あまり長い事外に出ているわけにもいかないので、リリは足早にアイズたちから離れる。
「そうだ! 夜になった豊穣の女主人で遠征の打ち上げするんだ! 良かったら来てよリリ」
「あ~。リリはロキ・ファミリアの団員じゃないですし、遠慮しておきます」
「え~。来たら良いのに」
「こら。リリを困らせないのティオナ」
すみません。と断りをいれ、面々に背中を向ける。
気分転換にはなっただろうか。関わってはいないもののイレギュラーはあったわけだし。
「まあ、ファミリアのことを考えない時間ではありましたね」
ダンジョンで集めた魔石やドロップアイテムなんかは、今度ギルドへの用事ができた際にしよう。どうせ売上金のやり取りや上納金の手配なんかでギルド長のロイマンとも会うだろう。
少ない量の魔石を渡されて苛立つ様子まで思い浮かぶが。
「リリルカ」
呼びかけられた方へ視線を向ければ、数本の酒瓶を入れたかごを腕に抱えた主神が現れた。
「ソーマ様はお付き合いですか?」
「ああ。ディオニュソスとな。神酒のことで相談していた。リリルカはダンジョン帰りか。さしずめ、ザニスかチャンドラあたりに気分転換でもして来いとでも言われたんだろう」
「……、順調ですか?」
「逸らしたな……。まあいい。神酒作りに関してはまだだな。こればかりは研究の積み重ねだ。完成したら真っ先に飲ませてやる」
「ふふ。ありがとうございます。楽しみにしてますね。ソーマ様」
気が付けばにぎわう声が外まで漏れる拠点へと着いた。
当たりは薄暗くなり、入り口から漏れ出る明かりがまぶしい。今日は叫び声は聞えないので、暴れている人はいないだろう。
絶え間なく人が出入りをする拠点。今から入る人はこれからの楽しみで目を輝かせ、出てきた人は満足した表情をしている。表情が暗い一人客はここから家へ帰る時どんな表情をするんだろうか。
「戻るかリリルカ」
「はい」
お待たせしました。
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