第九十四話:一樹より巡る、連環のはじまり
リンが目を閉じると、意識の奥底に静かな波紋が広がる。
——エリオンの存在が、そっとそこに溶け込んできた。
彼は
その声は厳かでありながらも、どこか温かい。
まるで親が子を見守るように、あるいは執政官が国の主を補佐するように、的確な助言をもたらしてくれる。
「ねぇエリオン、"支援網"ってさ、監視だけじゃなくて戦闘や情報収集にも使えない?もっと実戦的に運用できたら便利だと思うんだけど」
精神世界で問いかけたリンに、エリオンは一瞬の静寂を置き、静かに返す。
『……では、提案を述べよう』
その声と共に、リンの意識がゆっくりと広がっていく。
世界が、彼女の感覚の延長線に組み込まれるような感覚——それが「支援網」の核となる構想の始まりだった。
『まずは広域感知の強化だ』
「ふむふむ。それってつまり?」
『
「つまり、
『その通りだ』
リンは目を輝かせる。
「……なんか、めっちゃスパイみたいじゃん」
『用途次第ではな。ただし、強力な結界や魔王領のような特殊領域では、干渉に限界がある』
「まぁ、そこまで万能じゃなくても、使い方次第でかなり強みになりそう。……次は?」
エリオンの意識が揺らぎ、新たな情報が流れ込む。
『次に、植物媒介の視界共有。監視対象の近くに植物が存在すれば、それを媒介として視界を得ることができる。たとえ小さな苔であっても、視界の窓口となり得よう』
「わっ、便利そう。監視カメラ代わりになるんだ……でも、植物がなかったらダメなんだよね?」
『うむ。それに加え、魔力障壁の干渉を受けた場合、視界は遮断される可能性がある』
「ふーん……でも、うまく活用すれば都市や街道の監視には十分かもね。よし、次!」
エリオンの意識がさらに深まり、リンの内に「力の流れ」が染み込んでくる。
それはまるで、大地から直接力を分け与えられるような感覚だった。
「……これ、魔素の回復補助?」
『その通りだ。一時的ではあるが、戦闘中に我が魔素を貸与することで、そなたの持続力を底上げできる』
「おおー、心強い!魔素切れなんてシャレになんないし」
『さらに、
「
『ただし、大規模な魔素消費を伴うため、連続使用には限度がある』
「うんうん、無敵じゃなくてもいい。
エリオンが静かに微笑む気配がした。
『そして最後に、魔素循環の最適化だ』
「来た、私がいちばん欲しかったやつ!」
『
「いやもう、これだけで革命的じゃん……!ていうかもっと早く提案してくれてもよかったのに!」
『リン様と我の完全融合の状態が安定したからこそ可能なのだ。完全に魔素の消費を無くすわけではなく、あくまで効率的な運用を可能にするものと心得よ』
リンは満足げに腕を組み、微笑んだ。
「エリオン、あなた天才かも!」
『そなたが無鉄砲なことばかり考えるからこそ、こちらも知恵を絞るのだ』
「うぅ……正論だけど、ぐさっと来る……」
エリオンは微かに息をつくような気配を返してくる。
まるで“やれやれ”とでも言いたげな、あきれ半分、親心半分の反応だった。
リンは一つ伸びをしながら、大きく息を吸った。
「さてと……じゃあ、次はこの案を形にしなきゃだね。
『承知しました。解析を開始——構築案の生成、完了。最適化結果を提示します』
『第一。
「つまり、私が目で見なくても、
『第二。
「へぇ……完全に、戦略の中枢機能って感じ。私、だんだん参謀ポジションに向いてる気がしてきた……!」
『第三。
「つまり、“無駄撃ちしない支援システム”ってことね。よし、これ全部セットでやろう」
リンは腕を組み、しばし考えると、口元にふっと笑みを浮かべた。
「ねぇ、名前つけたいんだけど……
『名称登録完了。
「よしっ!……あとは、ちゃんと許可もらわなきゃね」
そう言って、リンは意識を再び切り替えた。
サリオンの
(——エルメシアさん、聞こえますか?)
リンの内の魔素が僅かに脈動し、やがて柔らかな声が響いてきた。
『……——ええ、聞こえてるわよ、リン。今日はどんな用件かしら?』
天帝エルメシア。サリオンを束ねるその声音は、飄々としていながらも、決して侮れぬ鋭さを秘めている。
(実は、以前説明した
『ふふ、まさか取りやめ? 監視なんて物騒なものより、平和的なやり方がいいって目覚めたのかしら?』
(……いえ、正確には“支援網”として再構成することにしました)
リンは真剣な口調で説明を続ける。
(これまでの監視中心の運用から、戦闘支援や情報提供、自然の保全など、多目的な支援機能を持たせた形に変えたいんです)
エルメシアの沈黙。だが、すぐにくすっと笑う声が返ってくる。
『なるほど……“監視”という名目が角を立てるなら、“支援”という形で懐に入る。なかなか抜け目ないわね、リン』
(いえ、本気で善意のつもりなんです。もちろん、各国に強制はしません。あくまで、同意を得てからの運用にするつもりです)
『……ふふっ、そこがあなたらしいところね。で、サリオンとしては何を求められてるの?』
(……
『要所?』
(たとえば南部の自然災害が多い地域、主要都市の周辺、そして水源の近く。
エルメシアは少し黙り込む。だがその声に、険しさはなかった。
『確かに理には適っている……でも、それはサリオンだけで完結する話じゃないでしょう?』
(はい。他の国にも順次提案するつもりです)
『……リン』
その声音が、わずかに鋭さを帯びる。
『理想は美しい。でもね、国を動かすには、理想だけでは足りない。あなたの“力”が、どこまで信用できるか。そこが焦点になるわ』
(……それは、わかってます)
『なら、信頼を築きなさい。時間をかけて、実績を重ねて。信頼は一朝一夕では得られない。でも、積み重ねれば、やがて揺るぎない絆になるわ』
リンは、深く頷いた。
(まずはサリオンで、支援網を試験的に導入して、成果を見せる。その結果をもって、他国への提案へと繋げていきます)
『ええ、それならサリオンは協力しましょう。……ただし、まずは限定的に。…そうね、最初は首都だけにしてもらおうかしら。いきなり全域展開はなしよ?』
「はい、もちろん!徐々に範囲を広げていきます」
『……よろしい。あなたの“支援網”、楽しみにしてるわ、リン』
エルメシアの言葉を受けて、リンはようやく大きく息を吐いた。
(……ありがとうございます、エルメシアさん)
エルメシアとの対話を終えたリンは、静かに目を開いた。
陽の光が差し込む
思念のやり取りを終えた今、その静寂が妙に優しく感じられた。
「ふう、よかった~。
『天帝エルメシアは
エリオンの淡々とした声に、リンは首をかしげる。
「
『完全に同じことはできない。
「そっか。でも、規模でいったら、やっぱり
世界各地の自然を守るには、魔素も、スキルも、知識も、判断力も圧倒的に足りない。
天魔大戦の際、後手に回ってしまったのがその証拠だった。
だが——。
「でも、行動力なら負けないもん!」
得意げに胸を張るリンに、エリオンの気配がわずかに揺れる。
もし実体があったなら、確実に頭を抱えていたことだろう——溜め息とともに。
「……とりあえず、許可はもらえたし。じゃあ、いよいよ——いってみよっか」
リンは気を取り直し、意識を内に向けた。
「
『了解しました。支援網
リンの周囲に、微かな風が渦を巻く。
大地から枝葉へと伸びる魔素の線が、サリオンの首都へと一斉に広がっていく。
『ネットワーク構築開始。連結ノード数:現在1。反応良好。広域感知モジュール、稼働開始——確認』
「……おおっ、ちゃんと動いてる!」
リンの意識に、サリオンの首都から情報が流れ込んできた。
風の向き、魔素の流れ、草木の囁き。
目で見ていないのに、まるでそこに立っているかのように、感覚が鮮明に伝わってくる。
『視界共有モジュール、起動。植物媒介との同期完了——映像転送可能域:確保。未来映写予測モデル、サリオンの首都エルミンにて稼働。最大予測ウィンドウ:92時間。なお、精度を高めるために予測範囲を縮小しています』
「へぇ…それでもそんな先の未来が見えるんだ!すご……」
『魔素循環の最適化完了。運命収束とのリンク処理、同期成功。エネルギー分配ルート、最小消耗経路にて構築完了』
「支援のタイミングまで自動で調整してくれるなんて、ほんと至れり尽くせりだね……」
リンは両手を腰に当て、小さく息をついた。
「これが、“
『展開完了。支援網
『……見事だ、リン様』
ふいに、エリオンの声が寄り添うように響いた。
淡々としながらも、どこか誇らしげな響きを帯びていた。
『この成果ならば、他国への提案にも十分な説得力を持つであろう。あとは、そなた自身が“どう動くか”だ』
「うん。信頼は、積み重ねるものだもんね。急がず、でも着実に」
リンは空を見上げた。
その空の向こうに、まだ見ぬ国々、まだ知らぬ人々がいる。
(——
やがて風が吹き、
それはまるで、新たな始まりを祝う祝福のようだった。
こうして、“世界を繋ぐ網”——支援網
ちょっとずつ各国とのやり取りを書いていきます。