転生したら木の中でした   作:猫田やなぎ

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お久しぶりです。


千樹連環編
第九十四話:一樹より巡る、連環のはじまり


リンが目を閉じると、意識の奥底に静かな波紋が広がる。

——エリオンの存在が、そっとそこに溶け込んできた。

 

彼は大霊樹(ドリュアス)の意思であり、リンと完全に融合した存在。

その声は厳かでありながらも、どこか温かい。

まるで親が子を見守るように、あるいは執政官が国の主を補佐するように、的確な助言をもたらしてくれる。

 

「ねぇエリオン、"支援網"ってさ、監視だけじゃなくて戦闘や情報収集にも使えない?もっと実戦的に運用できたら便利だと思うんだけど」

 

精神世界で問いかけたリンに、エリオンは一瞬の静寂を置き、静かに返す。

 

『……では、提案を述べよう』

 

その声と共に、リンの意識がゆっくりと広がっていく。

世界が、彼女の感覚の延長線に組み込まれるような感覚——それが「支援網」の核となる構想の始まりだった。

 

『まずは広域感知の強化だ』

「ふむふむ。それってつまり?」

大霊樹(ドリュアス)の根が広がる範囲なら、そなたの視界に入らずとも我を通じて即座に状況を把握できる。風のささやきや大地の揺らぎから、敵の移動や異変を察知することも可能だ』

「つまり、大霊樹(ドリュアス)の根がある場所なら、無限視界(むげんしかい)を使わなくても、私がそこにいなくても“感じ取れる”ってことだよね」

『その通りだ』

 

リンは目を輝かせる。

 

「……なんか、めっちゃスパイみたいじゃん」

『用途次第ではな。ただし、強力な結界や魔王領のような特殊領域では、干渉に限界がある』

「まぁ、そこまで万能じゃなくても、使い方次第でかなり強みになりそう。……次は?」

 

エリオンの意識が揺らぎ、新たな情報が流れ込む。

 

『次に、植物媒介の視界共有。監視対象の近くに植物が存在すれば、それを媒介として視界を得ることができる。たとえ小さな苔であっても、視界の窓口となり得よう』

「わっ、便利そう。監視カメラ代わりになるんだ……でも、植物がなかったらダメなんだよね?」

『うむ。それに加え、魔力障壁の干渉を受けた場合、視界は遮断される可能性がある』

「ふーん……でも、うまく活用すれば都市や街道の監視には十分かもね。よし、次!」

 

エリオンの意識がさらに深まり、リンの内に「力の流れ」が染み込んでくる。

それはまるで、大地から直接力を分け与えられるような感覚だった。

 

「……これ、魔素の回復補助?」

『その通りだ。一時的ではあるが、戦闘中に我が魔素を貸与することで、そなたの持続力を底上げできる』

「おおー、心強い!魔素切れなんてシャレになんないし」

『さらに、大霊樹(ドリュアス)の根を瞬時に顕現させ、防御や拘束に用いることもできる』

冥絶縛鎖(めいぜつばくさ)的なやつね! 状況に応じて自動で盾になってくれたら、かなりありがたいなぁ」

『ただし、大規模な魔素消費を伴うため、連続使用には限度がある』

「うんうん、無敵じゃなくてもいい。聖域創造(せいいきそうぞう)に頼り切るのもアレだし、状況を選べば十分すぎるくらい強いと思う!」

 

エリオンが静かに微笑む気配がした。

 

『そして最後に、魔素循環の最適化だ』

「来た、私がいちばん欲しかったやつ!」

大霊樹(ドリュアス)を媒介として、そなたの魔素の流れを調整する。これにより、消費効率を高め、長時間の戦闘でも魔素切れのリスクを減らすことが可能となる。完全な無限供給ではないが、従来に比べて格段に扱いやすくなるはずだ』

「いやもう、これだけで革命的じゃん……!ていうかもっと早く提案してくれてもよかったのに!」

『リン様と我の完全融合の状態が安定したからこそ可能なのだ。完全に魔素の消費を無くすわけではなく、あくまで効率的な運用を可能にするものと心得よ』

 

リンは満足げに腕を組み、微笑んだ。

 

「エリオン、あなた天才かも!」

『そなたが無鉄砲なことばかり考えるからこそ、こちらも知恵を絞るのだ』

「うぅ……正論だけど、ぐさっと来る……」

 

エリオンは微かに息をつくような気配を返してくる。

まるで“やれやれ”とでも言いたげな、あきれ半分、親心半分の反応だった。

 

リンは一つ伸びをしながら、大きく息を吸った。

 

「さてと……じゃあ、次はこの案を形にしなきゃだね。千視ノ神(プロフェティア)、さっきエリオンが考えてくれた案をもとに、支援網の最適化、お願い」

『承知しました。解析を開始——構築案の生成、完了。最適化結果を提示します』

 

千視ノ神(プロフェティア)の声はいつも通りだったが、その中にどこか“確信”めいた響きがあった。

 

『第一。無限視界(むげんしかい)大霊樹(ドリュアス)の広域感知を統合。視界に収めずとも、異変の即時把握が可能。対象の動きや魔素の乱れを、リアルタイムで捉えます。この統合により、大霊樹(ドリュアス)を介した無限視界(むげんしかい)の維持に消費される魔素量が半減します』

「つまり、私が目で見なくても、大霊樹(ドリュアス)のネットワークで全部“見えてる”ってことだよね。魔素も節約できるし…これはありがたいなぁ」

『第二。未来映写(みらいえいしゃ)と植物媒介の視界共有を連携。視界から得た情報をもとに未来を予測。事前に待ち伏せや迎撃を可能にし、先読み対応を支援します』

「へぇ……完全に、戦略の中枢機能って感じ。私、だんだん参謀ポジションに向いてる気がしてきた……!」

『第三。運命収束(うんめいしゅうそく)と魔素循環の最適化。魔素の流れを常時監視し、最も効果的な支援タイミングを自動で選出。消耗を最小限に抑え、支援能力を長時間維持します』

「つまり、“無駄撃ちしない支援システム”ってことね。よし、これ全部セットでやろう」

 

リンは腕を組み、しばし考えると、口元にふっと笑みを浮かべた。

 

「ねぇ、名前つけたいんだけど……千樹連環(アルボラム・ネット)ってどう?」

『名称登録完了。千樹連環(アルボラム・ネット)、設計案確定しました』

「よしっ!……あとは、ちゃんと許可もらわなきゃね」

 

そう言って、リンは意識を再び切り替えた。

サリオンの大霊樹(ドリュアス)のある部屋にエルメシアがいることを確認して、思念を飛ばす。

 

(——エルメシアさん、聞こえますか?)

 

リンの内の魔素が僅かに脈動し、やがて柔らかな声が響いてきた。

 

『……——ええ、聞こえてるわよ、リン。今日はどんな用件かしら?』

 

天帝エルメシア。サリオンを束ねるその声音は、飄々としていながらも、決して侮れぬ鋭さを秘めている。

 

(実は、以前説明した大霊樹(ドリュアス)の監視網について、運用方針を少し変えたいなと思いまして)

『ふふ、まさか取りやめ? 監視なんて物騒なものより、平和的なやり方がいいって目覚めたのかしら?』

(……いえ、正確には“支援網”として再構成することにしました)

 

リンは真剣な口調で説明を続ける。

 

(これまでの監視中心の運用から、戦闘支援や情報提供、自然の保全など、多目的な支援機能を持たせた形に変えたいんです)

 

エルメシアの沈黙。だが、すぐにくすっと笑う声が返ってくる。

 

『なるほど……“監視”という名目が角を立てるなら、“支援”という形で懐に入る。なかなか抜け目ないわね、リン』

(いえ、本気で善意のつもりなんです。もちろん、各国に強制はしません。あくまで、同意を得てからの運用にするつもりです)

『……ふふっ、そこがあなたらしいところね。で、サリオンとしては何を求められてるの?』

(……大霊樹(ドリュアス)を、サリオンの要所に増やさせてほしいんです)

『要所?』

(たとえば南部の自然災害が多い地域、主要都市の周辺、そして水源の近く。大霊樹(ドリュアス)を根付かせれば、気候の安定や水脈の維持にも繋がるはずです)

 

エルメシアは少し黙り込む。だがその声に、険しさはなかった。

 

『確かに理には適っている……でも、それはサリオンだけで完結する話じゃないでしょう?』

(はい。他の国にも順次提案するつもりです)

『……リン』

 

その声音が、わずかに鋭さを帯びる。

 

『理想は美しい。でもね、国を動かすには、理想だけでは足りない。あなたの“力”が、どこまで信用できるか。そこが焦点になるわ』

(……それは、わかってます)

『なら、信頼を築きなさい。時間をかけて、実績を重ねて。信頼は一朝一夕では得られない。でも、積み重ねれば、やがて揺るぎない絆になるわ』

 

リンは、深く頷いた。

 

(まずはサリオンで、支援網を試験的に導入して、成果を見せる。その結果をもって、他国への提案へと繋げていきます)

『ええ、それならサリオンは協力しましょう。……ただし、まずは限定的に。…そうね、最初は首都だけにしてもらおうかしら。いきなり全域展開はなしよ?』

「はい、もちろん!徐々に範囲を広げていきます」

『……よろしい。あなたの“支援網”、楽しみにしてるわ、リン』

 

エルメシアの言葉を受けて、リンはようやく大きく息を吐いた。

 

(……ありがとうございます、エルメシアさん)

 

 

 

 

 

エルメシアとの対話を終えたリンは、静かに目を開いた。

 

陽の光が差し込む大霊樹(ドリュアス)の枝上で、葉擦れの音が心地よく耳をくすぐる。

思念のやり取りを終えた今、その静寂が妙に優しく感じられた。

 

「ふう、よかった~。大霊樹(ドリュアス)を増やすの、嫌がられるかもって思ってたんだけど……」

『天帝エルメシアは星霊樹(セレスティア)の力を知る者。故に、大霊樹(ドリュアス)の有用性も理解しているのだろう』

 

エリオンの淡々とした声に、リンは首をかしげる。

 

大霊樹(ドリュアス)星霊樹(セレスティア)の力の名残だって話は、前にラミリスさんから聞いたけど……星霊樹(セレスティア)も同じことできたの?」

『完全に同じことはできない。星霊樹(セレスティア)の力とリン様の力は似ているが、根本的な構造が異なる』

「そっか。でも、規模でいったら、やっぱり星霊樹(セレスティア)のほうが圧倒的に上だよね」

 

聖魔樹帝(ルフレス)へと進化したとはいえ、リンの力はまだ未熟だった。

世界各地の自然を守るには、魔素も、スキルも、知識も、判断力も圧倒的に足りない。

天魔大戦の際、後手に回ってしまったのがその証拠だった。

 

だが——。

 

「でも、行動力なら負けないもん!」

 

得意げに胸を張るリンに、エリオンの気配がわずかに揺れる。

もし実体があったなら、確実に頭を抱えていたことだろう——溜め息とともに。

 

「……とりあえず、許可はもらえたし。じゃあ、いよいよ——いってみよっか」

 

リンは気を取り直し、意識を内に向けた。

 

千視ノ神(プロフェティア)、準備できてる? サリオンへの“支援網”構築、お願い!あ、首都だけね」

『了解しました。支援網千樹連環(アルボラム・ネット)の展開対象:魔導王朝サリオン、首都エルミンに限定——許可確認済み。大霊樹(ドリュアス)との連結開始……』

 

リンの周囲に、微かな風が渦を巻く。

大地から枝葉へと伸びる魔素の線が、サリオンの首都へと一斉に広がっていく。

 

『ネットワーク構築開始。連結ノード数:現在1。反応良好。広域感知モジュール、稼働開始——確認』

「……おおっ、ちゃんと動いてる!」

 

リンの意識に、サリオンの首都から情報が流れ込んできた。

風の向き、魔素の流れ、草木の囁き。

目で見ていないのに、まるでそこに立っているかのように、感覚が鮮明に伝わってくる。

 

『視界共有モジュール、起動。植物媒介との同期完了——映像転送可能域:確保。未来映写予測モデル、サリオンの首都エルミンにて稼働。最大予測ウィンドウ:92時間。なお、精度を高めるために予測範囲を縮小しています』

「へぇ…それでもそんな先の未来が見えるんだ!すご……」

『魔素循環の最適化完了。運命収束とのリンク処理、同期成功。エネルギー分配ルート、最小消耗経路にて構築完了』

「支援のタイミングまで自動で調整してくれるなんて、ほんと至れり尽くせりだね……」

 

リンは両手を腰に当て、小さく息をついた。

 

「これが、“千樹連環(アルボラム・ネット)”……うん、かなりいい出来じゃん!」

『展開完了。支援網千樹連環(アルボラム・ネット)は、現在サリオンの首都エルミンにおいて安定稼働中です』

『……見事だ、リン様』

 

ふいに、エリオンの声が寄り添うように響いた。

淡々としながらも、どこか誇らしげな響きを帯びていた。

 

『この成果ならば、他国への提案にも十分な説得力を持つであろう。あとは、そなた自身が“どう動くか”だ』

「うん。信頼は、積み重ねるものだもんね。急がず、でも着実に」

 

リンは空を見上げた。大霊樹(ドリュアス)の枝の向こう、青空がどこまでも広がっている。

その空の向こうに、まだ見ぬ国々、まだ知らぬ人々がいる。

 

(——千樹連環(アルボラム・ネット)、これを“繋がり”の種にして。私の力が、ほんの少しでも誰かの支えになるなら、それでいい)

 

やがて風が吹き、大霊樹(ドリュアス)の葉がざわめく。

それはまるで、新たな始まりを祝う祝福のようだった。

 

こうして、“世界を繋ぐ網”——支援網千樹連環(アルボラム・ネット)の第一歩が、静かに始まったのだった。




ちょっとずつ各国とのやり取りを書いていきます。
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